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557.持ち出せなかった重要な話


さて、時間としては四半刻とちょっと。

令嬢が二人も居るにしては驚異の早さでルシアたちは昼食を手軽に済ませて、来た道を戻っていた。

そのあまりにも手早い所業の一端は(ひとえ)にニカノールの選択の正しさと購入から食後の片づけまでの細々としたことを気付かぬくらいにさり気なくもスムーズにイオンたちが(こな)したからである。

お陰でこの中では食べるのに時間がかかるミアとルシアたちは食べることに終始するだけで昼食の時間は終わったのであった。

それでも、きっとルシアたちが居なければ半分以上の時間で終えていたのだろうとも思うけれど。


「あ、ルシアさん。そういえば、気になっていたのですけれど...」


「?何かしら、ミアさん」


帰る道も半分、近いからこその短い歩行距離での道のり。

その最中で一つの話題が途切れたところで次の第一声を発したのはミアであった。

ルシアは肩越しに振り返って、ミアを見、首を傾げる。

そうして尋ね返せば、ミアはほんの少し聞いても良いものかと躊躇(ためら)いを見せた後に口を開く。


「その、ルシアさんがあの店からお持ちになられた紫の石のついた...」


「ああ、これのこと」


ミアが紡いだ言葉。

途中であったが、すぐにピンときたルシアは鷹揚に(うなず)いて、それを取り出した。

――今の今までイオンに渡し損ねていた例のブローチである。

老爺から受け取った紫水晶のあのブローチ。


ルシアはそれを皆の待つ店の奥まで手に持ったまま、戻った。

しかしその後、イオンが戻ってくるまでの間に進捗の報告やら現段階での考察なら何やらと会話へ参加していた為に話題に出すにも出せず、またそこから仕切り直して持ち出すにも色々と気が重く、どう告げるのが正解かと悩んでいるうちに結局、渡すにならなかったのである。


だが、いつまでもそうしている訳にもいかない。

ルシアはそれを放置することも出来ず、資料の山と共にテーブルの端へ自分の手の届くところへ置いて、いつでも持ち出せるようにしていた。

考え(あぐ)ね、躊躇(ちゅうちょ)していた手前、あまり自身持っては言えないがチャンスがあれば、すぐにでも渡そうと準備していたのである。

しかし、話の流れもあってか、誰もそれに触れることなく、作業を始めてしまった為に本当にタイミングを失くしてしまったのだった。


ルシアの脳裏の片隅をこのブローチの存在が埋め尽くすこと一刻。

結局、変わらずそれはルシアのすぐ傍で鎮座していた。

こういうものは時間が経つほど取り出しにくいことはルシアも重々、承知していたが、既に逃してしまったものは仕方がない。

ずるずると続くものである。

本当なら、それでも振り切って不自然だろうと、唐突だろうと行動すべきなんだけども。

普段なら、そうするルシアも告げる言葉が固まっていないのも相まって、現在に至ったのだった。


そうして触れられないまま、昼食に、という話になった際、ルシアはそれをどうしてもそこへ放置していくことが出来なかった。

それこそ、完全にタイミングを失くしてしまう、と思ったからなのかもしれないし、気掛かりになっているものを目に見えるところに置いておくことに気が引けたのかもしれない。


結果として、ルシアは店を出る時、渡せないままだったそれを掴み、持ち出した。

場所が変われば、話題に出しやすいとも、もし、チャンスが巡ってくれば、とも考えたから。

元より隠そうとしていた訳ではないがどうやら、その場面をミアは見ていたらしい。


そして、気になっていたのだろう。

ルシアがわざわざ店から持ち出したその存在を。

ミアはそれがルシアによって店内に持ち込まれたものではない、と思ったようだ。

多分、それは行きの道中で見かけなかったことと手にしているだけ、またはポケットに入れているだけで全く装飾品としての本来の活用をしていなかったから。

後は今のルシアの服装と品質も色も噛み合わないと令嬢としての審美眼で見抜いたというところ。

実際、その通りであるが故にその疑問は正しい、と証拠も何もないその質問にルシアは内心、頷いた。


そう、このブローチは老爺にイオンへ手渡すように、と言わば、ルシアが預かったもので来店時は持っていなかったもの。

そうとなれば、残る可能性はあの店のものということになるが、ルシアたちがあの店内でやったことと言えば、あの場の品々を隅々まで目を通したことと一部の関連資料と思わしきものを移動させたりしていたこと、店の一角を借り切ったことだけである。

