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510.知る者どもだけの暗躍会議(後編)


さらさらと紙の上を滑るペンの音、そして響くのは男女の話し合いの声。

それはテンポ良く、次へ次へと進んでいく。


「なら、竜玉探しについては何も知らないのね?」


「......それは知らない。僕は同行してない。けど、新しい剣を持って帰ってはきていた。時期はもう少し後。期間はそう長くなかったはず」


「でしょうね。そもそも、タクリードでの件でカリストが出国するのももっと後だった。なのに、本来よりずっと早期にタクリードへ呼ばれて、シャーと合流した私たちはシャーの、というよりはアリ・アミールのね。劇的な次期後継者の台頭を演出する為とその他の憂慮を排除する為の茶番劇に組み込まれたわ。


......冬を挟んだことで時期の差分は多少、縮みはしたけれど、王妃のこともあって早めに王宮を出たから今尚、時期だけは早く進んでいる」


作中よりも過去に当たる時期の接触と介入、ルシアが()()()であるからこそ生まれた王妃との不和が原因での王宮滞在期間の短さ。

そして、ここでの滞在期間も本来のものより着実に長引こうとしている。

今はまだ、作中と差異があると言うほどのずれはないものの、このまま情報収集が(かんば)しくなければ間違いなく、長期化するだろう。

まるで、徐々に全てが前倒しになった分を稼ぐように。


「――なんて、穿(うが)ち過ぎかしら?」


「?」


ふいにそう呟いたルシアにクストディオが(いぶか)しげな顔をする。

ルシアのそれは思案していた内容が途中でつい口に出して、音になってしまったものでクストディオに聞かせようとしたものではなく、自分自身でも何らかの確証を持っての言葉でもなかった。

要領が得ないのも仕方がない。

ルシアはすぐに何でもない、と手をひらひらと横に振る。


「ともかく、(わず)かとはいえ変動が確認出来る以上は本来で出された条件よりも難しいものに変わっているのかもしれないわ。まぁ、ここまで符号が揃っているのだからその可能性は低いでしょうけど、......」


「何か」


幾つかの可能性を示唆しながら、今度は聞かせる為の言葉を紡ごうとしたルシアだったが、先程とは反対に途中で音を途切れさせる。

それは何かを思案するのに集中してしまったような、ルシア得意の思考の海に浸って、その他を全て(おろそ)かにしてしまった時のような様相であった。

けれども、今回のそれは現実に連れ戻してしまっても比較的構わないものだと、長年の付き合いで判断したクストディオはいつもは黙ってルシアの考えが纏まるのを待つところを淡々とした平坦な声で口を挟んだ。

その声にクストディオの狙い通り、まだ浅瀬に居たルシアは視線を上げる。


「バタフライエフェクト」


「...それは?」


「バタフライエフェクト、(ちょう)がはばたく程度の非常に小さな撹乱でも遠くの場所の気象に影響を与えるか?という問いかけから長期予測は困難であるという提言からどんな些細なことでも後々に大きな変化となって現れることを意味する言葉よ。要は一見、関係のないようなことでも間接的に影響を及ぼす現象のこと。だから、本当ならここまで変わっていないことを不思議に思うべきなのだけれどね」


それもこれも抑止力、強制力の成せる業か。

でも、その中で一部だけが(いちじる)しい変化を起こしている場合は?

ない、とは言えない。

世界なんてそんなもの。

ルシアはそれをクストディオに伝える。


「...坑道の魔法?」


「――今回の件の根幹にも近い事象だからそう、とは思えないのだけれどね。でも、変化があるとしたらそれじゃないかしら」


坑道の、出ることを(はば)む魔法。

行きはよいよい、帰りは怖い、をそのまま表現したようなそれ。

今回の竜玉探しにおいて、段違いに難易度を跳ね上げているのは何か、と言われれば、それだろう。

(もっと)も、それは古くからある可能性が高く、それに変動を齎すにはもっと前から変化を起こさなければならない。

そして、それはあまり現実的ではない。


けれども、ルシアは作中でこれほど長引く面倒事としてセルゲイの出した条件を見ておらず、クストディオはクストディオでそんな内容をこれまでにちらとも聞いたことがない。

なら、もっと難易度が低くかったとしても可笑しくない。

だけれど、坑道自体が関わりなかったとするには符号が揃う。


だから、クストディオも低い可能性の中で最も有り得るとすればと考えてのその選択肢だったのだろう。

そして、それはルシアもだった。


「とはいえ、確認は取れない。何処の誰ももしも、の世界を知ることなんて出来ないのだから」


唯一、知ることの出来た二人はここで頭を悩ませているのだからこれはこの先ずっと迷宮入りだろう。

まぁ、結局は現実はこうである以上は何の意味も成さない。

あるとすれば、何らかのヒントになり得る情報が片鱗としてあったかもしれない、というだけの話だ。


そんなことを思いながら、ルシアは軽い注釈として手元の紙に書き込んだ。

書き込んだそれは王子には見せられない例の対策本である。

ルシアには馴染みのある丸みある文字と角ばった文字が入り乱れるそれ。

だが、それを苦ともせずにルシアは使い熟して、記入していく。

さらさらといとも簡単に埋められていく難解なそれをクストディオはじっと見つめた。


「――気になる?」


「......」


クストディオの視線を感じたルシアはひょいと上目遣いで挑発的な笑みを贈る。

それに対して、クストディオは無言を(つらぬ)いたが、その無表情が僅かにむすっと(ゆが)んだのをルシアは見逃さなかった。

それもそのはず、このやり取りは初めてではない。

クストディオがどう答えても、この問いの答えをルシアは教えない、としてはぐらかす。


だから、クストディオは出来る反抗とでも言うべき眼差しで記入中のルシアの手元をじっと観察する。

そうすれば、読めはしないものの、直前までの会話でそこに記されている内容をある程度、把握出来るからだ。

そうすれば到底、お粗末と言えど、対応する文字というものも文法らしき形もぼんやりとだが見えてくる。

クストディオだって、頭脳は切れる。


そして、ルシアは案の定、クストディオの返答を待たずに駄目よ、と笑んだ。

くるり、と持っているペンを手遊(てすさ)びに揺らす。


「好奇心は猫をも殺す。――これは知らなくて良い」


まぁ、隠し立てするほどのものでもないけれど。

そんな言葉を口にも出しながら、ルシアはさらりと最後の一文を書き足した。


――好奇心は猫をも殺す。

だけど一歩、――。

ルシアは浮かんだその言葉に自嘲するような苦笑を漏らしたのであった。


前に何方かが見たいと言っていたので。

本当はもう少し踏み込んだ会話にしたかったんですが、それは次回に。


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