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497.坑道へ辿り着く為のその手法


「......で、この話が書かれた本はイストリアに行ったら買えるわけ?」


「あら、買えないわよ。本じゃなくて、実話だもの」


それはルシアが時系列順にアルクスからこのスカラーへ来るまでの旅路の大体を話し終えて、ニカノールが最初に放った言葉であった。

ルシアはニカノールがその言葉を放った心境の(おおよ)そを理解しながらもばっさりと否定を突き付けた。

まぁ、客観的に見ればそんな心境になるのもそんな言葉が出るのも納得出来るんだけども。

ルシアはくす、と口の端に苦笑を乗せる。

次の瞬間だった。


「いや、こんなの本の中の世界でしか聞かないから」


話す前よりもげんなりとした様子のニカノールがつい溢したであろう言葉に一瞬だけルシアは思考を止めた。

とは言っても、歩む足は止めていないし、苦笑するのに顔をやや(うつむ)きがちにしていたので誰も気付かなかったに違いない。

それはあまり内情を知らせない為に所々を省いた大筋だけの話で実際はもっと色々あったのにも関わらず、ルシアの口から紡がれるそれの精密さに事実だろうと(なか)ば納得している故の驚嘆と共にやっぱり、信じ(がた)いという色を覗かせているニカノールにか、その言葉そのものにか。

だが、ルシアは苦笑を浮かべた時よりもずっと一瞬のうちに顔を上げて、元通りの笑みをゆるりと浮かべて、ニカノールに、周囲で事実を知りながらもニカノールとそう変わらない顔をする王子たちに差し向ける。

そうして、――。


「事実は小説よりも奇なり、よ」


ルシアはたったそれだけを言った。

事実のようで事実ではない、けれどもルシアは案外、その通りだと思う言葉である。

中々に気に入っている。


「...それ、何度か聞いたことがあるが何処の言い伝えだ?」


「さぁ、何処でしょうね」


ルシアの笑みを見ていた王子はため息を吐いた後、そうルシアに尋ね返した。

ルシアはふふ、と笑って、答えないまま返答する。

強いて言うなら異世界、若しくはずっと過去にはあったかも。

そんなことを思いながら、ルシアはくすくすと笑い声を立てたのだった。



ーーーーー


「それはそれとして、この方向には随分、歩いたわ。そろそろ、方向修正してみる?」


わざとらしくからかい交じりの笑みを浮かべて、(けむ)に巻く言葉を発していたルシアは途端に表情を引き締めて、そう言った。

ルシアの状況判断力は前世も相まってそれなりに高い。

故に状況に応じての周囲がその変わりように驚くほどの即座の切り替えも出来れば、(わきま)えた行動も出来る。

王子たちはルシアのその変化に慣れた様子で対応し、顔を引き締めた。

ニカノールもまた、ここまで来れば馴染んできたのだろう、王子たちよりは少し遅れて、それでもこれ以上の驚きも呆れもその顔に乗せることなく、思案げに周囲を一瞥した。


「......そう、だね。じゃあ、あと数分くらい進んだら変えようかな。どうするの?」


「ええ、良いと思うわ」


さくさく、と草と地面の擦れる音を立てながら、ニカノールは(うなず)いて、ルシアに自分の意見を返した。

ルシアの言葉を受けての、けれども最後にどうする、と聞きながらもはっきりと断言するような響きを持った言葉。

そこに自分自身に今後の方針を決めるという重要な選択を委ねられていることに対してのぎこちなさもなければ、遠慮もない。

ルシアはそれを指摘することなく、真っ直ぐに頷き返す。


ルシアたちが深山の中を歩き始めた一刻以上は優に経った。

その間でルシアたちは数度ほど既に方向修正を繰り返して、枝葉状に着実にこの長らく未開の地を踏破していっていた。

そう、既にこのやり取りはその分、何度も繰り返されていたということである。

これもそれもやっぱり、慣れだった。

それを思い返して、何事も順応性が高いことに越したことはない、とルシアは結論づける。


「起点は何処にする?その場か?それとも、前の地点付近まで戻るか?」


「...確実にいくのであれば、戻った方が良いでしょう。けれど、...」


王子もまた慣れたようにルシアとニカノールの会話に加わった。

これもまた、何度目かの光景である。

このうちの二人に仕える者たちは邪魔にならないように極力、静かにしながらも思ったことがあれば、臆することなく、意見の一つとして口を開くようにもしていた。


ルシアは王子の言葉に手作り感満載の地図を見下ろして、思案げに言い(あぐ)ねた。

そこには通ってきたルートと目印をつけてきた場所など、全てがルシアによる手書きである。

今までルシアたちは基本的に引き返して、ほぼ同様の場所を起点に方向修正を行ってきた。

だから、選択肢としてはルシアが言い倦ねたように戻るという方が良いはずである。


けれども、ルシアが見る先、その地図はその起点からのルートをほぼ既知のものへと変えてしまっていた。

ここまでくると戻っても正直、旨味がない。

目印はちゃんと把握している為にここで迷子になることはない。


「ここから少し先で進む方向を西の方に変えましょう」


「分かった」


色々を加味してそう告げたルシアに一も二もなく、王子たちが頷いたのは彼らもまた賢かったこととルシアの判断の正確さを知っていたからである。

そうして、彼らは四半刻もしないうちに件の人工的な道の跡を発見するのであった。


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