526.少女の会話、道すがら(前編)
観光客もたくさん訪れる主となる通りはやはり、それに配慮されているのだろう単純明快な導線に幅の広い道。
今、こうして徐々に狭まり、入り組み始めた街の外れの方へと向かっている道を歩いているとそれがよく解る。
それは何処の国でも同じこと。
ただ、やはり職人の国だからか、今まで見てきた各国の街々よりは整備が成された上でその場で受ける印象の違いが顕著であった。
そんな裏路地ではないものの、表通りの主たる通りを見た後ではそう思い、実際、裏通りから戻ってきてみれば、なんてことのないそんな通りを男女が数人。
普段のそれに慣れてしまっているからか、ルシアはそんなに気にしなかったが、立派な大所帯である。
コツコツと靴音が複数、乱雑に響く。
歩幅の差からもそれはいとも容易く不協和音となり、しかし、高低の差がそうないからか、耳障りというほどではない音だった。
「えーと、確か......」
「ニカノールさん、私が行ったのは確かこちらの道のはずです!」
「ん、...ああ、そうだね。そこから右に曲がったら確かこの道に出たはずだから」
そんな様相で歩いていた彼らは先頭を行っていたニカノールが立ち止まったところでつられるようにして、足を止めた。
ニカノールはそんな背後の気配に気遣うことなく、右へ左へと首を振り、手元の簡易に書き殴った地図と睨めっこしては唸る。
ここはニカノールの記憶が一等、曖昧なところだった。
その横で同じように、しかして物見遊山のような様相で周囲をきょろきょろと見渡していたミアがぱっと顔を明るくさせて、前方にある道のうちの一つを指して、ニカノールに助言する。
ニカノールはその言葉を聞いてもう一度、地図を見下ろし、ややあって合点がいったのか、ゆるりと頷き、言葉を返したのであった。
これはそんな道すがらである。
「ミアさん、そう急いては転んでしまうわよ」
「そうです、お嬢様。もう少し、慎みをお持ちください」
最早、和気藹々とした雰囲気で進む中、ニカノールと共に先頭を歩き、くるくると細やかに動くミアに向かって、ルシアはそう声をかけた。
この集団の中でいっそ忙しなく張り切ったように動く彼女の様子が目についたからである。
その姿は初めて広い世界を見る子供か、必死に駆け回る姿も可愛い小動物。
心なしか、ルシアの声もいつもより穏やかで優しい。
ルシアに同意するように咎めの言葉を口にしたのは彼女の護衛である女騎士だった。
「ごめんなさい、普段こんな風に動くことなどないのです。私にも出来ることがあるのだと思うと嬉しくて」
「ふふ、そう。でも、もっとゆっくりしても良いのよ。店は逃げないわ。ゆっくり、それでも貴女はちゃんと役に立っているのだから、ね?」
怒られたことに少しだけしゅん、と恥じ入りながら尚も隠せぬ熱を吐き出すように無邪気に語るミアはそれはもう、微笑ましい。
ルシアの対応も引っ張られるように子に対する親のようになっていた。
ルシアのかけた言葉にはい、と素直に首を縦に振って、すましたように背筋を伸ばし直したミアにルシアは見られないように堪えて、笑みを溢した。
それもこれも元よりルシアが持たれているであろう印象ではその笑みは解釈違いだろうし、何よりミアが拗ねるだろうから。
「うん、ルシアお嬢さんの言う通りだよ。今だって、俺じゃ詰まったところを迷わずに進めてるのはミアちゃんのお陰だからね。君の案内だよ」
二人の会話の一部始終を見終えたところでニカノールが追撃するように口を挟んだ。
そう、ニカノールが先程のように道の選択に迷った際、ミアはルシアの頼み事をしっかりと熟そうとしているのか、それはもうつぶさに周囲を見渡して、記憶を頼りにニカノールへ助言するのである。
ふらふらと気の向くまま、歩いた道で正確に記憶していないだろうに彼女が助言した次の瞬間にはニカノールが彼女とは別の数を熟した記憶を持ち出して、答え合わせをして、すると既に次の進路が決まっている。
「ええ、本当に」
「......ルシアさんにそう言っていただけたならとても、光栄です」
ルシアはその光景を見る度にニカノールの記憶力にも感服して、ミアのヒロインとしての凄まじさを肌で直に感じるのである。
だから、ルシアはニカノールの言葉に大きく頷いて、同意を示した。
二人からの手放しに近い賞賛とも取れる言の葉にミアは照れたように頬を愛らしく赤らめて、やや俯き気味にそれを隠したのであった。
ーーーーー
「そういえば、ルシアさんはその目的というものの為にこのスターリの街へ?」
彼女が、ミアがいつの間にか、隣を歩いていたルシアにそう尋ねたのは入り組んだ道を何度か立ち止まっては進むを繰り返した後のことで彼女の記憶ではそろそろ件の店が見えてくることだという段階でのことだった。
先頭はニカノールが引っ張っている。
最早、その手に地図の書かれたスケッチブックはない。
荷物になると鞄に仕舞ったのだ。
ここまでくると目視で探した方が早いらしい。
お陰でミアは先頭に行く必要はなく、ここだ、という店を見つけ次第、教えるように言われていた。
そんな最中でのことである。
きっと、純真無垢で本物の深窓の令嬢であるミアには守秘義務などということは一つも念頭にないのだろう。
まぁ、そこまで神経質になることでもないからこれにルシアが身構えることはない。
ただし、王宮ではしばしば水面下での探り合いにこのような会話が繰り広げられるのであしらい方もルシアはよくよく知っていた。
「いいえ――ああ、全く関係がない訳ではないのだけれど、欲しいものがあって」
今のルシアの目的であり、ミアが浮かべているのは竜玉について。
それ自体がスターリに来た理由でもなければ、それの材料でも何でもなく、物々交換の品とでも言ったところ。
だから、ルシアは否定しかけて思い直したように言い換えた。
ルシアが欲しいものと称したのは知っての通り、正確には王子の為の王子が欲するはずの剣である。
ただ、その剣やら今後やらを知っているルシアが一番、張り切って獲得に動いているだけの。
今、竜玉を欲しているのは剣が欲しいからである。
それを全て説明する気もない、必要性も感じなかったルシアはミアにそう大雑把な言葉で軽い説明をしたのであった。
遅くなりました。




