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491.かつての少年は二対の意志を見る


「――はい、これで過去にあの入らずの山として有名な深山の奥深くに無謀にも踏み込んでしまった二人の少年の話はおしまい」


そう、暗さも見せずに変わらない口調で締め(くく)ったニカノールの言葉を聞いたところでルシアは一つ深く音にならない息を吐いた。

そうして、ルシアは自身が話の終盤になるにつれて、息を詰めていたことを知った。

だけども、そのことに誰も指摘は入れない。

否、ルシアと共にこの話を聞いていた彼らもまた、同様に周囲へと意識を(くば)るほどの余裕がなかった為に入れられなかったのだ。


「ん?どうしたの、そんな暗い顔して。あ、やっぱりそんな得体の知れないものが居る場所には行きたくないか」


話が終わったというのに一言どころか、完全に黙り込んでいる背後を疑問に思ったのだろう先頭を進んでいたニカノールは振り向き、ルシアたちの顔を確認して不思議そうに首を(かし)げた。

そして、途中でルシアたちの表情の意味に見当が付いたらしく、へたりと眉を下げて、困ったように笑ったのだった。

......(もっと)も、それは全くの見当違いなのだけれど。


ルシアは立ち止まる形になってしまった相対するニカノールの方へずん、と進み出る。

話が壮大だったからだろうか、長くも短くも感じた惑わしの小道の入口であり、終わりがその奥に覗いていた。

薄暗い裏道の形相のこの小道に差し込む表通りの光は白い。

ぼんやりとニカノールの影を伸ばして、進み出たルシアの(くつ)の先にはこつんと当たった。

遠くで微笑ましい騒音がする。

今、ここに居る少年だった青年の心境など、知らぬとばかりに。


「え、なに?えと、やっぱりお嬢さんには刺激が強かった――」


「――無事だったの?」


急に黙り込んだまま近寄ってきたルシアに、その灰の瞳に宿る真剣さに少したじろいだニカノールは頬を搔きながら、弁明を続けようとした。

けれど、それは言い切る前にルシアの鋭ささえある凛とした声に遮られる。


周囲の空気すら揺らがす声。

それに何らかの力が宿っている訳ではない。

ただ、王族として生きてきた分の貫禄と圧、そして何よりも一度、決めたことへ(のぞ)む際のルシアが見せる真っ直ぐな信念を映し出した瞳はその場の空気を変え、周囲の者を吞み込まんとする。

惜しむらくは当人がそうと自覚していないところか。

それはそれで、果たしてそれは惜しむことなのか。

少なくとも、やるべきことの為には持てる全てを使うルシアがこれを意識して使い分けたことはない。


「――え」


ルシアのその迫力を真正面から受けたニカノールは一瞬、思考回路が停止してしまったかのようにただ、その迫力だけに押されて、肩を揺らした。

つるりとした藤の瞳は(またた)きを忘れたようにルシアへと向けられたまま、動かない。


「無事、だったの。貴方と貴方の幼馴染は。怪我は、その幼馴染は、その後どうなったの」


これは物語調に語っただけで物語ではない。

昔話、過去に本当にあった話。

ならば、おしまいなんて言葉では終わらない。

続くのだ、その後も。


例え、物語としてはそこが区切りとして良かったのだとしても。

例え、続く話が何の変哲もない、欠伸(あくび)の出るような平凡な日常であったとしても。

それが現実である限り、終わりは来ない。

時に主役が死んだとしても。

続くのだ。

過去、未来、そして現在(いま)

それらが地続きである限り。


「あ、え、う、うん......その幼馴染が連れ出してくれたみたいで当時、いつもよりも帰りの遅い俺たちを心配した大人たちが捜索して、深山の(ふもと)で倒れた俺を見つけたらしいよ。その時にはもう、俺の怪我の血は止まってたって。でも、幼馴染の――あいつの姿は何処にもなかったって」


勿論、起きてからすぐに探しに行こうとしたけど、極限状態での疲労と怪我による発熱で三日も寝込んだ後だったから周囲の視線が厳しくて部屋すら出れなかった、とニカノールは情けない顔を(さら)して言う。

