459.銀と紺青、夜空煌めく
翌朝、ルシアはいつもと変わらぬ時間帯に目覚め、朝食を取り、準備を整えて、王子と護衛四名、という昨日と同じメンツで街へと繰り出した。
とはいえ、その外出は鍛冶屋に向かうのではない。
案内人が見つかっていないからである。
装飾品店の店主からの連絡はまだない。
「イオン、そっちの耳飾りは?」
「あー、普段使いの緑色の奴なら合わせるのに丁度良いんじゃないですかね」
後はこっちの髪飾りと一緒に使うのも良いと思いますけど、とルシアの手元を覗き込んだイオンは少し離れた位置にある髪飾りを指して、そう続けた。
現在、ルシアたちが居るのはあの惑わしの小路の傍の装飾品店とはまた別の装飾品を扱うお店。
そこで棚の上に、または机の上に並ぶ多種多様な光沢を見せる石を、複雑で精巧な造りを、表の道を行く人の目すら引き寄せるそんな装飾品を眺めていた。
ルシアたちはほぼ街の中心にある宿から昨日とは反対方向へとメインロードを進んだ。
理由はただ、案内人が見つからない以上は手持ち無沙汰になるしかなかったからである。
だから、ルシアたちは観光という名目で様々な職人技の光る物品を、数ある店を見て回っていた。
そうして、気の向くままに立ち寄ったここは幾つか目の店であった。
本来であれば、道端の店のものなんてお忍び衣装の際でなければ、使い道のないそれもここスカラーのものであるなら、話が変わる。
職人の国の名は伊達じゃない。
何なら、夜会で使用しても見劣りしないようなものがこのふらりと気ままに入った店に存在している。
だから、ただ眺めるだけでなく、ルシアは自身の衣装類にも詳しいイオンを傍に呼び寄せて、割と真剣にそれらを吟味していた。
「ルシア、これは?君は好きだろう、こういうの」
「ああ、月の意匠が素敵ね。確かに好きよ。でも、瑠璃をあしらった装飾品は有り余るくらいあるのよ」
イオンと手持ちのドレスや靴、装飾品、つまりはトータルコーデとの相性や使い勝手を考えながら、一点物ばかりを扱うらしいこの店の一つとして同じものがない装飾品の山から気を惹いたものを指差し、時に手に取り、実際に髪に腕に首に耳にと宛がって、選んでいたルシアは斜め後ろからかけられた声に振り返る。
視界に入るはある装飾品を手に取って、こちらに見せる王子の姿。
ルシアは一歩、王子の方へと近付いて、その手の中を覗き込む。
そこにあったのは円状のようなまるで糸で編み合わせて模様を描いたかのような緻密な造りの銀細工の髪飾り。
それでも、よくよく見れば月の形を模していたそれはきらきらと細い鎖を二本垂らし、その先に一つずつ、装飾の中央に三連の瑠璃が銀一色にもう一色を散らしていた。
その色はまさに夜なのに、散らされたさまはまるで空輝く星のよう。
確かにルシアがよく好む銀細工で意匠であった。
ルシアの髪に手持ちの服に一番、馴染む色であった。
けれども、ルシアは首を横に振る。
だって、ルシアの持つ装飾品のうちで大半を占めているのが瑠璃と銀を扱ったものなのだ。
次いで水晶と続き、意外に紫色のものが少ない。
確かに好むデザインである。
王子の居たその棚を自分が眺めていたならば、目に留まったことだろう。
でも、その色はその種類はルシアの私室に溢れかえっている。
確かに好きだけども!
絶対に欲しい、と一目見た時に思わせるほどのものじゃなければ、もう充分あるし、と一瞥だけで済ませるくらいにはうんざりするほど持っている。
だから、ルシアは首を横に振ったのだ。
「なら、これは?」
ルシアの自分の所持する装飾品たちを鑑みた上での否の言葉も虚しく、王子がじゃあ、次は、とばかりに手に取ったのは瑠璃ではないものの、同系色の石のついた髪飾り。
今度の意匠は星か、若しくは雪なのか。
ええ、ええ、確かに好きですとも!
でも、返答は一択である。
「......ねぇ、それは分かった上で?それとも、無自覚?」
「何の話だ」
ルシアはついつい、じとっとした目で王子を見上げ、問い質した。
身長差をカバーする為に斜め上を向くその瞳はそのせいか、据わっているようにも見える。
だが、王子の如何に回る頭でも主語のないルシアのそれの意味を掴み切れはしなかった。
王子はルシアのその表情と言葉に真顔で問い返す。
「いいえ、こっちの話。それもたくさんあるから良いわ。...そうね、出来れば銀じゃなくて金。石はなくても良いけれど、あるなら白、後は橙、黄。最近、一つ装飾が欠けてしまって駄目にしてしまったの。赤系統のものもタクリードで増やしてしまったから今回は良いわ」
しかし、ルシアはそれに対して、何も答えなかった。
ただ首を振って、代わりとばかりに分かりやすく欲しているものの種類を口に出す。
何度も同じようなものを見せられてその度に否を突き付ける労力を減らす為である。
ここまで言えば、範囲の中でルシアが好むだろう、または似合うだろうものを王子は選ぶだろう。
ルシアはほう、と誰にもバレないように肩の力を抜いたところで背後の方で苦笑する声を聞いた。
イオンだ。
そうと分かった瞬間にルシアは予備動作なしで肘を後ろに突き出した。
たくさんの机や棚が並ぶ店内。
そのうちの棚と棚の間。
決して広くないスペースで繰り出したそれは逃げ場を失くしたイオンにクリーンヒットする。
さすがに非力な少女の肘鉄くらいではイオンは呻きはしなかったが、そこそこ良い位置に決まったと思う。
少なくとも、苦笑の音が静まった。
駄目押しとばかりに半身で振り返り、睨みを利かせれば、眉を下げたイオンが声を出さずに口の動きと目配せで謝罪した。
ルシアはそれにふん、と勢いよく前に向き直る。
きっと、王子の差し出した装飾品のことも、ルシアが否、と言ったことも分かりやすく指定したのも、そして最後に肩の力を抜いたことも、その意味も見抜いての苦笑なのだ。
肘鉄くらい、喰らっておけば良い。
「なら、こっちだな」
「ああ、月長石。良いわね」
そんなルシアとイオンのやり取りを少しだけ首を傾げたものの、いつものこととして処理した王子がまた別の装飾品を手に取る。
ルシアはイオンのことなど一切合切、思考から排除して王子の選んだそれに今度は諾を口にしたのであった。
スカラーの主要都市の一つ、このスターリの街に来た理由である鍛冶屋にまだ辿り着けもしていない、そんな昼下がりのこと。
本当に最近は1時にも間に合わないことが続き、申し訳ないです(土下座)
もう少しなんとかならないか頑張ってみますが、期待はしないで待ってくださると嬉しいです...(泣)
今回はちょっと、可愛らしい回かな?




