470.彼女は小路の魔法、その訳を思う
惑わしの小路の時と同じように表の通りよりもすいすいと慣れたように歩いていくニカノールの後ろを小路を抜けて、小路のあちら側――通称、裏通りの中をルシアたちはゆったりと普通に、けれど、少しだけ気構えて、歩く。
すれ違う人は少ない。
けれど、その全てが一度はルシアたちに視線をくれた。
だが、それもすぐに霧散して彼らはもう興味もないとばかりにその直前と同じ行動へと戻った。
お陰で自分たちがここでは特殊なのだと、異物なのだと、よく分かる。
それだけ、彼らはここに馴染んでいるように見えた。
「――それで?あのお店は何を?」
「あー、彼処はね。...うん、なんかこう、魔法と組み合わせて?俺、そっちは専門じゃないからよく分かんないや。まぁ、彼処の爺さんは年中、なんか見慣れないものばっかり作ってるよ」
「......確かに店先に出ているものも何か分からないものばかりだな」
ルシアの思い浮かべた通りに本当に裏通りと呼ばれていたこの通りを歩きながら、ルシアは周囲を見渡していた。
ニカノール曰く、鍛冶屋はもう少し先の奥まったところらしい。
その間にも様々な店なのだろう建物がルシアの視界を過ぎ去っていく。
ルシアは興味を惹かれるままにそれらについてニカノールに尋ねた。
これは表通りでも言えることだが、様々な店が立ち並んでいる場合、何を扱っているのか、気になってしまって目を向けてしまうのだ。
それは至極、当たり前のこと。
ましてや、何か分からないような個性的なものばかりが目立つこの通りの店々に目を向けないで居られるだろうか。
いや、ない。
そうして、見ても分からなければ、それが何かとより興味を惹かれる訳でして。
だから、ルシアは曲がりなりにも案内人でこの場所に一番精通している彼が知らないとは全く思ってもいないようなそんな断言された口調で問うた。
純粋に未知のものを知ろうとするルシア本来の知的好奇心の疼くままに。
そして、ニカノールはそんなルシアの思いに応えるように数回の瞬きの後、にこりとあの人好きする顔で笑って、自身の知っている範囲でではあったが、これまた、あの柔らかいのか、何なのか絶妙に気安さとしか言い表せない口調でルシアにそれらの説明を始めたのだった。
そうして、ルシアたちが聞いた話を、実際に見たそれらを統合した結果、出てきたこの場所の評価は不思議でよく分からないものの、熱意のある場所というものだった。
だって、この場所に住んで馴染んで見慣れているだろう、語って聞かせてくれているニカノールでさえ、全容は把握しておらず、大まかな表面的なことしか知れない。
何よりも今、この瞬間にまた訳の分からないものが誕生している。
そう言われて、何だか根拠もなく、納得してしまうような空気がここにはあった。
だから、ルシアはここを不思議な場所、と評価した。
その人しか分からないものに全力をかけて取り組む姿に熱意ある、と評した。
ルシアの視界を過ぎ去っていくのは個性的な風体をした店やこの光景に酷く馴染んだ住民だけではなく、ニカノールに尋ねて説明を求めたように商品なのか、それとも違うのか、用途が分かるものから何に使うのか、そもそもそれが何なのか分からないようなものから、一体、何を目指したからこうなったものなのかすらも一切の見当が付かないような様々な『物』だった。
辛うじて、物であることは分かる。
何なら、この世界にはないけれど、前世では見慣れていたものに酷く似通った物も確認出来て、ルシアは少しばかり肝が冷えたのは余談だ。
さてはて、それは自分と同じ存在によるものなのか、それとも職人の本気の遊びが行き過ぎて突っ走った結果なのか、どちらにせよ、恐ろしいことである。
どちらなのかは当人と神のみぞ知る。
うん、それで良いと思う。
ルシアはそう内心で頷いて、憚らなかった。
全部、全部、見ていないことにした。
だって、ここの技術はやばい。
不思議でよく分からないものの、熱意のある場所、これは本心である。
だが、それだけじゃないのだ。
ここはもう、違う意味で魔境だとルシアは思った。
それもこれも一方向に熱過ぎる熱意を持つ者たちによる、それもなまじ実力のある者たちによる力が組み合わさった時の化学変化。
前世でも便利なものが使い方によって脅威に代わったように、ここで転がっているものは化ける可能性を多く秘めたものばかりであった。
人によってはさぞや、お宝の山に違いない。
そんなものが無造作にそこらに放置されている。
――然も、当たり前のように。
つくづく、作り手と研究の探求心ほど恐ろしいものはない、とルシアは諦念のため息を吐いた。
ルシアはそうしたものを見ていく中で小路でのニカノールとの会話を思い出していた。
何気なく、聞いて、何気なく、答えられて、そうして呆れたように言葉を返したあの会話。
ニカノールが性格が悪いと評して、それに言い得て妙だと感じた自分にルシアは今、共感出来なくなっていた。
確かに性格が悪いのは間違っていないのかもしれないけれど、それでもこの裏通りを見てしまえば、意見を変えざるを得なかった。
多分、隣の王子も同様である。
惑わしの小路、あれは不必要にこれらが外へ出ることを牽制する為のものだ、と。
きっと、あの小路に魔法をかけた人は様々なことを危惧していたに違いない。
そして、この小路はこの街が、いや、この国が形になってきた頃からあったのだろうと推測出来た。
このスターリの街だけでなく、スカラーの主要都市は勿論、もしかしたら他の街にもあるのだろう、とも。
言わば、防波堤だ。
色んな意味での。
職人が集う国。
それは何を意味するか。
ルシアはこの国をお隣のアクィラ、若しくはそのまた向こうのタクリードの皇都ではない各地域の街の様子に似ていると思った。
けれど、この形態はシーカーと枠を同じくするものだと今、実感した。
魔法と知識の探求の国、シーカー。
そこへルシアは通り抜ける以外で足を踏み入れたことはない。
だが、あの国の空気は知っていた。
魔法を、知識を、他の柵など気にも留めずにただ欲求に任せて、探求する。
一方向にだけ熱過ぎる熱意を向ける、ここの人間と同じだ。
そして、その場合に起こるであろう面倒事への対策もまた、同じということなのだろう。
彼らは探求する。
ただ知りたい、ただ欲するままに突き進む。
そんな彼らにそれらを悪用するという考えはない。
しかし、そんなそれらを、彼らを周囲が皆、放っておいてくれるか、と言えば、それは否である。
彼らのそれを受け入れない者も居る。
邪険にする者も居る。
何よりも悪用しようとする者が居る。
それらは純粋に探究する彼らには煩わしいだけのもの。
彼らとて、平穏を崩したい訳ではないのだから、そんな面倒事はごめんな訳で。
そうした結果の侵入を拒む惑わしの小路なのだと思う。
必要以上に人が入ってこないように。
行き過ぎた技術が流出しないように。
何よりも守る為に。
多分きっと、あの魔法をかけた人物は熱意ある職人ばかりが集えばどうなるのか、分かっていたのだ。
そうして、ここを作り上げた。
普通からはかけ離れてでも追求する、その分、頗る腕の良い者たちの逃げ場なのだ、ここは。
宝の山、確かにそうなのだろう。
「――ねぇ、ニカはあの惑わしの小路にかかった魔法のこと、かけたその人のこと、何か知っているのなら教えてくれないかしら?」
だから、ルシアはこの場の雰囲気を壊さぬように、それでも静かに響かない声でそうニカノールに尋ねたのだった。




