529.変わらぬ文字と一枚の手紙
何度、瞬きを繰り返しても目前で消えぬまま、そこにあり続ける『閉店』の二文字。
それを見たルシアは手前に声を溢したものたちと同様に、そしてそれ以上にのんびりと間延びした声を落とした。
つまるところ、皆が皆、リアクションを落としたのは同じものを、その『閉店』の二文字を見て、ということなのだろう。
声こそ出さなかったものの、その場に居た他の者たちも似たような気配を漂わせており、きっと感じたことも同じだろうとルシアは思った。
そんな中で、一人だけズレていると言うほどではないが、若干、違う反応を示した者が一人。
諦観が主に漏れ出たルシアたちとは違って、驚きが目一杯、先行したのだろう。
「そんな......折角、お店を見つけられましたのに」
本当にこの二文字の予想すら一切していなかったのだろうと思わせる声を上げた――ミアは見る見るうちに今まで以上にない気落ちを全身に乗せて、そう呟きを落としたのだった。
嘆くかの如く、鬱々と落ち込む姿はとても居た堪れない。
どんより、そんな言葉が似合いそうな空気を纏いながらも陰気に鬱陶しく見えないのは偏にミアが愛らしい少女だからだろう。
美人が何をしても恐ろしく絵になるように愛らしい少女の落ち込む姿もまた、陰気ではなく、見た者の庇護欲を最大に引き出す憂い顔となる。
それはもう、こちらも胸が苦しくなってくるほどである。
「ああ、ミアさん。そんなに落ち込まないで。そういうこともあるわ。また日と時間を改めて来たら良いのよ。場所が分かったのなら、次は探さずに真っ直ぐここに来れるわ。それだけで充分よ。ねぇ、そうでしょう?」
そんな様子のミアに声をかけたのはルシアであった。
このままでは人目を惹く、と言っても周囲には誰も居ないけれども、ともかく、このままでは周囲の空気もしょんぼりと沈んだまま、それはいけないと思ってのことである。
実際、ミアの落ち込みように見てられない気持ちになったのも励まさなければと思ったのもルシアの良心だった。
だから、ルシアは嘘でも何でもない本当のことを持ってして、仕方なさげに困ったように眉を下げながらも安心させるような微笑みでミアにそう説いたのであったのだった。
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『うん、店が閉まっちゃってるのはミちゃんのせいじゃないし、ルシアの言う通り、まだ来れば良い』
ルシアがミアを慰めた後、その会話が終わるのを待っていたかのように店の様子と周囲の様子をじっくりと覚え込むように眺めていたニカノールが視線をこちらへ戻して、そう言い、ルシアたちは店内に人の気配すらさせず、一向に開く様子のない店の前に居ても仕方がないとばかりに道を引き返したのであった。
勿論、ルシアも宿からの道順だけでなく、周囲の通りなども記憶に押し込んだ。
あの後、ルシアたちはまず、ミアを宿へと送り届け、他からの情報がないか、軽く周囲へ聞き込み、情報収集をし、黄昏の空も良い具合になってきたところで宿へと帰還したのである。
そして、まだ戻っていないようだった王子たちを待たずに少々、行儀が悪いものの、部屋で夕食を囲みながら、本日集めた情報を元に話し合いを始めたのであった。
因みに王子たちを待たなかったのは別行動をしている以上、帰りの時間まで合わせられない上に連絡も緊急時以外はそれほど必要ではないだろうと判断した王子の提案であり、その利点を見たルシアが何の抵抗もなく、受け入れた結果である。
というか、既に皆まで言わずとも、と言うくらいにはこういう時は割とあっさりそうしてきた過去があったりするが、ここでは割愛しよう。
ただ現状、お互いに食べたかどうかの確認は怠らない、これだけは不文律の絶対ルールとなっているとだけは言っておく。
ともあれ、ルシアたちの話し合いは予想外のところから差し込まれた大きめの収穫もあり、ながらでの食事であったのにも関わらず、その夕食が終わっても続いた。
結局、直接的には発展しなかったものの、何度も音に出して言った通り、十二分の成果であったのは大きな事実なのである。
だから、ルシアたちはもし、無関係若しくは途中で行き詰った時のことを頭の隅っこに入れて、それならそれで別の手を打てるようにしながらも件の店について、例の絵について、そしてまだ何か見落としていないかと物語と訪れた通り、今日一日の記憶を余すところなく、目を皿のように探ってはどんな些細なことでも口頭に出したのであった。
