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4.思わぬ初対面(前編)


「ルシアお嬢様、お手を」


そう言って、先に降りたイオンが(うやうや)しく手を貸してくれるのをルシアは内心でひくりと(のど)を鳴らしながら、態度には(おくび)にも出すことなく、受け入れた。

イオンの礼節持ったその姿はそこらの貴族と遜色ない。

もしかしたら、それ以上の気品を兼ね備えているかもしれない。


本当に、公的な場所へ出た瞬間に凄い変わりようである。

いつ見ても素晴らしい切り替えだ。

役者になった方が稼げるのでは、という言葉は既に何度もルシアが思ったことでもあり、皮肉として実際にイオンへかけたことのある言葉でもあった。

そして、鼻で笑われて終わった言葉でもある。

普段の態度が態度なだけに素直に褒めたくないのだが、そんな腹が立つほど有能で完璧な従者の手を借りて、ルシアは馬車を降りたのだった。


「ありがとう、イオン。――そこの貴方、案内してくださる?」


降りた先で待機していた男へ声をかけると、了承の言葉と共に王宮内へ促される。

一歩、踏み入れた王宮内はまるで別世界のように壮麗だった。

ルシアは見苦しくない程度に見渡す。

ここまでくると建物というより何かの芸術の域のようだった。

住むにも勇気が要りそうな建物なんて世界遺産か何かだろうか。

管理だけでも苦労しそうと考えるルシアは根本的に庶民派な感覚が抜けてはいない。


「ご令嬢、こちらからが第一王子宮となります」


暫く似通った廊下を進んだ後、案内人の男がそう告げた。

確かに調度品の雰囲気がその位置から変わっているようだった。

何というか、先程までの廊下と違い、地味だった。

とは言っても、品良く揃えられていることは分かる。

華美ではないだけでそんな別の美しさがそこにあった。

確かに華やかさや芸術的な価値はやや劣るものの、ずっと統一されて生活し易そうな美しさがあった。

はてさて、これは王妃の嫌がらせによるものか、ここの主の趣味かに判断が分かれるところだ。

まぁ、両方かな、と勝手に納得したルシアはそのまま導かれるままに直進していた。


しかし、急に横合いから視界へ入り込んだ何かによって、ルシアは一瞬、気を取られて歩を緩める。

それはその場において、悪手であった。

その何かは同様に止まるということはなく、そのまま直進をしてきて、立ち止まりかけたルシアと接触してしまったのだ。

結果、咄嗟に反応することが出来なかったルシアはその何かと勢いよくぶつかって弾き飛ばされることになったのである。


「きゃっ」


ルシア自体は真後ろに居たイオンに受け止められて怪我一つなかった。

しかし、危なかった。

ルシアは静かに安堵の息を吐いた。

それは怪我をしなかったことにではなく、危うく王宮内でうわっと叫びかけたのを意地でも食い止めることに成功したこと、にである。

さすがにそんな令嬢は居ない、とルシアとて分かっているのでひやりとしたのであった。

...にしてもよく出たな、きゃっなんて声。

前世じゃあ、決して出ていない絶対に。

何とか今世の六年間がフル稼働してくれたようで功を奏した。

故にルシアは安堵の息を吐いたのであった。


「ルシアお嬢様、ご無事でしょうか?お怪我は御座いませんか」


「ええ、わたくしは大丈夫よ。イオンのお陰ね」


完璧従者モードで心配そうにこちらを覗き込んでくるイオンへルシアは微笑んで答える。

危うく令嬢モードが吹き飛びかけたこと以外は全くもって無事である。

やっと落ち着いたルシアは何が起きたのかと見渡したが、周囲には何もない。


「――お嬢様、あちらです」


ルシアの行動に何を探しているのか理解したイオンが指示したのは何かが出てきた方の廊下の反対側、庭園の方だった。

イオンの示したそれを追うように見ると、ルシアより少し年上の吃驚(びっくり)するほど美しい少年が憮然とした顔で立っていた。

どうやら、彼がルシアにぶつかった何かであったようである。

しかし、その少年はルシアと目が合うとすぐに庭園の奥へ消えていく。


ルシアは最大限に目を見開いて呆気に取られていた。

...いや、普通ぶつかったら謝るよね!?

