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516.それは物語が進み始める予兆


しん、と何度目かの静寂が室内を包む。

だが、そこには据わりの悪さも居心地の悪さも居た堪れなさもなかった。

あるのは穏やかな、それでいて一つまみの寂しさのような。

しん、と静まり返った、と表現するに相応(ふさわ)しいような静寂だった。


この街に来ているというヒロインこと、ミアの、ルシアの知る作中の話を終えて、どちらともなく作り上げた静寂だった。

それ以上を続けることもなく、聞きたくない訳ではないが何処か聞いてはいけないような、咎められている訳ではないけれど躊躇(ためら)うような、推して通るほどの未練は残っていない、そんな表現の難しい感情でクストディオは黙った。

ルシアもルシアでそれ以上に言うべき何かというものを持っていなかった。


「好奇心は猫をも殺す」


きっと誰かがくれば即座に打ち消されるほどの(はかな)い沈黙の中でクストディオは静かに控え、ルシアは手持ち無沙汰に王子たちとも共有である方の資料を眺める。

そこでふと、思わずといった風にルシアが溢したのはそんな言葉であった。


「...それ、さっきも言ってたけどどういう意味」


「あら、これはニカの教えてくれた例も物語に出てきた言葉よ。どうして一体、私が知っていると言うの」


それは王子たちが帰ってくる前にルシアが口止めするようにクストディオへかけた言葉。

そして、それはニカノールから聞いた一頭と一人の物語でも出てきた言葉でもあった。


好奇心は猫をも殺す。

だけど一歩、その一歩を踏み込んだからこそ大事なものに気付くことが出来たんだよ。

でも、気付かなければその大事なものを傷付けずに済んだのかも。


ニカノールは意味こそ分からなかったものの、作中で男の語ったその言葉が何だか好きだったと語った。

それこそ、彼の幼馴染と何度も読み込んだ本の一つだったと。

今の今まで幼馴染のことを思い出すそれを無意識的に避けていたのか、忘れていたらしいけれども。


ルシアはそんな取り留めのないことを思い出しながらわざとらしく首を(かし)げさせて、クストディオの問いに疑問を提示する。

だが、クストディオはそれでは引かなかった。


「――ルシアは解って使用している」


「どうして?」


「前後の文脈、推測。後は用法が正しいようだったから」


クストディオも愚かではない。

わざとルシアが答えないで問いかけを重ねていることにも気付いている。

そして、ここで引き下がってしまうことが良いという訳ではないことにも。

だから、クストディオは言葉を重ねる。

そんなクストディオの様子にルシアはくすりと幼さを残したあどけない顔で笑ったのだった。



ーーーーー

...そうね、間違ってはいないわ。

交渉と言うには皮肉もあくどさもない挑戦的であるだけの挑み合いのような掛け合いの後に一度、切り直したルシアが最初に告げたのはそんな言葉だった。

それはクストディオの推測への返答であり、賞賛であった。


そうして、そこから語られるのはクストディオの聞いたこともない話。

あるところでは――、そう口火を切って語られたのは話というには他愛(たわい)もなく、あっという間に閉じられた。

まるで、雑談の合間にそういえば、こんな話を知っている?と語られ、相槌と共に流されてしまう程度の話。

得てして、慣用句や故事などはそういうもの、と言うような、件の言葉の説明だった。


「あるところでは猫に九生あり......つまり、猫は九つの命を持っている、と言われているの。まぁ、それだけ猫は容易(たやす)く死なないから、ということからきた言葉なのだけど」


飄々とも、孤高とも、意地汚いとも、不吉と呼ばれることもあれば、幸福であるとも称えられる猫。

まぁ、それだけ今も昔も身近で少なからず、好まれてきたのだろうと言える。

案外、何処でも生きられて、多少のことでは死なない強かさを持つその生き物の生命力に命そのものがたくさんあるのだ、と言ったその言葉が前提の話。


「そんな猫でも好奇心は殺す......?」


「そう、容易く死なないはずの猫ですら持ち前の好奇心で死んでしまうことがあることから、時として好奇心は命取り、何よりも劇薬となり得るから気を付けなさい、というのがあの言葉の意味よ」


要は例えそれが純粋な探求心であったとしても余計な真似は厄災を呼び、身を滅ぼすということ。

何事も不要なことに手を出すべきではないということ。

何が何に飛び火するのか、分からないのだから。

予想外のところから飛んできたそれに大火傷を負わされても自業自得なのだから。

予測出来ないからこそ身を晒す真似を控えなさい、とそういう意味なのだ。


説明がなければ何故、猫なのかと容量の得ないその言葉の意味を聞いて、ただその響きで大体の用法として意味するところであった牽制を見抜き、受け取ったクストディオはふとそれを考えた。

