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479.一つの疑問、それは如何ほどの重要性か(後編)


たった一言、分かんない。

ルシアは目を(またた)かせながら、処理堕ちしかけた機械のようにゆっくりとその言葉を呑み込んだ。


「......えっ」


それと同時に一音だけを溢す。

それはしん、と一瞬、音が無くなったこの場では何とも間抜けな響きを持って、皆の耳に届いた。

いや、でも、それも仕方がないことだと思う。

確かにニカノールの驚きようを見ても、知らないことの方がよっぽどそれらしい。

けれども、そんなあっけらかんと分からない、なんて言うと誰が思うよ。

最早、潔過ぎるそれは違う意味でルシアたちの肝を抜いた。


「や、だってさ。確かに俺、もう何年も爺さんのところに居るから割と分かることもあるけどね。いや、分かるからこそ言うけど!あの爺さん、ほんとよく分かんない人だからね!ほんと謎ばっかなの!」


多くは語らないって言うのかもしれないけど、あれはほんとに偏屈が行き過ぎた結果にしか見えないから、というのがルシアの発した一音に、そして周りの空気に身動(みじろ)いだニカノールの主張であった。

...まぁ、その様子に噓はないようなので事実なのだろう。


「......そうか、何か気付いたならと思っただけだ。――もし、思い至ることがあったならその時、教えてくれ」


気を取り直したらしい王子がこの空気を元に戻す為、そしてこの微妙な空気を作り出したそもそもの話題を締め括るようにそう言った。

それに対して、きょとりと藤色の濃淡を揺らめかすニカノールの姿は全くもって頼りない。

...うん、言いたくないけどこれは一生、見当付かない奴じゃないだろうか。

そんなルシアの心地を証明するようにニカノールは(ほお)を掻きながら、眉を下げて王子に視線を向け、口を開き――。


「うん、それこそ期待しないでね。ほんとに全く、見当付かないから」


「ああ、分かった」


想像通りの言葉を吐いたニカノールに王子もまた、何か出てこれば御の字程度の心地なのだろう声音で(うなず)いたのであった。



ーーーーー

「それに関してはもう、本人に聞くしかないのだろうけれど易々とは答えてくれないでしょうし、今はまず、竜玉を探すことよね」


今、分からないことは分からないで良い。

必要なことであるならば、きっと何処かで知ることとなるだろうから。

そんな信念の元、あっさりと気掛かりを切り捨てて、ニカノール以上の潔さでルシアは目下の問題へと切り込んだ。

それを聞いて、王子たちも顔を(わず)かに引き締める。


「あー、うんうん。多分、今戻っても今度こそ門前払いされるからね。俺でさえ、入れてくれないからね。その辺は容赦ないもの、あの爺さん。どういう神経してんだろうね。あの図太さがあったら、大体のことは大概やってけると思うよ、ほんと」


だが、一番にルシアの言葉へ返されたのはそんな空気すら物ともしないニカノールの愚痴なのか何なのか分からない言葉である。

ああ、うん、それも確かにその通りなんだろうけれど、反応するところはそこか。


確かに追い出される前、セルゲイはそれに関する事柄は(おろ)か、ほとんど何も語ってくれなかったけども。

ルシアとて、今、舞い戻るだけではなく、それこそ竜玉を得ないうちは今度こそ門前払いされる未来が割と鮮明に見えてしまっているのでニカノールの言葉には充分に賛同出来る。

出来るが、今はそこじゃない。


「......ええ、ニカが帰れるようになる為にも出来るだけ早く竜玉を見つけましょうね」



きっと、ニカノールでさえもこの期間中には一歩たりとも敷居を(また)がせないだろうとたった数分の邂逅(かいこう)で思わせたセルゲイを思い浮かべて、ルシアは苦笑いながらにニカノールへ(なぐさ)めの言葉を送った。

勿論、宿なんかに関してはこちらが手配しても良いので不自由はさせないつもりである。


さて、そもそもニカノールが何故、ここに居るのか。

それはセルゲイに追い出されたから。

では、その追い出された理由は?

