562.進捗の具合は
「今日もよろしくお願いします、ルシアさん」
「ええ、よろしくね」
昨日の夕日の中で別れの挨拶をしたその少女――ミアの遠目からも分かる歓迎具合を見ながらも正面までやってきたルシアはにかやかな笑顔でかけられた言葉に同じくにこやかな笑みを返して、返事を返した。
そうして、行きましょうか、とルシアは声をかけて、ここで待っていたミアも連れ立って、歩き出す。
次に向かうは目的地。
昨日も一日のほとんどを滞在したあの店へ。
ミアも拾って、昨日のメンツが全員揃ったところで彼の店へルシアたちは向かう。
ルシアたちの宿とミアたちの宿はどちらも街の中心地にあって、その二つの距離はそう離れていない。
だから、ここからが一番遠い道のりである。
「まぁ、あの御方も今、お探しに?」
「ええ、手分けをする為に別行動をしているのは前に話したでしょう?」
「はい、お聞きしました」
店へと行く道の中でルシアとミアは並んで会話をしていた。
その内容はこの場に居ない王子のこと。
今朝もちょっとした報告と朝食を終えた後にじゃあ、と軽い挨拶だけを交わして、別れてきたのだ。
ルシアが出発の宣言をする直前までの話である。
あれは宿の入口までを共に下りてきて、そこからここ最近と同じように別々の方向へと情報収集へと出掛けたのだ。
最早、手慣れた所業であった。
それはここ最近で繰り返された光景だからということだけでなく、これも今までの経験からくるものである。
気の置けない仲というのは得てしてこんなもの。
「あちらもこれと言った収穫はないようよ」
「......そう、ですか」
ルシアは簡潔に王子側の状況をミアに語った。
最初にミアから聞かれたことも理由にある。
先に王子と街中で遭遇していたのも原因だろう。
王子とルシア、どちらもこの街に居て、共に居ないということに疑問を持ったらしかった。
そうして、ルシアは現在、別行動中であり、各々で情報収集していることを昨日のうちにミアへ語っていたのであった。
これはその延長での話である。
ルシアは今朝、王子から直に聞いたことを口にした。
どうやら、あちらも難航しているらしいということを。
やっぱり、今回の件は随分な厄介事のようだ。
ルシアのその言葉を聞いて、ミアがしゅんと眉を下げた。
自分たちもあまり進捗が良くない中、あちらも良くないと聞いて、気落ちしてしまったのだろう。
ルシアはその素直な様子に苦笑する。
「ああ、でも何かは掴んでいるみたい。どの程度のものかは聞いてはいないけれど。それに私たちだって、全く何も進んでいない訳ではないでしょう?」
「......はい」
そうして、その表情を回復させる為とでも言うようにルシアはそんな言葉をミアへ投げかけた。
それは王子から直接、聞いた話ではないけれど、ルシアの主観で感じたことである。
ルシアたちが資料となるものをたくさん納めたあの店を見つけたように王子たちもまた何か関連性のあるものをこの街で見つけたらしい。
ルシアはその一言だけをそれとなく、報告の合間に聞いたのである。
ルシアの言葉にミアは安堵にも似た柔らかい表情を浮かべて、微笑み頷いた。
そうして、頑張りましょうと張り切るのをルシアはええ、そうね、と笑んで受け答えたのだった。
さて何故、細かい説明を聞いていないのか。
それは偏にまだ確証というものが、明確な前進というものがないからだろう。
まだ話せるほどではない、と王子が判断した為だとルシアは思っている。
ルシアが王子に逐一、報告するようにと言い聞かされているのによく事後報告をするようにいつも全ての内容を共有している訳ではない。
そして、それは王子も同様であり、それ故に不服を隠しはしないものの、半分黙認されているところもあったりする。
後はある程度、考えや内容が纏まってからの方が良いこともあると理解があったからなのかもしれない。
あまり確証のないことを共有し過ぎても混乱が起こることもあるということである。
そんな大枠だけの情報共有の中でルシアの知っている王子たちの動向が先程、ミアに告げた内容であり、今日はそれを追うようである、ということだ。
その内容が気にならないという訳ではないが、ルシアとて同様のことを現在進行形でしているので人のことは言えた義理ではないし、何より隠したままにはせずに終わった後にでもきちんと説明してくれると知っているので王子が良しと思うところまでその情報が整理されるのを待つだけだ。
それに溢される内容から推測することは出来る。
あまり深読みをして、それを鵜呑みに動くことは邪魔をすることにしかならないこともあり、行動に移すということは滅多にないが、把握の為に考えるくらいはする。
これはお互いのことであり、場合によって自分の持つ情報と重ね合わせた方が良いと思えば、告げて情報を共有することもある。
完全に秘匿せずに概要だけは常に共有する理由は緊急時にすぐ合流出来るようにとお互いの動向を把握する為とこういった部分にある。
だから、ルシアが王子から直接、聞いた話とルシアが推測した内容とが存在するのだ。
ただ、ルシアが告げた内容は全てではない。
ルシアは王子がニカノールに裏通りの住人を紹介してもらっていたのを知っている。
ただ単に、動き回れる場所の制限を減らす為だったのかもしれないが、王子たちが今、追っている内容はもしかしたら、裏通りに纏わるものかもしれない。
そこまでがルシアの考えることである。
敢えて、細かく告げる必要はないだろうと省いた部分。
「...そういえば、気になったのだけれど」
「どうされましたか?」
「ああ、ニカにね。聞きたいことがあって」
「うん?俺?」
ルシアは色々を考えながら、ふと思い至ったように声を上げた。
先程まで会話をしていた為か、隣に居るミアが反応し、ルシアへ問いかける。
しかし、ルシアが返したのはその言葉がミアにではなく、斜め後ろを歩くニカノールに対するものであるということだった。
急に名前を出されたニカノールがきょとんとして、口を開いた。
ルシアは肩越しに振り向いて、ニカノールを見上げる。
そうして、また前を見て、視線を促すように大きく周囲を見渡したのであった。
つられるようにニカノールも、そしてそのルシアの様子を追っていたミアも同様の動きをするのが何とも不思議な光景だった。
「そう、この辺りにも惑わしの小道はあるのかしら、と思って」
「え、ああ、そういう話」
ルシアは前方の全てを視界に映しながら、そう告げた。
映るのは徐々に寂れていく細い道。
街の外れに向かっているので当然ながら、そもそも道のほとんどが小道となっているのである。
その様子を見て、惑わしの小道を思い出したのが質問の理由であった。
ニカノールも周囲を見渡したからであろう、ルシアが何故、そんなことを聞いてきたのか分かった風に頷いて、返答を返した。
この場ではミアとその護衛の女騎士だけが小道の存在を知らないのか、小首を傾げている。
「裏通りに繋がってるっていう意味の小道なら一応あるよ」
「一応?」
「そう、一応ね。あんまり多くはないし、物理的に距離があるから遠いしね」
ああ、そういう。
ルシアの質問に答えて、話始めたニカノールのその言い回しに口を挟みながらもその説明をルシアは聞いていた。
どうやら、この辺りにも惑わしの小道自体はあるらしい。
ただ、あまり来ないと言っていたようにそう詳しくはないとのこと。
俺もちょっと自信ないなぁ、という声を聞きながら、ルシアはふうんと頷いて、次の会話を始めたのであった。