それでも十分、私物化しているが、限度と礼儀を持って、納められる範囲に納めたつもりだ。

つまりはあくまで店内でのことであり、店側に迷惑が掛かり過ぎない常識の範囲内でのことということ。

あれらは彼処(あそこ)にある限り、あくまで商品なのだから。


あくまでルシアたちは試読をするようなもので老爺が一言駄目だと言えば、もうああやって調べることは出来ない代物には違いないのだ。

まぁ、その場合は思わしきもの全て購入するのだけども。

曲がりなりにも王族、その程度訳ないことである。

訳はないが、しかし出来れば無駄な出費は避けたいというのは昔ながらの庶民脳か、それとも自分たちの使用するそれが民からの税であることを自覚する王族としての思考なのか。

至る結果は同じなので判別付かないが、ここはどっちもということにしておこう。


結果として、そうはならずに済んだ上、店主である老爺本人から暫くはほどほどに自由にして良いという意味合いの言葉ももらっているので購入にまでは至っていない。

至っていないからこそ、ミアはルシアが少しの逡巡はあったようだが、持ち出すこと自体は躊躇いがなく、当たり前のようにポケットに納めたのが不思議でならないのだろう。

幾ら、自由でも常識としてそれは店内でのことであるだろうから。

その行為は常識内からは外れていることだろうから。

だから今、話が切れたところだったのを利用してルシアに尋ねた。


「はい、イオン」


「へ、俺ですか?」


ルシアはどう答えたものかとそのブローチを眺めながら、経緯を回想したところで(おもむろ)にそれをイオンへ向けて、差し出した。

二人の会話とルシアが取り出したブローチを興味深そうに見ていたイオンは間抜けた顔でルシアの方を見た。

まさか、ルシアがミアの質問に答えることもしないまま、自分に話を振ってくるともましてや、自分へとそれが差し出されるとは思いもしなかったのだろう。


突然、何の説明もなしに注目の集まっているそれを突き出されては誰だって、驚くというもの。

イオンもその例に洩れなかったようで、そんな表情を浮かべたのだろう。

実際は口で説明するのをルシアが面倒になって、投げ出しただけの話で深い理由もなく、(おこな)われた所業である。


「紫水晶、ですね?お嬢のではないですし、やっぱりあの店で?」


「ええ、貴方にって預かったのよ」


渡しそびれていたわ、とルシアはおずおずと受け取って、ブローチをじっくり眺めたイオンにさらりと答えた。

イオンは一瞬、何を言われたのか分からないといった顔を見せ、同色の紫も納まる瞳をぱちくりと(またた)かせた。

しかし、次の瞬間にはルシアの言葉の意味を嚙み砕いて、それが意味するところを理解し、盛大に顔を(しか)めさせた。


ある意味、ルシアの予想通りの顔。

そんな顔をすると分かっていたから、先に手渡したのである。

どうせ、受け取ってはくれるだろうけど。

さっさと渡してしまった方が面倒でないとばかりに、それが何かも言わずに差し出した。

それが一番、時間をかけない方法だったから。

ルシアとて、説明が面倒だと丸投げしようとしたところでそのブローチについて尋ねられている以上、何の説明もしないままという訳にはいかないと理解していたのである。


「まさか......」


「ええ、店主の老爺から貴方へ」


イオンは口にも出したくないような様子でありながら、怖いもの見たさとよく似た感情で口を開いた。

ルシアは透かさず、答えを投げた。

周囲で一部始終を聞いていた皆が各々、らしい様子で驚きを示す中、イオンがより顔を(ゆが)める。

そして、そんなイオンが何かを言う前に。


「――そして、今回の件の関連資料でもある」


それを話題に持ち出せなかったことと付随して、話せていなかった老爺からの情報を思い返しながら、ルシアはなんてことのないような表情を浮かべることに(つと)めつつ、そう告げた。

返るはより一層の驚愕の反応。

目前にはもう既に目的地であるあの店が見えてきていた。


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