その理由に成り得るのはこの辺りだろう、とルシアは勝手に推測する。


まずはルシアたちの送迎である。

連れてきたのであれば、帰すまでは仕事だろう、といったところだ。

とはいえ、前世で聞き馴染みのある行きはよいよい、帰りはなどと真逆の小路は正真正銘、行きは困難だが帰りは容易である故にルシアたちだけでも例え、闇雲にだろうが、表通りへ出れる。

万が一がないとは言えないものの、ニカノール(いわ)く行き以上にその可能性はない、とのこと。

それを顔役たるセルゲイが知らない訳がない。


あとはこちらも同様に連れてきただけの責任は取れよ、とばかりに自分たちの手伝いをしてこい、ということである。

つまりはルシアもニカノールに求めていた協力者として、である。

これに関してはルシアたちを追い出して扉を閉めながら最後に短く、言葉としても足りない部分が多くあったが、それでも(かろ)うじて読み取れたセルゲイの発した内容もそれに近かった為、まぁ、理由の一つではあるのだろう。


因みにその内容とは要約すると手伝いとして結果がどうであれ、終わるまでは暫く、帰って来なくて良い、という感じである。

大した徹底ぶりだ、本当にニカノールには同情するよ。

ルシアは自分にもその一端があるのだということは完全に棚に上げて、内心でそう呟いた。


「うん、そうだよ。俺もずっと帰れないのは困るからね。爺さんに対しては役に立たないけど、そっちに関しては少しは期待してくれても良いよ」


「あら、竜玉の在り処を知っているの?」


そんなルシアの同情的な言葉を受けたニカノールも深く頷きながら、早期決着を望む言葉を口にした。

何気に自信ありげな姿にルシアは口角を持ち上げながら、ニカノールへとそう問いかけた。


どうせ、無理難題というほどのものなのだから希少価値の高いもの。

それも一般には出回っていないそれを素材として見ることが出来るだろう職種の職人の間でしか聞くことのないもの。

そういったものである可能性は充分にある。

実際に決して少なくない知識欲とそれに付随する知識量を誇るルシアや王子ですら、あまりピンと来ていないのだから、相当なものだと(うかが)える。

それをニカノールは知っている、というのか。

そんな思いを篭めたルシアの目は口程に物を言って、しっかりとその旨をニカノールへと伝える。

ニカノールはにこりと、満面の笑みで笑った。

それは自信があるからか、それとも――。


「や、場所は知らない」


「ちょっと、ニカ」


「あー、ごめんごめん。でも、手掛かりが何もない訳じゃないよ」


やはり、ルシアの少しばかりの危惧が見事、的中するかのようにニカノールはあっけらかんとそう言い切った。

さすがにルシアも先程のように(ほう)けることはなかったものの、期待させておいて勿体ぶることもなく、あっさりと拍子抜けさせるニカノールの言葉に脱力しかけた。

ルシアが咎めるようにその名を呼べば、ニカノールはやらかした子供のように舌を出して、軽い謝罪を述べて、弁明する。


「――それで?」


「ああ、うん。でも。ちょっと長くなるから君たちの宿に戻ってからにしようよ」


訝しむような声音でルシアはニカノールに先を促した。

その様子は要点だけを語れ、と急かしているようでもあった。

だが、ニカノールはそんなルシアに困ったように笑いながら提案を口にした。

ルシアは少しの間、考えて頷く。


「――分かったわ。けれど、宿ではしっかりと教えてもらうわよ」


「うん。最早、(うわさ)とか伝承の域の話だけど笑わずに聞いてね」


再度、告げたルシアにニカノールはそう返答した。

藤色が細まる。

行きのあれは何だったのかというほど、あっさりと辿り着いた惑わしの小路。

そのこちら側の入口。

裏通りはその他の抜け道がないことから分かる通り、店兼住宅が所狭しと並んでおり、言わずもがな、惑わしの小路の中も空は狭い。

けれど、少しだけ覗く青空がニカノールの後ろに見えた。

そして、同時にその中を(よぎ)っていく小さな白の塊もまた、ルシアの視界に納まっていたのであった。


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