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473.二つともう一つの懸念、辿り着いた目的の鍛冶屋


結論として、どれであろうと何か事を進める為に取る行動は一つだろうと考え至ったルシアは王子と頷き合って、それなら今すぐ彼の鍛冶師の元へ行こうとニカノールを促した。

そうして、自然と止まってしまっていた足を踏み出して、再度、目的地へと向かって歩き始めた。


ニカノールの師事する腕の良い鍛冶師セルゲイの店。

今まではと違い、すたすたと華麗にも急ぎ足と言っても過言ではない速度で進んでいたルシアたちに必要以上の会話はない。

それはピリピリとした緊張感が彼らの間にあるからではない。

ただ、もう会話は必要ないと判断した為のこと。


全ては辿り着きさえすれば、そこで解るだろう、と。

少なくとも、全ての事象が、物語が進み始めるだろう、と。

それが小説であれ、現実であれ。

そんな予感ははっきりとルシアの脳内に警鐘として訴える。


「......」


黙ったままただ歩くというのは殊の外、思考する時間があるものだ。

ルシアは浸るように今回に関係してくるだろう情報を引き出しから出してくるように寄せ集めては精査して、今後の予定を組み立てていく。

勿論、その予定というのは純粋な旅路でもなければ、目に見えた目的ではなく、元来のシナリオを踏まえた上での対処するべきことへの警戒と対策、事前に防ぐことの出来るものに対する行動予定、だ。


しかし、それも思わしくなかった。

ルシアは知る人にしか分からないほどに渋面を作った。

それは対策も対処法も最適なものが思いつかないからではない。

まず、目先にあるだろう鍛冶師セルゲイの出す難題にかかる手間と労力が途方もないからではない。

――それらがはっきりとせず、朧気(おぼろげ)であることが、だ。

それがルシアに険しい顔をさせていた。


ルシアはこのスカラー編を覚えている。

それは昔からメモを取ってきたからでもあるし、小休止であれど、大まかな流れは全体を通して記憶していた一部であったからだ。

でも、ルシアがスカラー編は王子の剣の修理の為であることを知っていた上で話の途中で出てきた見習いの存在は知っていても詳しい人物像は忘れてしまっていたようにスカラー編の細かい部分をしっかりと覚えているか、と言われれば、それは否だったのだ。


あの小説にないイレギュラーはルシアとて警戒し続けてきた今までの旅路。

そして、起こり得るだろう本編での出来事もあやふやとなれば、これはもう、険しくならざるを得ないだろう?

鍛冶師セルゲイの無理難題の系統は覚えていてもそれがどの順番であって、どういった経緯での更なる厄介事に繋がるのか、出てきた謎の数々が何処で絡まってくるのか、ルシアはしっかりとは分からない。


「ルシア。次の角、左」


「...ああ。ありがとう、クスト」


ふいに軽く腕を引かれて、ルシアは前方の下方向へと伸ばしていた視線を持ち上げて、肩越しに自分の背後を見やる。

そこに居たのはこのままでは壁か人かにぶつかっていただろうルシアの腕を引いて、目先の状況を教えてくれたクストディオである。

今回、いつものようになったルシアの補助をしてくれるのはクストディオらしかった。

これは毎回、交代制でも何でもなく、その時その時の補助をしてくれる彼らの気分と流れで入れ替わるもので多くは王子とイオンである。

うん、介護だなんて言わないでね。


「――この後は?」


「え?ああ、そうね...大体の予想は。でも」


「?」


示された通りの角を曲がったところで横に並んだクストディオからの言葉にルシアは少しだけ考えるように今度は上へと視線を向けた。

そうして、答えたのは肯定であるが確証はないといったようなものであり、然程のことがなければ問題はないだろうといったものだった。

しかし、ルシアは最後に言い淀んだ。

それにクストディオが首を(かし)げて、先を促す。


傍から見れば、勝手に予定を立てて動くだろうルシアにせめて、その内容を聞こうとする従者の図、である。

また、どちらも決定的な言葉は口にしていない。

だから、王子も他の者たちもルシアとクストディオの会話に意識は向けてもその会話に参加しようとはしない。

意識を向けたのもどうであろうとルシアが動けば、巻き込まれるのは必定であるが故の前以ての対応を考える為である。

だが今、この場所でルシアとクストディオだけが分かる事柄は確かにあった。


「...ううん、ちょっと厄介かも、と思っただけよ」


「――セルゲイ?それとも」


ルシアはすっとクストディオの緋色の瞳を見据えた。

そこには鏡のように、然れども真っ赤に染まった自分が見える。

クストディオの問いかけはいつもの口調と同じく酷く端的で率直であった。

ルシアは途中で止められたクストディオが何と続けようとしたか、手に取るように分かる。


実はルシアは今回のスカラー編については扱える情報が少なかったこともあって、軽くクストディオの視点からの今回の旅とこの国の印象等を聞いただけでいつもはしている詳細な打ち合わせという名の作戦会議をしていない。

もっと(まと)まってきてからと思っていたからだ。

けれども、ルシアはクストディオが懸念するもう一つの事柄――人物、その言わんとしていることがよく分かった。


「どちらもよ。ええ、でも、そうね。それほど警戒することではないと思うわ。元々、少々の厄介事がついてくるのはいつものことよ」


今回のスカラー編の主軸になるだろう事柄の要因であるセルゲイは勿論のこと、クストディオの懸念――もうこの街に居ても可笑しくないだろうミアの存在もそのもの自体にはそこまでルシアは警戒をしていない。

ただ、あるとすれば。


「イレギュラーによるバタフライエフェクト...」


「いれ...ばたふらい?」


アドヴィスのこともそうだが、自分も含めた本来とは違う行動によって起こり兼ねないバタフライエフェクト。

それが怖い。

ルシアはついつい声に出して溢してしまったその聞き慣れない言葉にクストディオは目を(またた)かせる。


修正力に近いものはある、とルシアは考えている。

それは今までの経験上、そう判断せざるを得ないくらいにはルシアは勝手をしてきた。

なのに、現実はあの物語から大きく外れる様子を一向に見せない。

本当ならとうに全く別物へと変化を遂げていても可笑しくはないのに。

それでも、今まで被害を本編よりも最小限で出来たように、逆を言えば被害が最大限に膨らむことも可能だということで。

つまりは少しの把握洩れは割と命取りだとルシアは考える。


「あ、彼処のあの家。あれがうちの鍛冶屋だよ」


あまり確信のつかない情報をそれでも整理したところでやっとニカノールが声を上げて、前方を指した。

ルシアも王子たちを同じようにその指先を辿り、その先を見る。

そこには如何(いか)にも普通な古民家が建っていたのであった。


いや、本当にごめんなさい(土下座)

許して(言い訳させてもらえるなら頭痛と指先のカッター傷って言っておくから)

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