そうして、その話し合いは帰ってきた王子たちも加わり、ある程度の遅い時間まで続いた後、行動あるのみとして閉じたのである。
――それが既に三日も前のこと。
さてはて、王子と話し合って別口の用意はそちらに放り投げ、有り難くこちらに集中しようとしたルシアはミアと共にあの店の前まで行った護衛三名とニカノールを連れて、翌日の朝には店へと向かった訳ですが。
『うーん、やっぱり朝早くからはさすがに開いてないわよね』
着いた店の扉に掛かったままの薄っぺらい木製の板に書かれた『閉店』の二文字。
ミアが訪れた時間という時間は昼前くらいだったと当人から聞いていたルシアは気負うことなく、その場を離れて情報収集に向かった。
そして、数時間後。
『あー、今日は午前中は休みなのかしら』
ミアに聞いた時刻ほどに引き返してきたそこにある扉に掛かった木製の板の文字は尚を変わらず。
まぁ、日が違えばそういうこともある。
ルシアはまたあっさりと別の場所へと繰り出して聞き込みをした。
さらに数時間が経って、午後の時刻。
『駄目だわ、今日はもう閉店みたいね』
尚も燦然と輝く『閉店』の二文字。
ただ、定休日も判別つかない店なので。
ルシアは三度目の正直を躱されたところでその日はもう、諦めて翌日また訪れることにした。
この時はまだ、嫌な予感というほどのものは感じていなかったルシアである。
しかし、その翌日の朝――。
『......朝は開かない店ということ?』
この辺りで、もしやこれは、とこの後に起こり得る光景を思い浮かべて、ルシアは口を引き結んだ。
その顔に護衛三名が顔を見合わせて、何とも形容し難い顔で何かしらをアイコンタクトで示し合わせていたのをルシアはちゃんと見逃さなかった。
仕方がないので前日と同じく、情報収集の聞き込みへ。
そして一番、可能性のある昼前の時刻。
『また......!?』
変わらぬ文字にルシアがそう叫んだのも無理からぬことだろう。
ここではイオンがまぁまぁ、とそんなルシアに声をかけて、ルシアたちはその店の前を後にした。
『......』
ついに黙り込んだのはその午後のことである。
既にルシアの目は据わっていた。
ああ、ほら、もしかしたら、あの日から長期休業に入ったかもしれないし、というニカノールの声は遠く、拾われもせずに消え去った。
そして、本日。
今の時刻はもう日も暮れた晩である。
「...見逃すよりはマシと思ってだったのだけどね」
ルシアは泊っている宿の部屋の居間にあるソファの上で盛大に拗ねた顔を晒していた。
馴染みある三人の護衛が各々、触れたらいつ爆発するとも知れない不発弾かの如く、慎重を期した様子であれこれ世話を焼くのをニカノールが困った顔でルシアの向かいのソファに腰掛けているという状況が出来上がっていた。
王子はまだ帰っていない。
さてはて、ルシアがミアと共に行動した日から三日。
あれから三日間欠かさず、一日三度は訪れた件の店は果たして、一度たりともルシアたちの前にその木製の板の文字を変えることなく、立ち塞がったのであった。
しかも毎回、店内には人の気配が全くしないというご丁寧ぶりである。
そりゃ、ルシアも拗ねる。
「あんまり、続くようだったら別の方法を考えなくちゃ」
「あー、そうだね。でも、どうしようか。調べてはみたけど、完全に店主の気分での開店らしくてどうにも」
ルシアの呟きにきっと別口の伝手で調べたのであろうニカノールが新しくも嬉しいとは言えない情報をくれる。
さて、どうしようか。
ルシアがそう思った時であった。
丁度、夕食の食器などを食堂へ返しに行っていたノックスが部屋に戻って来たのだ。
そして、そのノックスの手には一枚の手紙。
てっきり、手ぶらで帰ってくると思っていたノックスの思わぬ持ち物にルシアは片眉を上げる。
「あの、こちら、ルシア様宛なんですが...」
「え?」
何だか歯切れ悪くそう告げたノックスに既視感を覚えながらもルシアは身を起こして、それを受け取る。
不思議そうに見下ろしたその手紙。
ひっくり返して見た送り主の名前にルシアは目を丸くした。
ミア・クロロス・ブエンディア。
そこにあったのは確かに彼の愛らしい少女――ヒロインの名前であったのだった。
うん、滑り込みにもほどがある(中途半端なところを見た方は本当に申し訳ないです...!!)