それも相手は自分より幼い令嬢だ、一応、無事かは見ていたようだったけども。

せめて、一言くらい言っていけよ金髪美少年、と心の中で毒づいたところでルシアは気付く。

この国で金髪というのは王族特有のものである。

特に白くも見える月明かりのような白金の髪なんていうのは直系に近しい者くらいのもの。

ルシアとぶつかった少年はそれはそれは見事な白金の髪をしていた。

そして今、ばっちり合った瞳の色は駄目押しとばかりに深い青。


現在、王宮でルシアより少し年上の美少年で金髪に濃紺の瞳の持ち主は一人しか居ない。

そして、ここは王宮中央の人の出入りが激しい場所ではなく、王宮へ上がった子息であっても容易には踏み入れられない第一王子宮の区画。

これはもう、役満である。

――あれ、第一王子!?

主人公...!!

内心で盛大に叫んでいるルシアは思っている以上に混乱をしていた。

あれが第一王子殿下だというのか。

実感がいまいちまだ持ち切れていないものの、顔合わせに来た己れの婚約者である...。

本日、こうしてここに来た理由そのもの。


「...嘘でしょ」


何あれ、とルシアは小さく呟く。

確かに既に将来有望な美貌(びぼう)だった。

(うわさ)は当てにならないという言葉は今回に限り、当て嵌まらない。

だがしかし、ついつい何なのだと言ってしまいそうになるあの態度。

正直、やっていける気がしなかった。

会った瞬間に喧嘩を売っている自身が容易に想像出来てしまうことにルシアは頭を抱えたくなった。

間違っても、行動に出しはしないけども。

落ち着け、落ち着くんだ、とルシアは自分自身に言い聞かせる。

相手は十歳の子供、それも不遇な境遇に居る子供だと。


態度が悪いのも仕方ないと思え。

まだぶつかっておいて怒鳴り散らす奴じゃないだけマシだ。

いや、幼少期のこととはいえ、そんな主人公は嫌だけれど。

大体、前世も合わせると相手は三分の一くらいの年齢だろう、大目に見てやれ。

そんな風に言い聞かせるルシアはかなりの混乱を未だ引き摺ったままで且つ必至であった。

一気に心配になってきた、とルシアは思う。

それは勿論、自分自身が暴れないか、がである。


「...イオン」


「何でしょうか、お嬢様」


小声で話しかけたルシアに合わせてイオンは膝を曲げ、高さを落とす。

こういうところが出来る男の所以なのだろうか。

しかし、今はそんなことを気にしている場合ではないとルシアは早急に切り替えて、要求を伝える為にイオンへ近付く。

そうして、ルシアはイオンの耳元に口を寄せて、周りに聞こえないように(ささや)いた。


「...もしもの時は私を止めてね」


「え゛、嘘でしょ...いや、承知しました、けど」


ルシアの囁いた言葉にイオンは遠くを見るような目をして、ため息交じりに首肯した。

最初のあからさまに嫌そうな声と途中に誤魔化しながらもはっきり聞こえた深いため息の音は案内人の男に見えない位置で彼を(つね)り上げることで抗議する。

ただ、いつまでもそうしている訳にもいかないので、了承したことをもって、ルシアはイオンから手を離した。

イオンがそれを合図とばかりに立ち上がり、行きましょう、とルシアに案内人の男に告げる。

ルシアたちは再び廊下を進み始めた。

しかして、ルシアの心境は以前のものと全く別のものとなっていた。

どうしよう、ルシアはイオンのようにため息を吐きたくなるのをグッと(こら)える。

初っ端から既に前途多難な気がしてならないのであった。


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