果たして、あの時、例の資料を前にルシアがそれを今言ったのはこれ以上は何も言ってくれるな、というまさしく牽制だったのか。

それでも保管を任せてくれたということは踏み込むことを許されたということなのか。


ルシアには最も傍に居る王子にも少なからず事情を知るクストディオにも踏み込ませない絶対の不可侵領域が存在していた。

それに気付いているのは何もクストディオだけではない。

王子を筆頭にルシアと親しい者は皆、知るところである。

では何故、踏み込まないのか、暴かないのか、寄り添い、明け渡してくれと伝えないのか。

あの王子でさえも。


それはほんの少しでも、そんな素振りを見せようとしただけでもそれへと至る道は閉ざされて、同時にルシア自身も本来の姿を永遠に見せなくなるというのがありありと感じられたから。

それは儚く消えてしまうのと何ら変わりない。

普段の豪胆さが目立つばかりに気丈であると思われがちで、実際に自身の芯を揺らがせることのないルシアには、それでもそんな繊細な部分があったのだ。

それもそこらの深層の令嬢よりも遥かに取り扱い注意な一級品の壊れ物が。

果たして、そのアンバランスさこそがルシアの魅力であるのか、それを知るものは居ない。


クストディオは無意味に脳裏に浮かんだそれを直接、音にして尋ねることはしなかった。

まるで薄氷のようなそれをいとも容易く割ってしまいたくはなかったから。

それは自分がして良いことだとは思わなかったから。

だから、静かに続きを待っていた。


クストディオが言いたげな顔でそれでも聞きたいだろうに聞かないでいてくれているのだろうことを、それがルシアにとってあまり触れられたくないことなのだろうということまで理解したルシアは心の中で感謝しながら普段よりは力のない笑みを浮かべた。

行ったり来たり、ころころと変わるその表情はいつもより幼く、いつもより大人びていて、普段の素である時よりも何だかずっと心そのものであるかのようで。

何故、今、とクストディオがちらりと(いま)だに開く気配のない寝室への扉へ視線を流したその時、ルシアが再び口を開いた。


「――この言葉とあの物語で比喩に使われた王と語り手の女の話はあちらのものよ」


「...!」


まるで感傷に浸るようにルシアはくたりとした声音で言った。

クストディオは(のど)を上下させた。

果たして、それは内容か、それともルシアの心を現すその表情にか。

ルシアは疲労感とも異なる、それでいて草臥(くたび)れてもいるような、しかし静謐な空気を(まと)って、目を細めていた。

歳不相応に大人の顔だった。

年齢よりも大人である必要がある環境に居た身近な誰よりも。

酸いも甘いも知った、という言葉が示すのはまさにこれか、と言うような。


その瞳は何を捉えているのか、それは正面に居るクストディオにも分からない。

だけども、ただ単に視界にあるものを捉えているようには見えず。

だけども、ただ単に焦点が合っていないようにも見えない。


「ニカの幼馴染という彼はこの物語とあの坑道の類似点に気付いたのかしらね?」


当時の幼馴染は気付いたのだろうか。

あの賢かったという彼の幼馴染は。

ルシアは取り留めもなく考える。

意味もなく、考える。

多分、そこまで複雑ではない今回の面倒事を、何かそれだけではないものを抱えていそうな未だ纏う色彩以外を知らぬ少年だった青年を。


「...まだ時間がある。けれど、猶予としてはここ、スカラーでの目的は早々に片付けておいた方が良い。今後の面倒事の為にも。ねぇ、そうでしょう?」


思案するようにルシアは紡ぐ。

最早、ルシアの見る先には竜玉探しではない別のものが映り込んでいた。

そして、クストディオもまたその視線と自分たちの進む先にある事柄を理解して、こくりと頷いた。


「大丈夫よ。まだあまり進んではいないけれど切っ掛けさえ掴めればすぐに終わらせてみせるから。あ、ミアの件も忘れていないから安心して」


「......分かった。尽力する」


「ありがとう、クスト」


安心させるような声音で告げたルシアにクストディオはまた(うなず)く。

それ以外に選択肢がないかのように。

それにルシアは綺麗な笑みで笑ってみせたのだった。


キィ、と(わず)かに扉の開く音がする。

やっと身支度を終えた主人公の登場に、続いて別の扉の音と共に一気に増えた人口密度に騒がしい者が居ないとは言ってもすぐに賑やかしくなる。

もう既に先程までの空気は思い出せないほどになってしまった室内で普段通りの勝気な笑みを浮かべたルシアは早速、彼らが街で集めてきたという情報をせがむのであった。


前話に対して、今回は長くなりました(調整下手くそですすみません)

前話もそうでしたが、ルシア視点のようなクストディオ視点のような構成となっているのも下手くそでしたね。

読みづらさがあったならごめんなさい。


それはそうと全然進まない話、怒涛の展開という言い訳の急ピッチ進行になるかも(と言いながら遅々とするかもですが、どうか生暖かい目でなにとぞ。


今の今までこれといった確信はつかずにきた恋模様の方も変化あるかも。

いや、そこについては異世界(恋愛)としておきながら淡過ぎて申し訳ない所存です、はい。

それでも好きだよ、と言ってくれれば嬉しいです。

ちゃんと着地させるつもりはあるのでよろしくお願いします。

コメント待ってます(モチベーション下さい、最近、詰まり気味)


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