464.笑み似合う青年の正体
「――まぁ、けど。それ、買ってくれる、ってことで良い?」
「ええ、それはまぁ......私のものにしたい訳ではないけれど、欲しくない訳でもないの。買わない選択肢はないわ」
「へぇ...ま、何であれ。まいどありー」
ルシアの自分でもよく分かっていない様子に目を瞬かせていた青年が気を取り直したようにそう纏めたのを聞いて、ルシアは正面へと意識を戻した。
そして、青年の問いかけに頷く。
うん、買わないという選択肢は何処にもなかった。
このペンダントと追加して何かを買うことはあれど、これを買わずに何かを買うというのは想像出来ないくらいにはルシアの中では答えは一択である。
まぁ、用途はともあれ、購入の意思ははっきりしているルシアにあっさりと切り替えた青年はまるで自分がこの雑貨屋の店主か、店員であるかのように言葉を紡ぐ。
いや、こうした細々したものを卸しているだけで店主でも店員でもなかったはずなのだけども。
確かに最終的に今、ここでルシアの払うお金の行き着く先という意味では間違いではないけれど。
そんなルシアの胸中など知らぬとばかりに青年は店の奥に居る店主へと声をかけて、当の購入者であるルシアよりも先にペンダントのことを告げていた。
そのまま、会計という流れに流されそうになったルシアは慌てて、目を付けた兎の置物も手に取って、店主の元へと運んでいく。
そうして、財布を預かっているクストディオが支払いを済ませれば、次の瞬間にはもう、あのペンダントと兎の小物はルシアのものとなっていた。
まぁ、どちらもお土産のつもりなので帰還後にはルシアの手元から離れるのだが。
それでも先程までは売り物として棚にルシアの手に乗っていたそれらが売り物でなくなって己れの掌に返ってきたことは当たり前のことなのだが、やっぱり何だか不思議な気分だった。
それはもう長らく自分で何かを買う、という行動を取っていないからか。
「ありがとね、買ってくれて」
「......確かに貴方の小遣いになるのだろうけれど」
「やだなー。それもあるけど、それだけじゃないよ?やっぱり、職人たるもの自分の作ったものが人に気に入られて、買われていくっていうのは嬉しいもんだってね」
手中のそれらを荷物持ちをしているイオンに渡すことなく、眺めているといつの間に傍までやって来ていたのか、先程まで店主と何か話をしていたはずの青年がひょっこりとルシアの顔を覗くように身体を屈ませながら、そう言った。
ルシアは店主からも言われた決まり文句ですらあるそれに曖昧な返事を返した。
ちょっと捻くれたものになってしまったのは自分がそれを口にすることは多くあれど、言われるのはあまり慣れていないからである。
もっと、格式ばったものや形式的なものならば未だしも、青年のそれは個人のそれであるが故に勝手ながら気恥ずかしさを感じたのだ。
だが、さすがは王子の咎めるような声にも圧にもきょとんとするだけで動じていなかった青年は気にした風もなく、ころころと笑みを溢して、柔らかくルシアの言葉を否定した。
「...そういうもの?」
「そういうもの」
首を傾げながら、そう呟いて聞けば、同じ言葉で肯定を返された。
相変わらず、にこにこと笑う、それがよく似合う青年である。
ルシアは自分一人が難しく考えているような気もしてきて、馬鹿馬鹿しくなったと息を吐き出した。
肺の空気が全部、抜けるくらいに長く吐き出したのは仕方がないということにしてほしい。
あ、良く見れば隣で王子も似たような顔をしていた。
きっと、心境もまた同じ気持ちに違いない。
つまりは邪険にしても馬鹿馬鹿しくなるだけ、ということだ。
「――ここのお店に商品を卸しているというのなら貴方、この辺りに住んでいるの?他にも近くでおすすめのお店、なんてご存知?」
「――うーん、住んでるのは全然、違う場所だけど。この辺は詳しいよ?」
ルシアの全てを切り替えたかのような綺麗な微笑み付きの言葉に青年はやはり動じずに今度は少しだけにぃ、とした笑みで受け答える。
そうして、付け加えるようにあ、俺で良ければ、案内しようか?と面白そうに瞳を細めて、言葉を紡ぐのだから、察しは良い方らしい。
ルシアはそれに答えずにちらりと横の王子を見上げた。
王子もルシアにその視線を向けられることが分かっていたかのように一瞥をくれて、ため息と言って良い息を吐いた。
「...ああ、頼めるか?」
「いーよ、どうせ休日でぶらぶらしてただけだから」
何処か諦めたように告げた王子に青年はにこにこと笑って、快諾する。
見知らぬ街の散策に心強い仲間が加わった、とでも言おうか。
ほとんど、私が押し切ったようなものだけども。
ルシアはしっかりと自覚していた。
けど、ここまで来たら何かの縁だろう?
詳しい人が居たら、助かるのも事実だ。
この青年ともう少し話してみたくなったのだ。
そうしたルシアのちょっとの我儘からの言葉だったが青年がその意図に気付いて話に乗り、ルシアが同意を求めて、王子が許可を出した。
こうなればもう、誰も駄目とは言えない。
というか、そもそも誰も言わない。
この場に居て、話に関係してくるその他、である護衛たちは慣れたように苦笑するか、肩を竦めるだけである。
「ね、何処行きたい?小物見てたからやっぱり、ここみたいな雑貨屋が良いの?それとも、服かな。あ、お兄さんは?さっき、そっちの武具屋から出てきたよね。...うーん、俺としてはこの辺りの武具屋を案内するのはちょっと複雑なんだけどー」
「あら、それはどうして?」
最早、ある意味、空気を読まない青年が護衛たちの様子を無視して、乗り気で提案を口にしていく。
途中、王子のことも出てきて、そこまで見えていたのかと少しだけ驚いた。
王子はばたばたと分かりやすく近付いてきていた訳ではないので。
まぁ、目立つ容姿だからルシアに声をかける前に見ていたのかもしれないけれど。
兎も角、頼りにはなりそうだ。
そう思ったところで最後に告げられた言葉にルシアは首を傾げて、尋ねた。
複雑、そう表現する時とは一体、どんな理由があるか?
その疑問はルシアが予測するよりも早く、青年の口から出た答えに解消される。
「あー、俺ね。小遣い稼ぎでこんなの作ってるけど、本業は鍛冶師なの。って、言ってもまだ、爺さんの見習いだけどねー」
「鍛冶師、見習い...?」
あはは、と明るく笑い声を立てながら、青年は自分の職業を明かした。
確かにそれなら商売敵でもある武具屋を紹介するのは色々と複雑だろう。
いや、それはまぁ、今は置いておいて。
ルシアは目をぱちくりと瞬かせる。
鍛冶師で見習いだと...?
「そ。あ、俺はニカノール。よろしくね、お嬢さんとお兄さんたち」
ルシアの呆然とした呟きを拾った青年――ニカノールはにこっと晴天のような人好きする笑みを浮かべて、そう名を告げたのであった。
やっと、出せたよ(名前)




