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514.彼らの帰還ともう一人の主役の登場(中編)


クストディオの問いに対して、ルシアの解は即座に用意された。

それは何処かでそう聞かれることを構えていたから出来たとも言えるし、無意識に成したとも言える。

けれども、ルシアとしては別段、その言葉を前以て用意していた訳ではなかった。

けれども、思い返してみれば、頭の端でぼんやりとその言葉だけが解として残っていたようにも思う。


「――知っていたわ、私の知る流れでは彼女もこの地に居たから」


ルシアはゆっくりと身体を起こして、一つ、間を置いて、紡ぐ言葉を考えながら口を開いた。

視線は意図なく、下がり伏せ、クストディオを視界に捉えることはなかった。

クストディオもまた、影の落ちて暗い色のするその瞳が何を映しているのかを読み取ることは出来なかった。


ルシアはそれだけをぽつりと言って以降、紡ぐ言葉が見当たらないというのか、口を閉ざしてしまった。

しかし、それによって訪れた沈黙は短くもなかったが長くも続かず、クストディオが何かを言おうと逡巡をしている間にルシアはあ、と何かを思い出したかのように一つ、二つ高めの声で顔を上げて、綺麗は灰の瞳でクストディオを捉える。


「ああ、言い忘れるところだったわ。テーブルの上に広げていたもの、片付けてくれたのはクストでしょう?別に絶対に見られてはいけないもの、という訳ではないけれど、カリストは鋭いから...助かったわ。ありがとう」


「......ルシアが、見られたくなさそうにしていたのは知っていた」


わざとらしく挟まれたそれにクストディオが気付かない訳がない。

けれども、気付いたからこそ、そして告げられた内容が内容だけに応えない訳にもいかず、クストディオはほんの少し口元を引き結んだものの、ルシアへ返答をしたのであった。

クストディオは続けて、あの資料たちを自分の方で保管してある、と言った。


下手に引き出しや荷物の中に入れる訳にもいかなかったからだろう。

ルシアとしても普段は荷物の分かりづらいところに挟んであったり、手荷物で持つ時は必ず、その中身は王子に不自然にならない程度で見せないようにしていたりとそれなりの努力をしていたのでクストディオの気遣いは有り(がた)かった。


「なら、そのままクストが持っていて」


「え」


「だって、その方が見つからなさそうだもの」


何処か間抜けた声を落としたクストディオに向けられたルシアの言葉はくすくす、と小さくころころとした笑い声に乗せられており、いつも通りのルシアのふとした時にふわりと落とす表情だった。

ただの少女のそれだ、とクストディオは認識する。

先程までの困った(かたく)なささえも溶けてしまったかのような。

クストディオは無意識に肩の力を抜いたのだった。


「いいの」


「ええ、その方が安全でしょう?違う?」


ルシアの調子に引っ張られていたのか、彼であっても重量ある空気に据わりが悪かったのか、クストディオも通常通りの表情と平坦な声で再度、そうルシアに問うた。

クストディオとしては読めないものであるとはいえ、それがルシアにとって重要な資料であることも出来るだけ人に見せたくないものであることも知っている。

加えて、自身がそれを解読とまでいかずとも理解しようとしていることもルシアは薄々勘付いているはず。

それなのに、保管を任せるということは、それはクストディオが好きな時分にじっくりと解読しようとする時間を与えるということ。


勿論、するな、と言われればクストディオも中を見ることもしないし、今後の話し合いの場であってもルシアの書く手元を見ることもないだろう。

だから、クストディオは自分中を見る可能性、までを示唆して、ルシアにいいの、と問うた。

けれども、ルシアはあっさりと(うなず)く。

気付いていない、という訳でもないだろう。


「......分かった。預かっておく」


「うん、要る時には声をかけるから」


結局、クストディオはルシアのその旨を了承した。

ルシアは逡巡があっただろうクストディオの返事までの間を気にも留めずにさらりと話を(まと)めたのだった。



ーーーーー


「......ルシア」


「――なあに」


例の資料について、話のひと段落がついたところで再び沈黙が落ちた。

今度は先程よりも穏やかで、しかしながら水面下でそろりそろりと見え隠れするそれを気付かない振りをしているような、むずがゆい心地も(ひそ)んでいて。

一拍、そこから一拍を置いて、切り込んだのはクストディオだった。

ルシアは分かっていたように、だけども、先程までとは違い、視線を真っ直ぐにクストディオへと向けて、返答した。

そこにあるのはいつもと変わらぬ弾く輝きだった。

そのことにクストディオは何故だか安堵する。


「...ミアのこと。ルシアのことだから僕が知らなかったことも予想してたんじゃないの」


「...ええ、何度かの話し合いの中で出てこなかったから。最初は私に配慮しているのかと思ったけれど、そんなことで貴方は情報を隠匿するような真似はしないでしょう?だから、知らないのだろうって。......実際はどうだったの?」


切り出された話題はやはり、それだった。

気持ちを切り替える為の話題転換を経た後に本題へ戻ってきたような。

今度は落ち着き払った様子で話が進む。

ルシアはふぅ、と気付かれないように薄く息を吐いた。


言葉通り、クストディオとの話し合いで一度も出てこなかったからそんな気はしていたのだ。

だが、あえて言わなかった。

何だか、無意識に避けていた。

その理由をルシアは考えまいとしている。

そして、今もそれ以上の追求はせずにクストディオの持つ情報を求めた。

クストディオはほんの少し宙を仰いだ。

その緋色に映るのは寂寥(せきりょう)か、懐古か、それとも。


「――いつも、この時は別件で駆け回っていたから。僕はスカラーに来ていないし、ミアが居たなんて知らなかった。少なくとも、殿下に危険がない旅だと最初の数回で知っていたから」


「わざわざ手を出すことなく、放置していた?」


「そう」


勿論、優先順位は王子であった。

けれども、危険性のない旅だと分かっているのなら他の面倒事に手を回すのは必定だろう。

ルシアだって、そうしていたに違いない。

だって、結果的にはその方が王子の為となるのだから。

そして、ルシアにはクストディオの言う別件というものが何か、心当たりがあった。


「シーカーの流行(はや)り病?」


「......まさか、本当にあのゲリールの民を味方に出来るとは思わなかった」


ルシアの呟きにしては確信持った声音に返されたのは少しずれたものだった。

しかし、そのクストディオの返答の意味をルシアは正しく理解する。

そうして、数年前の当時、クストディオが驚きに目を見開いていたことを思い出した。

後にも先にもあれほど間抜けた表情をクストディオが見せたことがない。

ただ単に、今までの繰り返しで彼らの協力を得ることが出来なかったのだろう、と考えていたが、想像よりもずっとクストディオには偉業であったのかもしれない。

とはいえ、ルシアとしてはあれはよっぽど運が良かっただけだ、というように思う。


「......剣の修理にスカラーへ訪れた第一王子はそこで観光に来ていた令嬢とかち合う」


「...!」


そんなクストディオの様子を見たからか、ルシアは何だか語りたくなったのだ。

ゆるりとまるで本を読むように穏やかにルシアは紡ぐ。

それは確かにルシアにとっては本で見たある一場面であった。


引き続き、中編ですみません(終わらんかった)


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