480.竜知らぬ国の竜玉というその至宝(前編)
竜玉、それは名のある職人たちが集うスカラーにて、実しやかに語られる希少素材。
どんな素材よりも性能の優れた物が作れると共に希少素材であるが故の扱いにくさは確かにあるものの、その他の素材との兼ね合わせや用途等の汎用性は高い素晴らしいものなのだという。
まさに職人たちは勿論、その希少価値に多くの者が喉から手が出るほど欲するそれ。
普通であれば、眉唾物。
職人たちが理想の素材を夢想する中で産まれた虚像に過ぎないだろう。
だが、そんな具体性の欠片もない語り口で囁かれるそれはただ、スカラーの職人たちの口頭に度々、上がるというだけで半ば、真実味を帯びたものとして語られていた。
ただの噂だ、伝承だ、と言いながら、まるで本当にこの世界の何処かにはあるように手に入ったら、と夢想して語られる。
それが竜玉という素材。
竜玉――竜、と聞いて真っ先に上がる、そしてその他の国では同様にはいかないだろう国は当然、ルシアたちの母国、イストリアである。
しかし、そのイストリアにおいて、例え、不遇であろうと最近では国内に居ることの方が少なかろうと王宮という国の中心地に居たルシアたちがそれについて耳にしたことはない。
だから正直な話、これがあの小説にあった以上は実在している可能性が高いだろうという思いを持つルシアでさえもニカノールからここまでのことを聞いて、怪訝な顔をした。
王子たちからすれば、もっとだろう。
......そういえば、クストディオは知っていたりするのだろうか。
この国に、王子たちの旅に同行しなかったとしても、帰還した王子の持つ剣くらいは見ているはずである。
「あーあー、笑わないでくれるのは有り難いけどね?だからって、そんな胡散臭いとでも言いたげな顔で見るのもそのくらいにしてよ。せめて、ちゃんと隠す努力はしよう?や、その目は笑われるよりも堪えられないから、ほんと。俺だって、半信半疑の話だよ!」
「ああ、ごめんなさい。決して、ニカのことを疑っている訳ではないわ」
ルシアたちの表情にそろそろ堪えかねたのだろう、ニカノールが頭を振るようにしながら、そう喚いたことでルシアはすっと意識をニカノールへと向けた。
尚、ここは惑わしの小路の中、他に行き交う人の姿は勿論、物音すらしないのでニカノールの嘆くようなその声はやや大きめだ。
随分と心置きなく、最早、叫んでいる。
「うんうん、話があまりにも現実味ないからね。そんな顔するのも分かるよ。分かってるよ。何より、竜なんて名前を冠しておきながら竜の国であるイストリアの人間すら知り得ていないなんていう希少素材の話なんて、本当なら語ること自体がそもそも可笑しな話だよ。事実、竜に関することなら俺なんかよりよっぽど、君らの方が詳しいもの」
「誰もそこまで言っていないわ」
ルシアの言葉をまるで聞いていないかの如く、自己完結するかのような言葉を吐いたニカノールにルシアは透かさず、否定を挟んだのは半ば、反射のことである。
嘆き節など、それが飲酒後だろうと素面だろうと一人で充分どころか、一人も要らない。
「そもそもね、竜玉って大層な名前だけど、その実、イストリアの人が知らないように竜人族とは関係のない代物なんだよ。まぁ、その話に全く出てこないか、って言われるとそうでもないけど...それでも、由来がそこにあるってだけで決して、あれは竜人族によって生み出されたものじゃない」
「......随分と詳しく知っているようだな」
ごたごたと口を動かし続けていたニカノールがすっと抱えた頭を離して、背筋を伸ばし、落ち着かせた声で話したそれに王子が真偽を探るような、そんな言葉を返した。
確かにニカノールの言葉は何処か断言的で、まるで――そう、まるで実物を目にしたことがあるような言い草のようだ、とルシアも思ったのだ。
けれども先程、それが幻の希少素材だと、眉唾物程度の具体性の割に真実味を帯びているただの噂話だと、言ったのもまた、ニカノールである。
だから、ルシアもまた、ニカノールへと、その藤色へと視線を伸ばした。
しかし、狭い小路、先頭を行くニカノール自身がただただ真っ直ぐに前を向いている為にルシアにはニカノールの後頭部しか映らない。
けれども、ルシアと王子の強い視線はニカノールの背を刺したらしい。
するりと振り返り、藤色が覗く。
そして――。
あるよ。
にこやかな人好きするあの笑顔は何処へやら。
何処か、老成しているようにも見えるほど達観した者が見せるような微笑を浮かべた藤色はつるりとした輝きを持って、静かな響きでそう告げたのであった。
最近は1時ばっかりで申し訳ございません。




