525.花の少女と次の旅、へ...?(後編)
「お嬢様!!今やっと送り届けていただいたところなのですよ!?ああ、それがなければ、今頃どうなっていたことか......私は考えただけでもぞっと致します。本日はもう、宿の部屋にてゆっくりなさいませ!何より、このお方にご迷惑をおかけするなど――」
ミアの提案に真っ先に反応したのはその言葉を正面から受けたルシアではなく、ミアの侍女である女性であった。
信じられないとばかりに目を見開き切って、叫ぶように叱責とも心配とも取れる言い回しで彼女はミアに言い募る。
ルシアが肯定、否定を言うよりも前に物凄い猛反対である。
ルシアは自分に向けられている訳でもないのにその鬼気迫る侍女の女性の迫力にびくりと肩を揺らした。
生憎、この手の侍女とは縁がなかったもので。
一番、近いのがゲリールのエグランティーヌだろうか。
「ええ、ごめんなさい。ミリアム、分かっているわ。けれど、このまま終わりなのはどうしても......迷惑をおかけしてしまうのも重々。でも、私にも何か手伝えることがあれば、ご協力したいのです。ですから、どうか。ルシアさん、私に同行の許可をいただけないでしょうか」
「......」
対して、それを受け取るミアは殊勝な態度で本心から申し訳なさそうに眉を下げながらも曲げない信念とばかりに後半は侍女の方へと向けていた身体をルシアの方へ向け直して、真っ直ぐな眼差しで再び、ルシアに許可を求めたのであった。
ルシアはそれを見つめ返して、黙り込む。
その顔は思案しているようで、見慣れた者からは答えが出ているようでもあった。
当のミアだけがその静かな視線を受けて、毅然と背筋を伸ばしながらも瞳の奥に不安を揺らしていた。
「分かったわ。同行を許可します」
次の瞬間、ミアの緊張も杞憂とばかりにあっさりとルシアはその言葉を口にした。
果たして、それはミアの頼み事だったからか。
それとも、その凛とした眼差しに何かを見、何かを思ったのか。
それはルシアだけが知るところ。
それを証明するかのようにルシアの背後に控えていた青年三名もこの決定に少なからず、各々驚きを見せていた。
「本当ですか...!!」
「お嬢様!――本当によろしいのですか」
すぐに声を上げたのは自分の意見が通ったミアである。
全身から喜びを表すようにパッと顔を明るくさせたミアの姿にルシアは思わず、眩しいものを見たかのように目を瞬かせて、視界を切る。
花の開花、それ即ち恐ろしいほどの破壊力とイコールである。
証拠に通りを行く人々の何人かが気を取られて、何もないところで躓き、何かにぶつかる音をルシアは背で聞いた。
次に言葉を発したのはミアの侍女。
彼女は反射なのだろうか、声を弾ませたミアを咎めるように呼んだ後、躊躇したようだが、そのまま深々と頭を下げた後にルシアへと再度、確認するようにそう告げた。
心配が半分、警戒と恐れがもう半分。
それは相手がルシアだからか、ルシアであっても悪役王子妃に対してのものなのか、ただ純粋に王族に関を置く者に対するそれなのか。
中らずと雖も遠からず、ルシアは彼女の表情だけでそう読み取った。
だから、と言うほどでもないがルシアは彼女を安心させるように綺麗に笑んだ後、こくりとはっきり頷いてみせた。
「ええ、二言はないわ。少し遠いけれど、行くだけならば早々、何事も起きないでしょう。私の護衛もおります。尤も、何かあるようであればすぐに帰すわ。それでよろしい?」
「はい!ありがとうございます...!」
侍女の女性へ声に安全対策として語り聞かせながら、ミアに向けても淡々と条件を並び立てるようにルシアは幾つかの決まり事としてそう提示する。
これを守れなければ、さすがに連れてはいけない、そんな風に眉下げたことでルシアは匂わせる。
それを理解してか、そこまで考えが及んでいないのか、ミアはより喜色ばんで声を跳ね上げた。
ルシアはそれに苦笑する。
「――承知致しました。貴女様がそうおっしゃられるのであれば、私がとやかく言うことはありません。ですが、お嬢様にも護衛を一名同行させていただきたく」
