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52.翌朝の寝室


「......」


外は白み始めたばかりで寝室にはまだ朝日は射しておらず、しかし真っ暗という訳でもなく、薄暗い影を落としていた。

そんな中、いつもならばまだ起きても起きる時間でもないこの時間にふと、ルシアの意識が眠りからゆるりと少しだけ上昇する。

昨晩、非常事態による疲労感に押されるまま、いつもより早めに就寝したからだろうか。

しかし、まだ半覚醒と言っても良い脳にルシアは寝惚(ねぼ)(まなこ)(こす)ることもせずに閉じて、二度寝を命じ、丸くなる。


その際、ルシアは隣に温かい何かがあることに気付く。

早朝の下がった気温も相まって無意識に本能が望むままに心地好い温かさを持つそれにルシアはそれが何かと確認することもなく、目を閉じたまま擦り寄った。

その行動にそれは少し動揺したように(かす)かに離れる。


んー、なんで逃げるのー、せっかく温かいのに。

完全覚醒前のほとんど止まってしまっている思考回路でそれだけを思って、ルシアがまたそれに擦り寄れば、それは今度は逃げることをしなかった。

それに気を良くしてルシアは口角を上げる。

そして、寝床を整える猫のように身動(みじろ)ぎ、定位置を見つけたところでそこに落ち着く。


そうして、本格的に二度寝の準備に入ったルシアが動かなくなってから少しした辺りでふわりと何かが優しく髪を()いた。

けれど、それは決して(わずら)わしいものではなく、気持ちよくてルシアの微睡(まどろ)みは一層深くなる。

ルシアは今にも眠りの世界に旅立てそうだった。


......ん?

そういえば、これは()だ...?

けれど、ルシアは一瞬、頭に(よぎ)った疑問に内心で首を(かし)げた。

一度、疑問を(いだ)いてしまえば徐々にまた浮上をし始めた思考がこの温かいものが、物でもただの動物でもなく、人だとルシアに強く訴える。

それに気付いたルシアは己れの勘に従ってパッチリと、と効果音が付きそうなくらいにはっきりと目を開けた

そして、目前のそれを確認して硬直した。


それは間違いようもなく、この部屋の主である王子だった。

そりゃそうだ、他に誰が居るよ。

今までにない至近距離に、ふいに見た恐ろしいほどの美貌(びぼう)に、思考停止のアラームが脳内で鳴り響く。


「まだ日の昇り始めの刻だ。無理に起きるな」


寝起きのルシアと違って、随分とはっきりとした王子の声が耳に届く。

しかし、このまま言葉に甘えて眠りに就けるほどにはルシアの中に睡魔は残されていない。

目を開けて、飛び込んできたものの衝撃にほとんど吹き飛んでしまった。


これはどういう状況だ、と考えてルシアは自分の体勢がまさに王子の腕の中、しかも(いま)だ髪を手櫛(てぐし)(もてあそ)ばれていることに気付いて身を大きく後ろに退いた。

