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539.片やの本


「ああ、竜人族(りゅうじんぞく)関連......これはこっちね」


差し出された本をぱらりと開き、流し読みをしたルシアは得心を得たように(うなず)いて、ある本の山の一番上へとそれを重ねた。

数ある山の中では思いの外、高い山となっているところであった。


「いや、ほんとにまさか、うちの国に竜人族に関する資料があるとは思わなかったよね」


「それは私もよ。他所の国で竜人族に関しての記述を(まと)めた書物を目にすることになるとは思わなかったわ。――まぁ、国が違えば見方も違っていて興味深かったけれど」


ノックスから受け取ったそれをルシアがそうして分別していくのを横で眺めていたニカノールがため息を吐き出すようにしみじみとそう溢した。

ルシアはそれに同意を示し、自らの感想も口にしたのであった。


そう、ルシアが今、資料の山へ追加したそれはノックスが持ってきたものであり、イストリア以外に住むことはないとされる竜人族についての書物であった。

つまりは本来であれば、スカラーで見かけるはずのないもの。

それは初対面時のニカノールの反応からもほぼ間違いのないことだし、そもそも竜人族の詳しい資料などは極秘という訳でもないが暗黙の了解とばかりに形となってイストリア国外に発信されることはない。

そんなものがごろごろと、というには多くはないものの、ここがスカラーであることを思えば、充分に多い数、それらはあった。


――物語関連の物といい、深山関連の物といい、本当にこの店はどうなっているのか。

ルシアがそんな内心の叫びと共に今すぐにあの店主の老爺に詰め寄って全ての情報を吐かせたい衝動に駆られたのは言うまでもないし、この事実が(もたら)しかねない事柄の幾つかを想像していしまったノックスが顔色を青白くして胃を押さえたのも最早、予定調和の域であった。


「ルシアさん!」


そんな取り留めのないやり取りをしながらも手元はしっかりと動かしていたルシアたちである。

ノックスとクストディオが運んできた最後の一冊を()り分けたところでかかった声にルシアは振り向いた。

棚の隙間から現れたのは彼女たちもまた担当区域の捜索を一通り終えたらしいミアとその護衛の女騎士である。


「ミアさんも終わったのね。こちらも終わったところで集めた資料を選り分けていたの」


「そうでしたか......あっ、私もあちらで見つけてきました!」


「......そう、ありがとう。ミアさん」


ルシアは声をこちらに小走りで駆け寄ってくるミアに声をかけた。

ミアはとても可愛らしい顔で心底、嬉しいそうに微笑んで報告をしてくる。

先程のノックスとクストディオと同じようで見るからに量の多い荷物を抱えてきた彼女たちをルシアは多少の苦笑いを含みながらも(こころよ)く迎え入れたのであった。



ーーーーー


「ルシアさん、これは」


「それはそこ、そちらのここね。ああ、それはこちらに」


「はい...!」


それからミアの運んできた資料たちを山の中へと選り分けるというルシアには三度目となる作業を(こな)していた。

ニカノールからすれば、もっと長い時間をかけて熟していたことである。

ミアの持ってきた分が一つや二つではなかった為に幾つかを自分でも請け負ってさっさと所定となる位置へと置いていきながら、ルシアはミアの横に立って、指示を出していた。

ミアはそれを素直に聞き入れて、手にしていた本やら何やらを置いていく。

こうして、効率主義者の指導によっててきぱきと動いた結果、追加分もすぐに分類別に選り分けられたのだった。


「ふう......これで一応、全部かしら?」


「ここにある分は全部、分け終わったよ......あ」


「ニカ?何かあった?」


一通り、整理された周囲を見渡して、ルシアは一つ息を吐いた。

ぐちゃぐちゃになって分からなくならない為にもきちんと整えて置かれている為に下手をすればこの場以外の店内の方が余程、乱雑に置かれていたとも言えるだろう。

同じように見渡していたニカノールがルシアの言葉を拾って、(あご)を引いた。

ルシアはそれにそれじゃあ、次はと行動を移す為に思考を前進させようとしたが、(さえぎ)るように随分と間を置いたニカノールが何かを思い出したかのような音を溢したことで踏鞴(たたら)を踏んだ。

ニカノールのそれは何処か間抜けな響きを持って空中で波状に広がり、ルシアは目をぱちくりと(またた)かせながら、ニカノールを見たのだった。


ルシアはニカノールが次に紡ぐ言葉を待った。

それもこれも次のタスクに移るには処理し切れていないことがまだあったとばかりに聞こえたので。

そして、それは事実であった。


ニカノールはきょろきょろと何かを探すように資料の山を見渡した。

先程のルシアと同様にしていた時のように全体を見渡しているのではなく、何らかの目的を持って探している様子にルシアは首を(かし)げる。

しかし、その何かを見つけたらしいニカノールがパッと机の上のそれに手を伸ばしたところでルシアもまた先程のニカノールと同じような間抜けた声を溢したのであった。


「ええと、これは」


「...これは私が持ってきたものね。すっかり、忘れていたわ」


ニカノールが取り出したのは一冊の本だった。

他とそう変わりないそれにミアが首を傾げるのを横目にルシアはニカノールの方へと手を差し出す。

ニカノールは心得たようにその本をルシアに渡し、ルシアは手元に戻ってきたそれを見て、己れの失態に呆れたように眉を下げてそう溢したのだった。


それは一冊の本。

無地の表紙に凹凸の竜が浮かび上がったそれは確かにルシアが運んできた物。

あの書棚らしきアンティークの中から見つけたもう一冊の方だった。

もう一方の一冊とここへ同時に運んできた絵が新たな分類であった為にそれに気を取られて、その後にノックスとクストディオが戻り、彼らの持ち寄った物を分類、そこへ次はミアが戻り、と後回しにしたままにしていたらしい。

確かに思い起こせば、ルシアはその一冊を分別した記憶がなかった。


「ルシアお嬢さん、それは?」


「ごめんなさい、中は見ていないの」


「え、見てないの?」


まじまじと手元を見下ろして、思い返していたルシアにニカノールが手っ取り早く本について問うた。

ニカノールもルシアが最後に運んできたそれを適当に机へ仮置きしたことだけを記憶の片隅に覚えていただけで中までは確認していなかったらしい。

ただ、表紙の竜には気付いたのか、その関連であるのは伺えたらしい。

つまり、ニカノールの問いかけはその本が何か、というより、その本の中身はどの分類に分けられるものか、ということだろうとルシアは判断した。


そうして、ルシアはまるで選択肢以外の答え、ましてや明確でない答えが返ってくるとは露とも思っていないニカノールへあっさりと首を横に振ったのだった。

ニカノールはルシアの返答に大いに目を見開き、言葉を溢し、その他もルシア以外は全員が多少なりとも驚きを含んだ表情を見せたのであった。


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