「ええ、勿論よ。その護衛はすぐに出れるかしら?」
「はい、すぐにでも」
絞り出すように言葉を紡いで侍女はミアの提案を承諾した。
何よりルシアにここまで言われて、否やは言えはしまい、といったところだろう。
一人、はぐれて彷徨わせてしまっていたさっきの今でミアに外を出歩かせたくないという思いがあるのだろう、随分と苦い顔だったものの、これ以上は反対をしないと侍女の女性は態度から意思表示していた。
ただ、それだけでは終わらず、万全を期すように護衛の随行の許可を取る辺り、とても優秀である。
こんな侍女が欲しかった。
ルシアの周りには侍女こそただ淡々と仕事を熟す者以外居ないが、優秀な従者は複数居る。
知っての通り、今まさに背後に居る三人とか。
皆まで言わずとも察し、動く本当に有能勢だ。
ただし、余計な口を挟まないという殊勝さはない。
一番、理想に近くてクストディオだが、クストディオも実は案外、なんてことのない日常の中では時にイオンよりも刺さる言葉を投げてくることもあったりする。
まぁ、ルシアも堅苦しいのを好まないのでこれで充分である。
なるようにしてなった結果なのだろう。
ルシアは侍女の女性の提案を快諾して、詳細を尋ねる。
いつの間にか、この後の予定が決まりつつあった。
「本当に、ありがとうございます。ルシアさん、私に手伝えることがあれば、何でも致しますので」
では、護衛の者を呼んで参りますと恐縮しながらもミアのことをルシアたちに頼んで宿へと引き返した侍女の女性を見送った後、ミアが改めてといった様子でそう言ったのをルシアはほんの少し下にあるその可愛らしい顔を見下ろす。
純真無垢な真っ直ぐな瞳はまるで深窓の乙女のようで少しも擦れていない様子がルシアには些か眩し過ぎる。
ああ、もう。
ルシアは内心で悪態を吐く。
とは言っても、それは舌打ちを打つような忌々しさを押し出したものではなく、何処か仕方がなさそうに許容するようなもので晴れやかしさまであった。
それにルシアは自分以外の誰も聞いていないというのに自ら弁明する。
だって、彼女はヒロインなのだもの。
この世のヒロインに懸命な顔でそう訴えられて断れるものが居ようか。
いや、居ない。
「では、初めに一つ頼みましょう」
「はい、私に出来ることなら...!」
こほん、とわざとらしく切り替えて、一層、大袈裟なくらいに厳かな雰囲気だけを取り繕って、ルシアは言った。
ミアがそれを聞いて、きらきらと目を輝かせる。
まるで、自分にも何かが出来ると役目が与えられると期待するかのように。
そんな目で見られたら、全くもって仕方がない。
「ええ、それでは道案内を。既に場所は聞いているけれど、私は一度も足を運んだことのない場所だから教えてほしいの。勿論、細かい道はニカノールにも聞くわ。貴女は見覚えがあるものを教えてくれれば良いのだけれど」
「精一杯、務めさせていただきます!」
あってないような、彼女の為に作ったかのような役目。
それでいて、場合によっては充分、重要な事柄であるそれをルシアは提案した。
いつ何時も情報収集は大事である。
それらが活きることがあるかもしれないし、ミア個人の感性でしか拾えないものもあるだろうから。
そんなことまで考えてのルシアのその提案にやはり知ってか知らずか、ミアは清らかな満面の笑みで承諾をしたのであった。
今回は大分、遅刻しました。
ごめんなさい。
それと、前後編に変えました。
合わせるとめっちゃ長くなりました。
(まぁ、タクリード編辺りで前中後編で物凄い長いのあったし、セーフだよね。うん、きっとそう)
あと、昨日でこの物語は一年と10ヶ月だったみたいで。
一応、お祝いと報告ってね。
おめでとー。
(だらだら引き摺っているとも言えなくもないけど、当初通りに進んでもまだぎり終わってなかっただろうからこれもセーフ)
それでは引き続き、楽しんで読んでいただければ作者冥利にもつきまして。
感想送ってくださると大変嬉しいです。




