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530.心中複雑


「......えっ」


「お嬢?...ノックス、これってもしかして」


ルシアは書かれていた差出人の名前を見て、(しば)し、目を丸くしたまま固まった後、長い間を置いて、その音だけを溢した。

奇しくもその直前に落としたものと音だけは同じである。


そして、ノックスから手紙を受け取って、裏返すまでをしっかり見届けていたイオンはそのルシアの様子に首を(かし)げた。

ただ、すぐにこの状況、この場所で届く手紙の送り主が限られてくる以上、消去法である程度の答えは出たのか、イオンはまさか、といった顔でノックスに振り返る。

消去法でそれに至ったとはいえ、納得よりは驚きの方が大きかったのだろうと伺える。

まぁ、それに関してはルシアも同じであり、ノックスは分かりやすく、クストディオは顔にこそ出さないが困惑を浮かべていたこともあり、イオンのそれはルシアとしても納得の反応であった。


「......ブエンディア嬢からです、ね」


「わー、どんな内容でしょうねー」


問われたノックスはまたも歯切れ悪そうに視線を逸らしながら、差出人はミアだと告げた。

その瞬間に予測は付いていた分、どれだけまさかと思おうともリアクションの用意はあったのだろうイオンがここまでくるとわざとと思えなくもない完璧な棒読みでそう溢したのであった。


「......ルシア、中身」


「あ、ええ、そうね。今、開けるわ。...多分、間違いなく先日の件ではあるんでしょうけど」


イオンの溢した言葉を皮切りにしん、と落ちた沈黙はさて、どうしようか、とこの場に居る全員が手紙の中身がどうという以前に次の動作すらも(わず)かに悩んでしまったが故なのだが、いつまでもそうしている訳にもいかない。

少なくとも今、出来ることにおいて、放置していても仕方がない手紙について言及をしたのはクストディオであった。

ルシアははっとしたように顔を上げて、それに答える。

この時、多少、わたわたと手紙の封を切ろうとしたのは一瞬、止まっていたとも言える思考回路を何とか回して行動に移ったからだろう。


ただ、ルシアは封を切って、綺麗に折り畳まれた中の紙を取り出しながらも何とも言えない顔でそれを見下ろした。

中を見たいような、見たくないような、いや、見なければいけないんだけども、という感覚を(いだ)いていたからである。

勿論、内容が良くないものであることはまずないだろう。

あって、少々、時間を取られるくらいのもの。


だが、何事にも気が進まないということもある。

その気の滅入りようは得てして、その内容の厄介さに比例しない。

当人の心境一つで面倒に思う(あたい)が代わるものである。

何より、前進したと思えばお預けを喰らったと言っても良いところの空振り三振であるこの三日間で体力以上にルシアの気力が大いに削がれていたことも原因の一つなのは明白だった。


とはいえ、そんな駄々を捏ねたところで最初に思った通り、読まない訳にもいかないのである。

そもそも、放置したところで意識の端にちらつくのは目に見えていた。

けど、出来ることなら後回しにしたい、出来る限りの最大限で。

人はそれを現実逃避という。


「......」


「――ミアちゃん、何だって?」


仕方がないので、というのも何度目かも知れぬが、ルシアはどうせぐだぐだ堂々巡りするのだからと考えることを放棄して、無表情で手紙を開き、目を落とした。

この辺り、熟慮することも緻密な作戦を考えるのも苦手ではないどころか、趣味の範囲のものでは深読みすることも好きな部類に入るというのにルシアがイオンと同じく脳筋だと思われる部分である。

こうしてみると冷静だの頭脳派だと思われる割に普段の取り敢えず、行動あるのみというところも浮き彫りに出て、根本は同じところではと再確認させられるのであった。


ルシアは物凄く絶妙なバランスで熟慮と脳筋を合わせ持っているらしい。

正反対にも等しいその二つにどういうことか、と思われるだろうがそういうことである。

まぁ、ともかく、ルシアはミアからの手紙を読んだ。

本か、報告書か、はたまた資料か、(おおよ)そ他人からの手紙を受け取ったとは思えない感覚でただ字を追いかけ、内容を呑み込むように読んだ。

そうして、黙り込んだルシアの雰囲気にややあってからニカノールが恐る恐ると言った様子で内容を尋ねたのだった。


ルシアは静かに下方へ向けていた視線を上げた。

同時に両手を添えていた手紙から利き手を外して、こめかみに添えた意味をまだニカノールたちは知らない。

それもこれもその間もずっとルシアの顔から感情が抜け落ちたように排除されていたからである。

それが深刻なようにも見え、また感情が読めないことで推測するのも難しい。

よって、自然とルシア以外の者たちは身を引き締めた。


しかし、当のルシアは私情を挟まぬようにとか、表情に相応(ふさわ)しいほど内容に重みがあったとか、そんな理由でそんな顔をしていた訳でも何でもなく、ただ単にどんな顔をして良いのか分からず、無表情だったのをそのまま続けただけであった。

直前にしていた顔がそれであっただけで笑っていれば口元を吊り上げたままであっただろうし、難しい顔をしていれば眉を寄せたままであっただろうと言えるくらいにはルシアは自分の表情に頓着していなかった。

だから、だろう。

次の瞬間、ルシアの言った内容にこの場に居た者たちがまるで拍子抜けしたかのように間抜けな顔を(さら)したのは。


「明日、昼前に(くだん)の店が開くらしいから一緒に行きましょうですって」


何てことないように告げたそれはルシアだってその一文を読んだその瞬間、拍子抜けしたものである。

今後を思えば、決してそんな顔するようなことでもないくらいには重要性のある内容であるにも関わらず、例外なく間抜けを晒したのは(ひとえ)に苦労させられたというのが嘘のようなこの呆気なさ故か。

ただただ、脱力が勝ったというのはこういう時を言うのだと実感したのは言うまでもない。


だから、ルシアは周囲の反応にあえて無視を決め込んで、ひらりとミアからの手紙を宙で(ひるがえ)した。

こうして、舞い込んだ手紙一枚で行き詰った壁がとんとん拍子で越えられていくのを有り(がた)いけれど、何とも納得のいかない、という展開の早さに気持ちが追い付いていっていないような複雑な気分になりながらもルシアは明日の予定を確定させる為に新しい便箋を取り出し、ペンにインクを付けたのであった。


ヒロインか、ヒロインだからなのか。

きっと、そう過っているはず。

(ミアがどうしてその情報を持っているのかは今は気にしないでおく。どうせ、聞いたら天が味方しているとでも言いたくなるような返答が返ってきそうではある)

ルシアはそんな意味でもさぞや心中複雑であった。


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