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460.雑貨屋さんの小物の行方


「――それ、気になるの?」


「え?」


ルシアが横合いからの聞き慣れない声につられるように視線を持ち上げたのは、ふいに視界に飛び込んできたあるものを無意識のうちに手に取って、外の降り(そそ)ぐ柔らかな陽光へ向けて、(かざ)した時だった。

一対の藤色とかち合う。

それは目を(またた)かせるルシアの姿を映して、人好きのする満面の笑みを浮かべたのであった。



ーーーーー

熱狂ほどでないにしても四六時中、賑やかしい、とたった滞在期間二日で知ったこのスターリの街のメインロードから一本隣に入った比較的大きな通り。

その道沿いにあった扉も何もなくフルオープンの店先に突き出した机の上を雑多な物たちが埋め尽くす。

幾つも同じものがありもすれば、一つだけのものもある。

まさに雑多。

様々な店が立ち並ぶ中で、けれども、ルシアはそれに目を向けたのだった。


「ねぇ、カリスト。あのお店をちょっと覗いても良いかしら?」


装飾品店で粗方、欲しい分の購入を済ませたルシアは王子たちと共にまた街の中を歩き始めた。

食べ物、服飾、食器、時には王子たちの興味を惹く武器を扱う店に、タクリードの街を歩いて露店を巡ったようにルシアたちはスターリの街中を走る道を歩いた。

目に付いた幾つかの店に立ち寄ってはその度にイオンとフォティアの荷物が増えた。


それでも、ルシアたちはまだ見ぬ場所へと向けて進んだ。

さすがに荷物が多くなり過ぎると護衛の意味がないので引き返すことも視野に入れるけれども、荷物持ちになっているイオンとフォティアには悪いが、まだ二人も余裕があるようだし、手の空きはまだ二人分あるので。

店によっては宿まで届けてもらうことも可能だからとそれらを理由にルシアたちは散策を続行したのであった。

そこに深い意味はない。


そうして、この街の中心を縦に伸びるメインロードの大体を見て回ったルシアたちはルシアの健闘で思ったより少なく済んだ手荷物を見て、一つ隣の通りへも足を伸ばした。

メインロードより少し狭くなった程度で充分、大通りと言えるその通りはそう遜色ない活気を見せていたが、そこに並ぶ商品はやはり、メインロードのものよりも低価で平民に向いたもののようだった。

だからといって、それらがルシアたちに需要がない訳ではない。


別にルシアもルシアに連れられてよくお忍びで王都を始めとした街中を歩き慣れた王子もまた、自身の所持品が高価でなければならない、と考えたりはしない。

(もっと)も、高価なほど確かに性能は上がるのでそこそこのものを欲することもあるが、要は使い勝手、機能重視なのである。

けれども、王子と王子妃、その立場を思えば、公の場ではそれ相応の恰好をする義務が発生する。

だから、ルシアの装飾品等を揃えるのはメインロードの装飾品店だった。

けれども、つまりは普段使いの人目に(さら)さないものならこちらのもので事足りるのだ。


メインロードよりも低価とはいえ、スカラーの店なのだから、充分に質は良い。

何より、イオンたち護衛や側近たちの普段使いには。

または侍女たちを筆頭に第一王子宮の使用人たち、ジェマやフレディたち貴族ではない友人たち、あとは竜人族(りゅうじんぞく)の知人へのお土産にはまさに適当だった。

まぁ、竜人族たちに関してはメインロードのものの方が順当かもしれないが、如何(いかん)せん彼らは種族的にもそれらに頓着しないので。

どちらかというと、精緻な装飾のあるものよりもこういった普段使いされる強度が確かなものの方が好まれる。

彼らは握力もまた、人よりもずっと強い。


こうして、イオンたちにも自身のものを入手するのを勧めながら、ルシアたちは通りを歩き、その途中である一ヵ所に目を止めたルシアが横を歩く王子を見上げて、言葉を紡いだ。

