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489.泉の宝と鉱石の番人(前編)


生き物の棲むことが出来ない泉。

けれども、淡く青に輝くそれは今にも伸びやかに芽吹こうとする命の息吹の持つような強い力を持っているようであった。

その放つ光は決して目に焼き付くような強いものではなく、優しい木漏れ日のようなものであったというのに。

それでも、二人は力の源そのもののような巨大な圧を感じ取って、呆然と立ち尽くしたのであった。


「これって、なに...?」


「......燐光、みたいだけど多分、違うものだと思う。――これも魔法が関係してる...?」


思わず、上ずったように誰に向けてでもなく、問うた藤の瞳の少年にもう一人の少年は律儀に返答を返した。

彼らの目の前にあるのはまるで燐光、そう、燐光とよく似た光であった。

薄暗い洞窟の奥でそれらはこの場所全てを包み込むほどに至るところから輝いていたが、薄暗い場所であるが故にそれは際立って二人の目を穿(うが)った。


燐光、物質そのものが放つ光。

本来は生き物の死骸などが腐敗した時などに放つ光。

生き物一つ居ない死んだこの場所で輝く死後の光。

けれども、これは命の光だ、とも思うのはこの光が何処までも淡く優しいからか。

優しい光だ、穏やかな灯火だ。

色合いも相まって、熱を持たないその光に囲まれた二人はそれに魅入られる。


相反する、それでいて決して切り離せない、彼らにとっても身近でいて遠い生命そのものを訴えかけるようなこの場所はやはり、異質な場所であった。

大自然の畏怖を恵みを、どちらも等しく内包したようなこの場所。

人はそれを前に何も思わずにはいられない。


「あ、――、彼処(あそこ)に...!?」


美しい、とても美しい。

これはそう、(はかな)い美しさだ――。

消えゆくものの、それでも懸命に生きる命の放つ美しさだ。

ふいに(もたら)された天啓の如く、最もこの光景に相応(ふさわ)しい言葉を思い至って、妙な得心を得たもう一人の少年は横で上がった藤の瞳の少年の声にはっと意識を取り戻して、そちらに顔を向けて、息を呑んだ。


それはこの景色そのものでも藤の瞳の少年が彼に指し示そうとしたその先にあったものに対してでもない。

彼が(ほう)けていた間にいつの間にか、緩んでいた繋いだ手をするりと(ほど)いた藤の瞳の少年が指し示したものへ近付こうとしたこと。

そして、その指し示したものが一瞬、目を(くら)ませるほどの光を放ったことが彼の共に緩んでしまっていた警戒を最大限に引き出したのだ。


「!ニカっ!」


瞬時に状況を全容は分からないなりにも思わしくないものであると把握した黒色の瞳の少年は声を張り上げ、一歩、先にある藤の瞳の少年へとその手を伸ばした。

やや焦りの(ともな)ったそれに藤の瞳の少年もこの状況が良くないかもしれないことに気付き、振り向こうとするも二人の手が再び繋がれる前にまたぴかりと光が――。


その一瞬、この広間のような場所全てが青の閃光で埋め尽くされた。

それ以外の色が分からなくなり、二人の姿も周囲の景色も曖昧に溶ける。

まるで一瞬にして、燃える炎の中に放り出されたようだった。


それはある一つが放った光だった。

藤の瞳の少年が指し示したそれ。

それは光る水を湛える泉の中央に座していた。

何か、台座のようなもので固定されているのだろうそれは水よりもやや強めに輝き、ぼんやりと周囲の水面を球体上に照らしていた。


それだけが特別だった。

それだけが他よりも淡くも強い光を放っていた。

光の(かたまり)、光源そのもの。

何より、この場所にある全ての光の源のように錯覚させるほどの存在感を持つそれ。

けれども、光源だからこそなのか、それはその形を誰の目にも映させない。

ただ、光の形から球体であるのが(うかが)える。


全てが淡く輝く中、一つだけ泉の中央に沈んでいたそれ。

やや強い光はそれでも(まぶ)しくはなかった。

淡い光には変わりなかった。

だけども、それは藤の瞳の少年が一歩前に踏み出したその瞬間に視界を奪うほどの強い光を(ひらめ)かせたのだ。


「......っ」


そして、その二回に渡った閃光の(またた)き、それが合図であったかのように事は起こる。

それは何かの防衛装置のようなものだったのか、それとも自然の要塞とでも言うべきものだったのか。

二人の前には何処からか現れた何かが立っていた。

一体ではない、二人を囲もうとするようにいつでも動けるような構えを取って、それらの宝石のような青の双眸(そうぼう)が生気を宿さずに尚、輝き、二人を(にら)み付けていた。

黒色の瞳の少年は藤の瞳の少年を背に庇う。

幸い、二人の歩いてきた通路の方にそれらは居ない。


それらは狼とも魔獣ともつかない見た目をしていた。

それでも違うと二人が判断したのはそれらの身体がどう見ても生き物のそれではないようだったからだ。

岩、鉱物、そんなもので出来ているようだった。

まるで周囲の鉱石が姿を変えたかのように。

狼とも魔獣ともつかない、そんなものの彫刻だと言われた方がしっくりくるそれらはそれでも確かに生き物の如く、自立して動いていたのだった。


「......ニカ、絶対に僕の前から出ないで」


ぽつり、と言い付けるように、しかして絶対の命令のようにもう一人の少年は前方のそれらから一時たりとも目を離さぬように睨み付けながら背に庇った藤の瞳の少年へとそう言い放ったのであった。


わぁ、ルシアたちよりずっとファンタジーしてらっしゃる...


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