508.知る者どもだけの暗躍会議(前編)
「何かを知っていたとして、それが今回の件に関することなのか......それとも、本筋に関連する情報なのか」
前者なら何とか知る方法がないのか、後者に関しては今件が終われば自動的に知れるだろうし、今すぐに必要ではないだろう。
あれはどちらなのだろう。
宿の寝室、一人なのを良いことに考えを巡らせていたルシアは熟考するにあたり、ついに紙とペンを持ち出していた。
それだけの時間が経っていた。
なのに、未だにこの部屋への来訪者は居ない。
ルシアにとっては都合の良いこと。
何と言ったって最近は大体、誰かしらが傍に居た訳である。
勿論、安全を考えてのことではあるが、過保護ここに極まれり、ルシアが一人になる時間などほとんどない。
まぁ、貴族令嬢や王族などは大抵、そんなものだけれども。
ただ、これはルシアにとって少し困ったことでもあった。
だって、これは人前で広げて編纂するにはあまり都合の良いものではないのだ。
特に知識があって、少ないヒントでも先が見えているのではないかと思うくらいに一から十ならず、一から百を知ることの出来る頭脳明晰な人が居ると尚、悪い。
例えば、ルシアが最も共にする時間が多く、最も過保護で遠ざけるのが難しい王子とか。
ルシアは手元を見下ろす。
そこにあるのは紙の束、ノート状に纏めたもの。
――主に作中の流れやそれに付随する情報を纏めた何も知らない人から見れば、予言書紛いのもの。
早十数年の間に増え続けてきたルシアの知る限りでの前世知識の塊である。
勿論、ルシアがルシアになってからの情報も刻まれているが、それは前提としてあの作品を知っている必要がある作りなので扱いは同じだ。
その全ては日本語で書かれている為に誰にも解読出来ないからその情報が外に漏れる心配という意味ではそこまで気にする必要はないのだが、如何せん、ルシアの周りの人間がこの世界での日本語が何であるかを知っている者が多い為にどちらにせよ、容易に見せられるものではないのは変わりなかった。
だから、今回の件を纏めるついでにこれ幸いと持ち出してきたのである。
どのみち、直面しているこの事柄もここに記載する必要があるのだから一石二鳥。
何だか久しぶりに思う日本語を書き上げながら、ある程度の編纂を終える。
そうして今、ルシアが考えているのはやはり、今回の件で元を正せば行き着くセルゲイのことである。
もとい、セルゲイの隠しているであろう何かと考えだった。
「......考えても無駄、とは分かっているのだけど」
だって、人の考えなど読めるものではない。
そんな超能力でも持っていない限り。
もしかしたら、魔法で出来るのかもしれないけれど、ルシアにそんな高度なもの以前に魔法のまの字も使えないから選択肢にない。
けれど、気になるものは気になるのである。
何故、ニカノールを。
それは前者の、先に知っていた方が良いような今件に関することだと思うのだ。
ただ、――。
「......あの反応だけは別よね」
ルシアは色々とごたごたがあった常に濃い日々を送るにあたり、セルゲイの鍛冶屋を尋ね、竜玉探しを言い渡されたあの日を早くも遠く感じているのだが、それでも気にかかったものに関してはそれなりに記憶していた。
因みに例え、それが何に反応したのか自分ですら分かっていなくとも琴線に触れたのだからと自覚して保管するようにしているのは偏にそういった勘が当たりやすいことを知っているからである。
ルシアは合理的な思考の持ち主だが、割とそういった類いのものを信じていた。
だって、不確かさは占いなどと同じでも勘というのは自分の感覚だ。
思考回路では追いつけない無意識下での反応なのだ。
ルシアはそれを人間が持つ本能に因るものだと考えている。
人間だって動物なのだから本人がそうと気付いていないだけでそこかしこから肌身で情報を拾っているものだ。
なまじ、高度な知能と言葉を用いるが故に目に見える形での確証を得ようとしてしまうけれど。
だから、ルシアは過信こそしないが情報の一つとして自分の、または他人の感覚で得たものを取り留めておく。
でもやっぱり、最後の一押しに感覚というものが重要であったりするとも思っている。
そんな、ルシアが気にかかったのは竜玉探しの条件を出す前の、訪ねてきたルシアたちを初めて視界に入れたセルゲイの示した反応だった。
何かしらの動揺があったらしい、少なくない驚愕を浮かべた表情。
果たして、それが示すものは何か。
「いや、あれは私たちじゃなくて、私を見ての反応だった」
王子でも王子の一行でもなく、ルシアを見て。
作中のことを踏まえても踏まえずともセルゲイがルシアたちをただの貴族ではないと勘付いていることは粗雑な扱いの中に確かにあった態度で分かっている。
そして、それとは別にルシアに対して何らかを知っているのだ。
そういう反応だった。
何を知っている――?
何故、ルシアに反応したのだろう。
ルシアには悪役王子妃という肩書き以上のものはなかったはずだった。
それで何故?
あの時、セルゲイはニカノールをルシアたちと共に追い出した。
それはセルゲイの知る何かによってそうした方が良いと判断したのが一番の理由であるのには間違いないのだろう。
それと顔には出さずとも例の幼馴染との一件をずっと抱え込んできたニカノールを見ていて思うところがあった、ということもあるのかもしれない。
ただ一つ。
結局、隠し事というのはそれが何、と分からずとも隠し事という名称によって点と点は容易く結びつく。
人はそれは憶測と言うが、憶測の中には確かな真実も含まれるものだ。
あの時、セルゲイは今件とは別にルシアに関わる何かによって動揺した。
果たして、あの時。
ニカノールを追い出した理由の中に自身の弟子であるこの見習いに動揺を気付かせたくない、という深層心理が含まれていなかっただろうか?
体の良い厄介払い、一時的に自分の傍から引き離す為ではなかっただろうか?
やっぱり、一人問答は答えを返してはくれないが。
出来過ぎ、ルシアは何度も確かにそう思った。
そんな都合よく記した本が揃っているものなのか。
この国はこれがどうして、竜に纏わる物語が多いようだった。
これも何度も自問していること。
そもそもがスカラーにはかなりそういった絵本やら何やら、創作物と呼ばれるものが他国よりも普及しているのだという。
職人の国、それは物理的な物を作るだけに当てはまらないということはニカノールを通して、よりまざまざとルシアは知った。
そうして、今件に関する事柄は全て依頼主であるセルゲイに帰結する。
それが意味するのは何だ?
ルシアがそう脳裏で呟いたその時、全てを打ち切るようにコンコン、とノックが響いた。
ルシアははっとしたように顔を上げて、数拍を置いてから入室を許可する。
寝室に入ってきたのはルシア同様にこの部屋を使う王子でも、いつも起こしに来るイオンでもなく、クストディオであった。
「...大分前に起きてた?」
クストディオが入室するなり、寝台に腰かけるルシアとその膝の周囲に散らばる紙の束を見て、最初に言ったのはそんな言葉だった。
若干、呆れのようなものを感じるのはきっと気のせいではない。
だが、ルシアはそれをさらりと無視して、おはようと声をかける。
「まぁ、少し前にね。ちょっと情報を整理していたの。起こしに来てくれたの?」
「食事。もう昼になるけど」
追求はさせない。
そんなにっこり笑顔のルシアにクストディオは一つ息を吐いた後、その日常的な問いかけに静かに答えたのだった。