大丈夫、人一人分くらいのスペースを空けることくらい簡単に出来るほどにはベッドは広い。


「お、はよう?」


「さっきも言ったが、まだ早朝だから君は寝ていろ」


お互いに身を起こさないまま見つめ合う。

平常通りの王子に呆然としていたルシアはその言葉によって一度目の言葉を言葉と認識し損ねるほどに驚いたのか、と自己分析した。


「...もう、はっきりと目が覚めちゃったわ」


自分自身に呆れたようにルシアは自分の覚醒状況を言葉にする。

状況は分かったが、動揺が初手に出た。

変なところを見られたことは普通に恥ずかしい。

こちとら、中身はトータル三十路(みそじ)を超えて久しいというのに14の少年に優に負けている気がする...。


誰のせいかというと一概に王子だけのせいとは言えないけど、それなりに心臓に悪かった。

昨日に引き続き、普段見られない状況だからだろうか、それともまた王子の珍しい行動が再発動中のようだからだろうか。

こんがらがる頭をどうにか再起動させてもう一度、王子と目を合わせる。

そして、いつもの調子で王子に声をかけた。


「...改めておはよう、カリスト。ねぇ貴方、いつもこんな時間に起きてるの?」


「ああ、大抵は」


(よど)みない返答に先程とは違う意味で気が遠退(とおの)きそうになりながらもルシアはため息を吐いた。

深夜まで仕事して外が白み始めた頃に起きるなんでどんなハードスケジュールだ。

この王子は何を考えている。


「本っ当に、王太子が過労死なんて冗談で済まないからもっと生活改善してちょうだい。」


「......善処する」


いやいや、善処じゃないよ。

何よりも優先してくれ、イストリアの未来の為にも。


「......」


一通り言いたいことを言い終えて、いつもの調子は取り戻したが、その分他に言うことがなくて沈黙が続く。

ルシアも王子も未だベッドの上に寝転がったままである。


王子が同じベッドでこちらを向いてお互いに寝転んでいる。

前に一緒に寝た日も同じ状況だったけど夜の思考と暗闇とすぐさま寝てしまったこともあり、何処か現実みにかけていた。

こうして、冷静さを取り戻した頭でまだ薄暗いとはいえ、お互いの表情も色合いも分かる明るさの中で改めて見ると馴染んだ部屋が全く知らない空間に思えてルシアは少しだけ視線を(せわ)しなく彷徨(さまよ)わせた。


「...ルシア、本当に狩猟会へ参加するのか」


確認するように王子が問う。

確かに昨日、弓で狙われたばかりで王宮から出るのは危険だろう。

だけど、不参加は。

それは出来ない。

私が参加しなければ意味がない。


「くどいわよ、欠席はしない。大丈夫よ、約束は守るわ」


ルシアの意志が固いことに気付いてか、王子は不機嫌な顔をしながらもそれ以上を言葉にはしなかった。

どれだけ時間が経ったか、時間の流れを感じさせない時間が過ぎて、はたまた経っていなかったのかもしれないがこのままで居るのもどうかと感じるだけの体感時間は経っていて、ルシアがどうしようもなくなって明後日の方向へと思考を飛ばし始めたところで王子が起き上がりベッドを降りた。

ルシアはそれをただ眺めて、見届けた。


「ルシアはまだ寝ていてくれ。俺は剣の稽古(けいこ)に行く」


長い沈黙によって、落ち着きも既に取り戻していたルシアは眠気はないまでも寝ようと思えば寝られるくらいには驚きの衝撃は抜けていた。

さて、今から二度寝すれば丁度いつもの起床時間くらいになるだろうか。


「ええ、そうするわ。剣術、頑張って。...朝食は?」


「君と一緒に取る」


王子の返事に朝食は王子と共に、と頭へ書き入れてルシアは軽く持ち上げていた頭を枕へ沈ませる。


「じゃあ、また後で」


「ああ」


自分で着替えも済ませてしまった王子が寝室を出ていくのをひらひらと手を持ち上げ見送って、王子の姿が完全に見えなくなったところでルシアは寝転がったまま一度だけ大きく伸びをした。


「やっぱり一緒のベッドに誰かが居るのって慣れないなぁ」


前世での雑魚寝等も含む経験はあれど、こんなに近い距離は今世では勿論、初体験だし、前世通しても本当に久しい。

まぁ、既に随分と繰り返されてるんだけどね。

自覚なければ、認識していなければ何もないのと同じだ。

これも王宮で過ごすことに慣れたように慣れる日が来るのだろうか。


「いやいや、これに慣れるのは後々問題があり過ぎるでしょ」


自分で自分の考えを否定したところでルシアは自分が馬鹿らしくなる。

いつの世も最善を尽くしていても、尽くしていなくても何事もなるようになる。

そうだ、こういうことはそうなった時に悩めば良い。

あまり幸いとは言えないけれど、今は今で考えなければならないことが目白押しだ。

ルシアは思考を切り替えて、ピンと緩んでいた糸を張る。


まずは今回の事件の終局となるだろう狩猟会。

いや、終局にしてやる絶対に。

しっかりと遺恨なく、終わらせねば。

そこまで考えて、ルシアは王子に言われた通りに目を閉じる。

幾つもの複雑な事象に関する思考は張り直された糸と共に徐々に微睡みに落ちて溶けていく。

その眠りはルシアが思うより深く、イオンが起こしに来るまで続いたのだった。


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