ルシアにはそれが泣くことを我慢し続けてその泣き方すら忘れてしまった迷子のように見えた。


その日以来、ニカノールは完全に深山へと向かうことを禁止されてしまったという。

幼馴染の行方は今も分かっていない。

怪我で意識が朦朧(もうろう)としていたニカノールは自分がどうやって生還したのかもその幼馴染を探す手掛かりも見当が付かなかったらしい。


「だから、知らないの、俺。知らないんだ、あいつがどうなったのか」


だけど、最後にもう一度、強く宝玉らしき光の(かたまり)が一層、強く光った。

意識が朦朧としていたから(さだ)かではないけれど、ニカノールは確かにそれを見た。

そして、幼馴染の少年があれら、獣もどきを追い払ったこと、次第に光の弱まった泉のそれには一切触れずに彼の少年がニカノールを背負って歩き始めたこと。

そして、気が付けば坑道すらも抜け出ており、山も下りていたこと。

途切れ途切れの意識の中で、それでも確かにニカノールはそれらを覚えていた。


あまりに突飛で非凡な出来事に夢か幻かと幾度となく、自問したという。

けれど、その度に居なくなった幼馴染の存在があれが現実にあったことだと突き付けてきたのだと、ニカノールは顔を(くも)らせたまま、へらりと笑って、言った。


「でも覚えてんの、全部。そりゃもう、鮮明に。あまりに不可思議な体験で有り得ないようなことばかりだったけどね。あいつの、あいつがここに居て、そして跡形もなく消え去ったことは間違いなく、事実なんだ」


この話の登場人物の中で唯一、全容を見ているだろうその少年。

少なくとも、ニカノールよりは何かを掴んだはずである。

そうでなければ何故、何も言わずに何も残さずに立ち去ったのか。

だから、その少年だった人物は全て覚えているはずで一番詳しいはずなのである。

ルシアはニカノールの話がただの過去話で済むものではない、と感じていた。

そう、これはもっと重要な、今回の根幹にもなるような。

ひょっとすると、今後の展開にも影響を及ぼす――。


「――ねぇ、ニカ。貴方はその彼が死んだと思っている?」


ルシアは敢えて、ニカノールに酷であろう言葉を放った。

ニカノールが麓に居たことで彼の少年もまた、山を抜けたのだろうとは考えられる。

それ即ち、生存の可能性は高いということだ。

けれども、それはあくまで可能性。

姿を見せない彼の少年がどうなったのか、誰も分からない。


何より、ニカノールは深山を裏通りからしか行けない山だと称した。

ならば、彼の少年の姿は誰かが見ているはずである。

それこそ、彼らを捜索していた大人たちとか。


けれども、ニカノールが彼の少年について尋ねた時、大人たちは総じて暗い顔をしたという。

まるで、彼の少年はもう戻らぬのだ、というように。

少なくとも、裏通りを抜けていないのであれば、深山の中。

普通は到底、生存など望めまい。


「――あいつが意図して居なくなったのか、死んでしまったのかは分からないよ。でも、だからこそ、俺は真実を知りたいんだ。あの日、あの深山の坑道の奥、あの洞窟の広間のような場所で何が起こったのか。何が、あいつに戻らないことを決意させたのか」


ニカノールは眉を寄せて、言葉を紡ぐ。

そこに貼り付けたような笑みも気弱そうな困り顔も見受けられない。

そうして、するりと藤の双眸(そうぼう)が持ち上げられる。

強い意志が、そこにあった。


「もし、俺が無事に帰ってこれたことに、あいつがいなくなったことにあの光の塊が、宝玉――竜玉が関わっているなら、俺は」


覚悟の宿った一対の藤色、それを告げられた言葉と共に受けたルシアは一歩後ろの王子へと振り返る。

ここにもまた、まるで鏡のように強い輝きを放つ瞳が一対。

映し出された王子は神妙に(うなず)いて、ルシアと共にニカノールへと向き直ったのであった。


遅くなって申し訳ありません!

ぎり滑り込めませんでした!


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