541.直々に迎えに
「さぁ、今から本題の情報収集を、と言いたいところなのだけれどね」
ぱちんと両の掌を打つことで軽くも響く音を立てたルシアはその勢いのままに次の行動を指示するかと思いきや、発されたその言葉は打ち消すような響きを持って、止められた。
歪ではあるが、資料の山を背後に円状になって、ルシアが話し始めるのを眺めていた数名は各々、目をぱちくりと瞬かせたり、顔を見合わせたりとしながらも驚きは見せない。
それもこれも効率主義のルシアが悠長に時間だけをかけている現状が何故なのか、その原因が何なのか、薄々、気付いていたからだ。
というより、分かりやすい。
資料も大方、揃った。
分類別に選り分けもした。
ここから必要な情報だけを搔き集め、抜き出し、整理して纏める作業に入るには充分に準備が整っていることだろう。
本来であれば、すぐさまルシアが担当分けをして、その通りに彼らは目の前の資料の山に手をかけていたに違いない。
だが、いつまで経っても始まる気配はない。
ルシアが始まりを告げる声を上げないからである。
それもこれも分かりやすく、ここには一名、足りていないからである。
別に全員で足並みを揃えてなんていうことは仕事さえ出来ていれば不要なのでルシアは求めていないし、他の者たちもそうだろう。
ミアに関しても、ルシアが軽く先に始めておきましょうか、なんて、遅れた方が悪いのよ、なんて言えば、少し気にする素振りを見せるだろうが、些細なこととして処理し、素直に頷いたことだろう。
なのに、ルシアが号令をかけないのはやっぱり、一名足りないからなのだろう。
それというのも、その足りない一名――イオンについて他二名の従者に聞いていたからである。
彼の担当していた区域の残りの範囲はもうほとんどなく、すぐにここへ来るだろうということを。
手に何か、持っていたとも聞いている。
つまりは追加があるということ。
まだ、店内の捜索をするつもりはある為、イオンの持つ少々くらいはやっぱり、待たずとも良いのだが、あと少しで切り上げてくるなら、と待っていたのである。
だというのに、これは一体、どういうことか。
次々に戻って来た者たちから追加された資料を選り分けてもまだイオンは戻ってこない。
戻ってくる気配もない。
少なくとも、店内のこの奥に位置する場所近くには居ないらしい。
あの何事も一定以上に出来てしまうイオンである。
何なら、定期的に密偵として駆り出される奴である。
密偵でも何でもない、ただの従者だと言うのに。
まぁ、密偵紛いのことは昔からそれこそルシアも指示したことがあるので今更と言えば、今更だし、ルシアにとやかくという資格はないとも言うが。
ともかく、そんなイオンがノックスたちが証言した通り、残り少ない範囲の捜索にそう時間はかかるまい、とルシアは踏んだのだ。
しかし、ルシアの予想を裏切って、イオンは戻ってこない。
いつもなら、とっくに終わらせてここに居るはずなのに。
「......ちょっと、様子を見てくるわ」
「ルシア様、お供します」
約十分きっかり。
選り分け作業も終えて、手持ち無沙汰になったルシアたちがイオンを待っていた時間である。
その間にも各々の考察を話したりはしていたが、やはり、目の前に積んであるこれらに取り掛かりたいのは当然。
約十分、充分待っただろう。
そうして、それこそ戦利品の時計でそう確認を取ったルシアはそう告げた。
放っておいて、先に始めるという手もあったが、あまりに戻ってこない理由を把握しておこうという思惑であった。
それとなく、店内を見回れば、すぐに見つけることが出来るだろうということもある。
そこでイオンがただ時間がかかっているだけであれば、先に戻ってきて今度こそ作業を待たずに始めたって良い。
何らかの理由で戻ってきていないのであれば、やはり駆け付けるべきだ。
まぁ、ただの資料探しで店内からも出ないというのに何が起こるというのか、という話ではあるが、確認して把握しておくことに越したことはない。
さらりと普通に日常生活の中で人を呼びに行く時と全く同じような心地で告げたルシアは返事を待たずにこの行き止まりの場所から繰り出そうとした。
透かさず、反応したノックスが同行を願い出て、後に続こうとする。
しかし、それはルシアが立ち止まり、振り向いたことでノックスはその場で出しかけた片足を中途半端に留めることとなった。
「軽く見てくるだけだから、私だけで大丈夫よ。一人、手間取っているイオンを連れてこれば、良いのでしょ。だから、貴方たちは先に調べ始めていて」
これぞ効率主義、いつもの調子が戻ってきたとばかりにルシアらしい発言にほんの少し、敏く様子を窺っていた約二名が張り詰めていた空気を解いた。
何度も言うが、ここは店内である。
それもルシアたち以外に客は一人も居ない店内である。
ルシアたちが来た時から今の今まで客が来店することはなかった。
まぁ、そのお陰で思う存分、資料探しができ、こうして占領とも言える状況を看過されているのだから、幸いだったと言えよう。
そんな場所で何の危険があろうか。
護衛は要らない。
過保護というのを加味しても通りであれば未だしも、ルシアは店内から一歩も外に出るつもりは毛頭ない。
イオンを探すのに必要ないからと例え、ただ外の様子を見る為の一瞬であったとしてもそんなことをすれば、それこそ過保護共が面倒だからである。
後々、自分がぐったりとソファに沈み込むことになるようなヘマは必要最低限以上しない。
ここで絶対にしないと言わない辺りがルシアらしくもあるけれど。
「そういうことだから、よろしくね」
念を押すようにもう一度、頼むようにそう告げて、ルシアはくるりと資料の山から背を向けた。
全く、世話のかかる従者である。
そんなことを思いながらも颯爽と棚の向こうに消えていったルシアに残された者たちは言われた通り、そろそろと情報処理を始めることにしたのであった。
実は戻ってきていなかったイオン




