481.竜知らぬ国の竜玉というその至宝(後編)
あるよ、と静かに。
だけども、確かな響きをもって、まるでルシアの心の中を覗いたかのようにニカノールの声はそう音を、そして重ねて俺は見たことがあるんだよ、と紡いだのだった。
「――それは本当?」
重ねられた言葉によって他の意味合いだとは取れなくなったそれはこの場に居る全員に正しい意味合いで伝わったのだろう。
けれども、同時に俄かに信じ難いそれをルシアはニカノールへと尋ねた。
だって、あれだけ希少だ、何だと散々、聞かされて、それなのにほぼ唯一と言って良い発見者が目の前に居る人物だなんて、まず思わないじゃないか。
豪運は兎も角、ここまでくると仕組まれているのではないか、と勘ぐってしまうのも仕方ないだろう。
......まぁ、ニカノールも端役とはいえ、作中に出てきた人物である以上は現実がこうも類似している中でその可能性もなくはないとも言えなくもないのが、幾分と断定しづらいところではあるけれど。
「うん」
「――幻なのに?」
だが、やはりというか、何というか。
ニカノールはただ、縦に首を振って、頷いた。
ここまで来てこの状況、その表情でいくら、信じ難い事柄であれど噓や冗談を口にはしないだろうとまずは真意なのか、と問うた部分とはまた違う冷静な部分でルシアは予想出来ていたニカノールのその仕草に尚も問いかける。
最早、挑むような灰の瞳は鏡面の如く、ちかちかと瞬いて見せる。
しかし、ニカノールは再び、うん、と頷いた。
......うん、薄々気付いていたけど、ニカノールという男はにこにこと常に笑顔で楽天家のように見えながら、心底、肝が据わって図太いらしい。
まぁ、楽天家であることも間違いではないんだろうけども。
要するに真面目にしている方が馬鹿らしくなってくる毒気を抜く部類の人間である。
ある意味、王子やシャーハンシャーなどとは違ったカリスマ性を持ち合わせているタイプだ。
ルシアは変わらないニカノールに上がっていなかった肩を、それでも僅かに落として、分かりやすく気を抜いたことを示した。
すると、同時にこの場の空気も霧散する。
大して張り詰めた空気でなくとも、全員が息も吐けば、空気も緩む。
だが、先程まで威圧されようと変わらなかったニカノールだけが不思議そうにきょとりと目を瞬かせたのだった。
「それで、何処で見たのかしら」
「......あれっ、意外とあっさり信じたね」
「あら、先程の言葉と首肯は噓だったと言うの?」
先程の問い詰めるような言動はもう忘れたとばかりにそのまま話を進め始めたルシアに数秒の間を置いて、ようやっと、状況の変化を呑み込んだらしいニカノールは素っ頓狂な声を上げて、目を丸くした。
だが、そんなニカノールに意地悪っぽく笑んで首を傾げさせて、ルシアはこれまた意地悪な言葉をニカノールに向けて、放つ。
ニカノールはそれに慌てて、ぐるり、と顔だけをこちらに向けていたのを身体ごと振り返り、首を横に振った。
「や、ほんとだよ」
「なら、そうなのでしょう。それで、何処で貴方は竜玉を見たのかしら」
否定を示す行動で本当だと告げるさまは何ともあべこべのようだが、よくある光景という事実に少しだけ可笑しく思いながら、ルシアはあっさりとニカノールの言を認めて、続きを促した。
ニカノールはそんなルシアに否定して欲しい訳じゃないけど、そうもあっさりと信じられるのもちょっと、とでも言いたげな顔をしていたが、続きを語らねば引き下がりそうもないルシアに心底、微妙な表情のまま、一つの息を吐いた。
まるで、それが合図であったとでも言いたげにニカノールは竜玉の噂話を語った時と同じようにして、その話を紡ぎ始めたのであった。
ーーーーー
これは十数年前の過去話である。
下手をすれば、ルシアがまだ産まれていなかったかもしれないほど長い時の隔たりの先にあったのだというその話は王子とそう変わらない歳の頃に見えるニカノールにとってもそれは小さな頃のこと。
物心がつくか、つかないか、というくらいには子供だった時分だったという。
実は小さい時に一度だけ、それらしい物を見たことがある。
そんな語り口で始まったその話は事実、過去話であり、紛うことなく、ニカノールの幼少期にあった一つの記録であった。
「うん、あの時はね。俺と幼馴染の二人であの深山に無断で入り込んだのが発端だった」
ほら、あるでしょ、と。
やんちゃ盛りでさ、大人が止める危険なものばかりやりたがるお年頃ってやつ、と。
危険であればあるほどね、まぁ、男の子ってそんなもの、とニカノールは過去の無知で無謀な子供を、その呆れてしまうような行動力を心の底から馬鹿なことをしたなぁ、と可笑しげに笑いながら、言った。
狭められたことでより遠くに見える空を見上げるようにしているのは懐かしんでいるのだろうか。
話し始めるにあたって、止まっていた足を再びニカノールは前進し始めた為に表情は窺えない。
「もうね、馬鹿だもの。あとはそれまでにもちょこちょこ大人の目を掻い潜って入ったことがあったから、それであの日は一段と調子に乗ってて、普段よりも奥へ行こうって話になったんだ」
「......そこに竜玉が?」
ルシアの相槌程度の言葉にうん、とまた一つ、ニカノールは肯定を口にした。
そして、ニカノールはちらりと視線をルシアにくれる。
「そう、あの山にね。もし、あれが本当にそうだったなら、――」
竜玉は幻でも何でもなく、実在している。
ニカノールはまるでそれが真実かのような響きを含ませて、そう言い放ったのであった。
間に合ったね!(短くてごめんなさい)




