468.それでは改めて、目的の鍛冶屋へ(後編)
ある少女と青年の一行は正面には何の気負いもなしに立つ案内人の青年と見たこともない通りが広がっているというのに、それを背にして今まで歩いて来た道を振り返った。
まるで、目新しい光景よりもこちらを確認することの方が余程、大事とでも言うように。
「......こうもあっさりだと、あの日、あんなに歩き回ったのは何だったのか、という気分になってくるわね」
やっぱり、徒労を覚えて一気に気力を削がれたというか、忘れていた疲れが今になって認識した分、より重く感じるというか...もう呆れも出てこない。
きっと、ここに鏡があったなら、さぞかし自分の顔は死んだ顔をして、遠く空を仰いでいることだろう。
「...ああ、そうだな」
そんな中でその呟きを拾った少女の隣に立つ青年もまた同じような判然としない表情で頷きを返したのであった。
ーーーーー
時はほんの数分前。
ルシアたちはやや足取りが重いが決して止まることなく、器用に人波を抜けていくニカノールに付いて、メインロードを歩いていた。
その順路は先日も歩いた道と全く同じである。
同じように賑やかで穏やかな人の行き交う中をルシアたちは目的地へと向かって、進んでいた。
どうやら、この順路で行くことが件の鍛冶屋への一番の近道であることは間違いではないらしく、知らずのうちにルシアたちは最短ルートを歩いていたらしかった。
効率や知らぬ土地という地の利がない状況を考慮した結果が功を奏したようだ。
と、言うより、そもそもあちら側にはルシアたちも足を踏み入れたあの場所から向かうことがあちら側の住人の常識なのだという。
それはあの場所からの侵入が一番、安定して行き来が出来るから、と何でもないようにニカノールは歩きながら、ルシアたちに語った。
他の場所からだと半々らしい。
何が、というか、迷う確率が。
そういう場所なのだ、と。
――あの惑わしの小路という場所は。
尤も、それはあちら側の住人の基準でとのことだった。
そう、迷うのだ。
あちら側に住む者でも。
件の鍛冶師の見習いであることから想像出来る通り、その枠に納まるニカノールから直接聞いたことでルシアたちはあの日の挑戦が如何に無謀だったかを知った。
あの驚異の豪運はどうして彼処では発揮されなかったのか、とルシアは勝手ながら、内心で叫んだ。
まぁ、今までの経験上、あの豪運とも言うべきそれは対人関係に発揮されているのでそういうことなのだろう。
ともあれ、ルシアたちはそうしないうちに先日と同じように惑わしの小路の入口とでも言おうか、メインロードとそれの境界であるその場所に辿り着いた。
すぐ横には例の地図をくれた親切な店主の居た装飾品店が視界に入った。
その店主もまた、話を聞いてきたオズバルド曰く、元々はあちら側の住人であり、他の道のことを念頭に置いていない語り口だったことから、先程の話を知っているのだろう。
「...?どうしたの、置いてくよー」
「ああ、ごめんなさい。――行きましょう」
「ああ」
感慨深く、またあの彷徨った時間を思い出して、小路の入口で自然と足を止めていたルシアたちに何の躊躇いもなく、足を踏み入れたニカノールが見える奥の角から顔だけを出して、そう呼びかけた。
さすがに曲がり角を先々に突き進んでは付いて来られないと分かっての彼の配慮だった。
それを確かめる為に振り向いて、ルシアたちが小路の中にも足を踏み入れていないことに気付いたようだった。
ルシアはすぐに受け答えて、宣言するように言葉に出して、一歩、小路の中へと歩を進めた。
王子もそれに答えて、同様に足を踏み出す。
こうして、ルシアたちは二度目となる惑わしの小路へと侵入したのであった。
「......」
十字路を右へ次は左、そのまた次も左、左、次は右、と複雑な順路を先頭を行くニカノールは悩むこともなく、まるで身体が覚えているかのようにすいすいと歩いていく。
