54.狩猟会と囮(後編)
「それで?何処まで行けばよろしいの?」
「もう少しでございます」
「この先はもう外へと続く扉のみだと思うのだけれど」
「...もう少しでございます」
ルシアは淡々と答え、歩を進めるメイドの後をついて離宮の廊下を歩く。
そのメイドの向かう先には裏口として使う扉のみがあることをルシアは王子に聞いて、そして前以て館内図に目を通していた為、知っていた。
先程から素知らぬ振りをしながらも疑問という形でそれとなく、メイドへ行き先を尋ね続けているのだが、返答は一定してロボットのように同じ言葉が繰り返されるだけである。
それは何処までも不信感を煽ることにしかならず、後ろを付いてきているイオンは今すぐにでもルシアを抱えて逃げられるように態勢を整えていた。
「あら」
「!」
ルシアは軽く躓いて前屈みに倒れかけた。
すると、すぐさま伸びてきた腕によって転ぶことなく立たせられる。
「...ありがとう、助かったわ。とっても目が良いのね」
「...いえ」
支えてくれたメイドの手を取って礼を告げる。
そんな仕草をどう思ったのか、メイドは少しの沈黙の後にさり気なさを装ってルシアの手から自らの手を引き抜いて、また歩き出した。
このメイドは取り乱しもしないで淡々と仕事を熟すタイプのようだ。
手を掴んだ時、その無表情に少し嫌悪とも言える感情が混ざったのをルシアは見逃さなかった。
「お嬢、...何をしてるんですか」
「あら、わたくしは少し躓いてしまっただけよ?」
ルシアを支えることが叶わなかったイオンが不機嫌を隠すのも限界、という顔で尋ねるのにルシアは空惚けた様子で答える。
これ以上の答えが返ってこないことも分かった上でイオンは苛立ちを感じているのが見て取れた。
「さて、その扉を潜ればもう外よね。ねぇ、もう良いわ。さっさと本題に入ってちょうだい?」
「......」
人目もない、もう隠し事の必要はない。
今まで素直に付いてきていたのは何だったのか、とばかりに足を止めて、纏う雰囲気すらも変えて対峙するルシアにメイドも足を止めて、振り返る。
今、初めてこのメイドとちゃんと目が合ったような気がした。
「何があろうと私に付いてきてもらいます」
メイドはお仕着せのスカートの下からナイフを取り出す。
それを見たイオンがルシアの前へ出て、ルシアの姿を背に隠した。
「...イオン、気を付けて。とっても強い相手よ」
「重々、分かってますって」
真剣な顔を崩さないイオン。
その厳しい表情はルシアが言わずとも状況の分の悪さを理解していた。
まぁ、だって私が転びかけた時、メイドの方が初動が速かったもんね。
イオンはあらゆる面で殊の外、人より優れている。
そのイオンより動き出しが速いなんて普通のメイドではあるまい。
「女性相手は好きじゃない、んだけどっ!!」
「はっ」
足を踏み込んで飛び出したメイドに応戦するイオン。
キン、キンと双方のナイフが接触する音が響く。
目の前で繰り広げられる戦闘にそちら方面に詳しくないルシアでは目に見えないほどの攻防戦はただただ、どちらの技量も普通じゃないと分かるだけだ。
「ぐっ...」
一瞬の隙が命取りだろうという攻防の間、時間にしてみればそう長くなかったその戦闘において上手だったのはメイドの方だった。
ナイフを閃かせたと思った瞬間、彼女はイオンの鳩尾に蹴りを繰り出して自分より長身のイオンを吹き飛ばした。
「...」
「待ちなさい。目的はわたくし、でしょう?」
ナイフを持ち直して立ち上がることの出来ないイオンに近付くメイドにルシアは声をかける。
その表情は人形のような無表情ながらも渋面を浮かべていた。
メイドはそれに何故か一度、硬直しながらもイオンに近付くのを止めて、ルシアへと近付いてくる。
「...大声を上げたらどうなるか分かっていますね」
「ええ、勿論」
「外に馬車が止まっています。それへ乗ってください」
ナイフを突き付けるメイドに促されて、ルシアは扉を潜る。
最後に一度だけ振り返るとイオンが立ち上がろうとして全く身体が持ち上げられていないのが目に映った。
これは、随分と痛い目に合わせてしまったなー。
「お、嬢」
掠れた咳混じりのイオンの声にルシアは口角を上げて見せる。
まるで安心させるように。
どう見ても、絶体絶命の状況であるというのに。
「急いでください」
「分かっているわ」
急かすメイドに肩をぐい、と押されてルシアはイオンから目を外して前を向いた。
そうして、ルシアはメイドと共に用意されていた馬車に乗り込んだのだった。




