49.番号持ち
王宮の訓練場、その一角にて。
王子の剣の稽古の終了に合わせて指定された時間と場所にルシアはイオンと共にやって来た。
ルシアは着いたばかりのその場所に主要メンバーが集まっているのを見て目を瞬かせる。
え、何の呼び出しですか?と言いたくなる光景である。
「嬢さん、久しぶりだな」
「あら、そうね。貴方やニキティウスにはあまり会えていなかったものね」
最初に声をかけてきたのはノーチェ。
彼の言葉通り、騎士のメンツはそれこそ本来の貴方たちの仕事内容は何ぞや?というほどルシアの護衛に使われていたからほぼ二日も空けて見ない日はなかった。
しかし、密偵が役目の主を占めるノーチェとニキティウスには全然、顔を会わせる暇がなかったのだ。
ニキティウスの方は軟禁の間に会ってはいたけれど、ノーチェは本当に久しぶりだった。
まぁ、私は出来るだけ引き籠りが推奨されていた訳だし、彼らは彼らで時々、イオンに助力要請がくるくらいには多忙だった様子だから分からないでもない。
「それで?大体は報告書を読んで知っているけれど...進展は?」
「はい、調べたところ犯人と思わしき者をやっと割り出せましたけど...」
ニキティウスがそう告げてルシアへ紙の束を渡す。
ルシアはそれをかなりのスピードで読み上げた。
今までの読書習慣の賜物だね!
そして、ルシアはそこに書かれていたその内容に眉を顰めた。
「...確かにレジェス殿下にも毒が盛られていたと前回の報告書で読んだわ。だから、王妃派ではないだろうとも。けれど、これは......」
ルシアが怪訝な顔をする理由は相手が王妃派でなかったことではない。
確かに王妃も何か企んでいたようだけど多分、今回の犯人に先を越されて不発に終わったと見るべきだ。
殺害レベルの騒ぎを起こすには自陣の旗頭であるレジェス王子主催のお茶会という場所選びはあまりにも不適切だしね。
では、何が納得いかないのか。
それは目下、犯人とされているのが国王派にあたる伯爵だからだ。
確か、王妃主催のお茶会でデザートだの何だのと勧めてきた隣席に居た夫人の夫。
まぁ、第一王子派に本件を起こせるのはまさしく毒を飲んだイバンの生家、バレリアノ公爵家のみ。
ならば、嫡子を巻き込む手段は取らない。
もし、イバンが実行犯であればあの状況も作り出せるだろうが、イバンも自分の仕掛けた毒を飲むほど愚かではないし、そもそもバレリアノ公爵家ならばもっと上手く確実にやることだろう。
本件は公爵家の仕掛けたものにしては下策が過ぎる。
そうなれば必然的に国王派の誰かになるが、そうであってもその伯爵が犯人とは到底思えない。
何故なら、彼の家は辛うじてこの騒ぎを起こすことが出来ても王妃を敵に回すほどの力はないからである。
ルシアだけを狙ってのことであれば、代わりに自分の娘を王子妃に、というのならまだ分かるのだが、レジェス王子もとなれば...。
そもそも王妃に表立って敵対出来る家なんて公爵家くらいなのでは...?
「ああ、そもそも今回の事件はちぐはぐ過ぎる」
「ええ、そうね。時間差を見るに同時ではなく、私とイバンに毒を盛った後にレジェス殿下に毒入りの飲み物が届くようになっていたようね。これではまず、レジェス殿下の口に入らない。その前に私かイバン、はたまたその双方が毒で倒れ、騒ぎになってレジェス殿下の手にそのグラスが触れることすら敵わない。実際に今回はそうだったわ。それなのに情報を掴ませないその腕は国、いいえ大陸一なのではないかしら?」
そうなのだ、この犯人はとてもちぐはぐしている。
だからこそ意図が読めず、複雑で難解を極めている。
「ああ、嬢さんの言う通り。今回は国王直属の諜報員も動いている」
国王直属の諜報員と言ったらそれこそトップクラスの密偵の精鋭集団だ。
それなのにまだ捕まっていないとなると、タイミングを見ているのか。
それにしたって時間がかかり過ぎている。
それだけの敵なのか。
......なのに、策は詰めが甘いと?
あ゛ー、ほんとにどんな敵だよ!!
「そう言えばノーチェ、貴方は国王直属の諜報員に知り合いでも?」
ノーチェやニキティウス、イオンも密偵としての優秀さは上位と言っても過言じゃない。
それと渡り合うもしくは上をいく国王直属の諜報部隊。
まさか仕事中にブッキングしたことがあるとか?
そう容易く知り合えるものなのだろうか。
「...あー、それなら諜報部隊長と所属しているもう一人が番号持ちだからだな」
「番号持ち?」
番号持ち、さて聞いたことがない。
優秀な者のコードネーム的なものだろうか。
「あーっと、実はイストリアとタクリードの境に数年前まで一人で城を落とせると言わしめた暗殺者が住んでいたんだが、そいつは年老いたってことで隠れ住んでいたところで孤児を集めてはその技を仕込んで自分の技を引き継がせようとした。その過酷な修行の過程でほとんどの孤児は死に絶えた。だが、その中でも死なずに生き残った者は名無しから数字の名前を与えられ、身体の何処かにそれが刻まれたってんで、その生き残った数字の奴らを総して番号持ちと呼ぶようになったんだ。そのうちの二人がここの国王直属の諜報部隊に居る」
「......ノーチェも?」
そこまで詳しく、番号持ちと知り合いということは。
ルシアの問いに彼は口で説明せず、こちらに背を向けてしゃがむ。
緩く束ねられた長い黒髪を彼が避けると現れた首筋にはっきりと6という記号が無骨な見た目をして刻まれていた。
うわー、痛そう。
刺青のようだが、ここではそんな技術も然程発展していないだろうし、麻酔はないはずだ。
これを刻印するのにどれだけの苦痛を味わうのか。
「大丈夫、もう昔のことだ。まぁ、国王直属の諜報部隊との繋がりはこれだ。所謂、同郷っていうことになる」
痛ましそうと思っていたのが伝わったのか、ノーチェは何でもないようにさっさとそれを隠して立ち上がってしまった。
「そうなのね...。彼らでも手古摺ったとなると、もしかしたら別に黒幕が居ると想定するのが良さそうね」
伯爵には到底手の出せないところまで伸びた手。
ちぐはぐな狙いと目的。
伯爵と黒幕とで利害の一致した部分と一致しなかった部分があるのにも関わらず、行動を起こしたのかもしれない。
さしずめ、伯爵は隠れ蓑か。
それはそれで黒幕の狙いはなんだろう。
「もう少し調べる必要がありそうだな。ノーチェ、ニキティウス頼んだ。ルシア、イオンも借りることになると思うが...」
「ええ、どうぞ。私もあまり長引かせたくもないわ」
早急な解決の為ならイオンを馬車馬の如く扱き使ってもらって構いませんとも!
イオンは文句を言うかもしれないが。
それでも、この件を速やかに終わらせられるのであれば、ルシアだって数日、引き籠りになるのも吝かではない。
「犯人がまた襲撃してくる可能性も捨てきれない以上、放置は出来ないもの」
真面目に死亡フラグと仲が良い状況はよろしくない。
ええ、大変よろしくない。
これでは本編までなんとか生き残れても本編の強力なフラグにまで好かれてしまったら一巻の終わりだ。
だから何としてでも折らねばフラグを。
ルシアはそう思いを胸に、真剣に頷いたのだった。