ぐるぐると同じ方向に曲がり続けることもあり、最初に来た時も思ったが普通は元の道に戻ってくるなり、行き止まりになるはずの道が続いているという奇妙な感覚を覚えながら、ルシアは前のその背を追いかけた。
ついつい静かに黙り込んでしまうのはニカノールの順路選びの躊躇いのなさか、それとも本当に抜けられるのかという不安と期待か。
「ねぇ、ニカ」
「んー、何?」
複数人の足音だけが静寂を退ける中でそれを破るように考え込むようにしながら行く道々を眺めていたルシアが目前の背へと声をかけた。
呼ばれたニカノールは歩きながら、ちらりと肩越しに視線をこちらへ寄越した。
こんな入り組んだ場所で余所見なんて、とも思うが、不思議なことにニカノールは何処にも衝突することなく、進んでいく。
「話には聞いていたけれど、本当にこの小路を歩くことに慣れているのね」
この小路に踏み込む前、ルシアは行きしなの世間話という風に聞いた鍛冶師セルゲイの話や軽く惑わしの小路のことを思い起こして、ニカノールにそう言った。
ニカノールはそんなルシアの言葉にきょとりと瞬きをした。
「あー、ここね。まぁね。ほら、小遣い稼ぎのこともあるけどさ、俺ってよく行き来してるから。ここが一番、捻くれてないからやっぱり、通る頻度は高いよ。...あ、もしかして一回、入ったりしたの?それで案内人探してた感じ?その様子だと迷ったんだね」
「ええ、まぁ、そうなのだけれど...それにしても、捻くれているって」
そうして、にこりと笑みを浮かべたニカノールは通常営業で憶測を進めていく。
ルシアはそれに曖昧な肯定を返したのはそれ以上にニカノールの独特な言い回しに意識が向いたからである。
しかし、やや眉を下げて聞き返したルシアとは打って変わって、ニカノールはそんな顔をされるのが分からない、といった風に首を傾げさせて、口を開いた。
「?だって、そんな感じしない?他の道はもっと、性格悪いんだよ?俺さ、ここは迷うことも込みで楽しむことにしてるんだよね。だから、急ぎの用じゃないなら他から行くこともあるんだけどさ。あ、さっき半々って言ったけど、あれ、俺の実体験だから!」
「そ、そう」
最後にそれは自慢といった良いのか、悩むところである内容を笑い飛ばすように告げたニカノールにルシアは苦笑した。
だが、――でも、とルシアはもう一度、周囲を見渡した。
道そのものはやっぱり、そう変わりないようにも見える小路だ。
けれど、惑わしの魔法のかかった小路だ。
そして、魔法である以上、そうなる仕組みを作った誰かが居る訳で。
成程、性格が悪いとは言い得て妙だ。
「あ、そろそろ抜けるよー」
「え、もう?」
「うん」
話をしながらも幾度か、十字路をまたは曲がり角を越えたところでニカノールがとてもあっさりとそう告げる。
ルシアはそれに目を瞬かせて、問い返した。
それは今回感覚では先日、ルシアたちが迷った際に歩いた時の半分も歩いていないからである。
いくら、聞いていたとしても、装飾品店の店主からもらった順路を地図を頭に入れていてもついついそう言ってしまうくらいにはニカノールのそれはとてもあっさりとしていた。
隣で王子もまた、少なからず、驚いた顔をしていた。
「ん、抜けた。じゃ、改めて、惑わしの小路の向こう側へようこそー」
しかし、ルシアたちの驚きも意にも介さない声音でニカノールは今まで一度も止めなかった足を止めて、そう言った。
その言葉を証明するように小路が途切れた。
同時にルシアたちの視界も開ける。
ルシアたちの前には今まで通ってきた小路とは雰囲気の違うある種、ちゃんとした通りが広がっていたのであった。
ほんと、ごめんなさい(土下座)
何とか上げられそう、良かった!と思って投稿ボタンを押そうとした瞬間に落ちやがりました。
いや、ほんとにそろそろどうにかせないかんな、このポンコツPC...。