ルシアが指し示す先は何だか色々なものがごった返している店である。

何があるのか、何がないのか、そもそも何を扱っているというのか、判別付きかねるそれは言い表すのであれば、きっと雑貨屋だ。

イストリアの王都でもあまり見ず、そして今まで行った街々でも見かけることのなかったその業態にルシアは興味を惹かれた。

元より、そうした雑貨が好きであったことも理由の一つであった。


ルシアは思案するまでもなく、たった一つの諾と(うなず)きを返した王子と共にその雑貨やの店先に近付いた。

その雑貨屋には明確な扉はなく、棚や商品を乗せた机が道へと向けて、剥き出しになっていた。

人目に付きやすいレイアウトだ。


ルシアはまず、それらの中で店の中央で張り出した机の上へと目を走らせた。

店員は店主以外に居ないのか、奥から出てくる気配はない。

なので、ルシアは思う存分、それらを見渡した。

こうも街全体の家々が何らかの店であると、メインロードから一つ外れるだけで店個々の客足は少なくなるらしい。

尤も、一個一個の店に居る客の数を合わせれば、メインロードの客足とそう変わらぬ様子ではあった。


「何か、欲しいものでも?」


「...んー、これが、という訳でもないのだけれどね。こういった小物、ケラにどうかと思って」


まじまじと眺めていたルシアの視線の先を覗き込んで、王子はそう問いかけた。

ルシアはそれに顔を向けることなく、眺めながら答える。

そうして、指し示したのは小ぶりの置物の数々。

華美な装飾はない、一つの素材から作られたような小物が並ぶというには乱雑に陳列されていた。

実用性のある何かという訳ではないが、部屋や机の片隅等に飾るのには丁度良い。

だが、王子はルシアの出した名前に反応して、少しだけ眉を寄せて、微妙な顔をする。

それに気付いたルシアは苦笑を返した。

そうして、わざと悪戯(いたずら)っぽく口を開く。


「私がケラと関わるのは嫌?」


「――君の考えていることは解っているから口は出さない」


返ってきたのは(わず)かに苦さの垣間見える硬い声であった。

その様子にルシアはまた苦笑を洩らす。


竜人族のケラヴノス。

タクリードの旅路の途中で合流した先王に仕えていた竜人(りゅうじん)の一人。

ヒョニとアナタラクシの同僚であり、後輩。

名の通り、燃えるようなファイアオパールの瞳をした青年。

アナタラクシ(いわ)く、強面(こわもて)の部類に入る見た目に似合わず、小さなものが好き。

――そして、何故かルシアにだけ当たりが強い。


彼と出会う前に少々メンタルをやられていたルシアはそれはもう、彼のその容赦ない言葉に打ちのめされた。

正論であった故により刺さったものだ。

けれども、行動を共にするうちに何より、普段はへらりとしているアナタラクシの年長者であることを実感させるようなアドバイスを受けて、ルシアはケラヴノスとの対話を試みようとしたのである。


しかし、その機会はついぞタクリードの滞在期間中には訪れなかった。

だが、そこで諦める訳もなく。

ルシアはイストリアへの帰還後にケラヴノスの居る竜人族たちの駐屯所へと乗り込んだ。

王妃の凶刃対策で第一王子宮をほとんど出なかったルシアが唯一、許されたと言っても過言ではない外出である。

竜人族という人には到底、勝ち目のない者たちの居るそこも安全圏と言って良い場所だったから。

だから、ルシアは王子の許可も得て、乗り込んだ。


ああ、うん、あれは護衛として追随したイオンが言っていたけれど、私自身でも乗り込んだ、と言い切って良い代物だった。

勿論、見た目は王子妃の優雅な訪問である。

ただし、勢いだけが王子妃の、一般的な令嬢のそれではなかった。


そうして、ケラヴノスを対峙したは良いが、最初こそルシアの勢いに珍しく素直な表情で目を見開いていたケラヴノスはすぐにいつもの(しか)めっ面に戻って、ルシアに素っ気ない言葉を返し、(きびす)を返して立ち去ってしまった。

言い募ろうと思うも、竜人且つその中でも長身の彼に追い付けず、持ち場へと戻られてしまったのだ。

そうなってしまうと職務を邪魔することは本意ではないルシアは手を出せない。

その一部始終を見ていたヒョニが気を遣って、引き摺ってこようかと言ってくれたが、さすがにそこまでさせるのもするのも申し訳ないので断ったのだった。


結果として、ケラヴノスとの対話は敢え無く失敗。

決着付かずのまま、ルシアはこのスカラーへ来ることとなった。

だから、これはある種の賄賂なのである。


「まぁ、見ていて。絶対に会話させてみせるわ。その為にもまずは距離を縮める為のお土産ね」


ルシアはにっこりと、それはもう、ここ一番かというほどに満面の笑みを浮かべてみせた。

昔のルシアでは考えられないほど柔らかくなった表情筋の大活躍である。

まぁ、それでもまだ普通の人に比べれば、堅いと言わざるを得ないけども。

だが、それがルシアの容姿には絶妙に噛み合っていて、とても美しい笑みになっていた。

しかし、その笑みを見ることの出来るメンツは皆、それの意味を知っている。

その笑みの下、爛々(らんらん)と闘志を燃やす瞳を知っている。


「......ほどほどにな」


今度はタクリードからの帰還後、幾度となく、ケラヴノスの元へ突撃していたルシアの勢いを間近で見ていた王子の方がスカラーからの帰還後に起こるだろう光景を思い浮かべて、苦笑を溢したのであった。


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