44.お茶会と災難(後編)
「ルシア、遅かったな」
「あー、ごめんなさいね。早く出るから貴方へ伝令を送ったのに、呼び付けておいて自分は遅刻するなんてとても最低ね」
「いや、良いけど。何かあった?レジェス殿下が心配してた」
その後、ルシアは着替えを素早く済ませて第三王子宮に向かったのだが、開始時間にこそなっていないものの、伝令を出してから随分と時間が経っていた。
いやもう、開始時間もギリギリだ。
ルシアは今、王子宮の入口にてわざわざ待ち惚けを喰らっていたイバンと合流してレジェス王子の元へ向かっていた。
「ああ、それはしっかりと謝らなければね。少し、引き返す必要が出来たのよ」
ルシアのげんなりとする顔に苦笑を浮かべるイバン。
彼もこの4年間でそれなりに仲良くなり、良い意味で遠慮もなくルシアの表情もなんとなくではあるようだが、見分けられるようになっていた。
「それは後でカリストが怖そうだなー。お茶会中はくれぐれも離れないでくれよ?カリストに間違いなく怒られる、俺が」
「分かっているわよ。今日は、というか、ここ最近は厄日続きなの。何かしら起こると既に想定済みよ。残念ながらイバン、貴方も今日は面倒事に巻き込まれる覚悟を決めていてね」
「あー、一気に不安になってきたんだけど」
イバンは王子の仲間で彼を守る側の人間であると同時に彼もまた、守られる側の人間だ。
そういったこともあり、王宮内のごたごたに関わることはあれど荒事に関わることは他のメンバーに比べて極端に少ない。
ということは、ルシアの暴走に巻き込まれることも少ないということである。
「取り敢えず、出来れば大人しくして欲しいんですが、お姫様?」
「あら、私はいつも好きで巻き込まれている訳ではないけれど。...今日はよろしくね、公爵子息様?」
イバンの腕に手をかけてにこりと笑う。
お茶会の行われる庭園が見える。
参加者たちはそれなりに居る模様。
フットマンが扉を開けて、ルシアとイバンの到着を知らせる。
さぁ、出陣だ。
無事に済めば良いけど。
ルシアは背筋を伸ばして気を引き締めたのだった。
ーーーーー
「レジェス殿下、開始ギリギリになってしまって申し訳ありません」
「あ、姉上!伝令が来たのに全然、姿を見せないので心配しました。...何かあったんですか?」
庭園に出てすぐ開始の合図が上がり、各々会話を楽しんでいるようだった。
先日のお茶会より人も多く、また女の園という訳ではないので比較的落ち着いて見えた。
ある意味、より隠すのが上手いとも言える。
そこでまず、主催者であるレジェス王子を探して歩いてきた。
最初に主催者へ挨拶を、と言えば簡単に人波は退いてくれるので今のところは事なきを得ている。
「こちらへ向かう道中でドレスを汚してしまいましたの。ああ、被害という被害は御座いませんからそんなお顔はしないで」
心配してくれるレジェス王子にルシアは少しだけ道中の説明をする。
既にイオンによって王子には連絡が入っているだろうし、レジェス王子に関しては王女に絡まれた場所が第三王子宮の傍な上、通りがかったメイドは第三王子宮仕えの娘だったから調べられたら真っ先にバレる。
「...本当に気を引き締めてください。招待した僕が言うことではありませんが、母様も参加こそしていませんが何を考えているか分からない。それに姉様も参加していますから、くれぐれもイバンから離れては駄目です」
真剣な彼はやはり、このルシアの参加に王妃が関わっていると教えてくれる。
......王女ついては手遅れだ、本日二戦目がないことを祈る。
「ええ、皆にも重々言われているわ。...わたくしに警戒を促すよりイバンに目を離さないよう言われた方が効果的かもしれません」
「自分で言うのかよ、それを」
呆れた顔をするイバンを横目に微笑む。
自覚はあるのでそれならば周りに気を付けてもらう方が良い。
それでも振り切ることも多々。
今回はイバンが損な役回りなのか。
「ふふ、わたくしが言うことではないのは承知していますわ。...レジェス殿下も何があるか分かりません、お気を付けて」
こういう場所は謀略にもってこいだからな。
レジェス王子だって狙われないとは限らないし。
その他の参加者が順番待ちをしているのが目の端に映るので、あまり主催者を捕まえているのも悪いとイバンにエスコートしてもらいながら離れる。
「イバン、挨拶しておくべき方は?」
「特にこれといってはないが、どうする?俺としては庭園の隅で終わるまで大人しくしてもらいたいんだけど」
「それでも声をかけてくる人は絶えないでしょうね」
そうは言いつつ、庭園の端の方へ向かって歩く。
まぁ、中心に居るより人に声をかけられはしないだろうから。
「ルシア、飲み物は?」
「ありがとう、いただくわ」
イバンが近くの使用人から飲み物を受け取って手渡してくるので受け取った。
色合い的にレモネードか何かかな。
「!申し訳ありません!!」
「いいえ、大丈夫よ。貴方も気を付けてね」
そこでルシアは前方から急ぐ使用人と肩がぶつかりかけて半身で避けたのだが、ぶつかりかけたことに動転したらしく使用人の少年は焦って頭を下げる。
ルシアは努めてにこやかに許し、先を行かせる。
こういうパーティーの時の使用人っていうのは中々、休めないほど目まぐるしく動く必要があるって、前にオルディアレスの屋敷での何も楽しくもやりがいもないパーティーに補充人員として駆り出されたイオンが愚痴を言っていた。
見たところ王子と同じ年頃だろうか。
頑張れ、少年。
「あ、ルシア。頭のリボンがずれてる」
「あら、本当に?」
頭の後ろに手を伸ばすが、見えないので分からない。
急いで準備したから解け易かったんだろうか。
「ちょっと持って」
「え?ああ、ありがとうイバン」
イバンは同じように持っていたレモネードをルシアに持たせて、背に回る。
リボンを結び直してくれると分かったので、礼を言って素直に立ち止まる。
「出来た」
「はい、イバンの」
「ああ」
少しして完成を告げるイバンにレモネードを手渡した。
受け取ったイバンはそれを一口、口にする。
「!?」
イバンが飲んだのを見てルシアは自分の分に口を付けようとして突如、グラスを無理やり奪うように弾き飛ばされた。
当然、グラスは落ちて大きな音と共に割れる。
弾き飛ばした手を辿って振り向くとイバンが口元を押さえて身を丸めているのが目に映る。
ルシアは先程よりずっと目を大きく見開いた。
「!イバン!?イバン、大丈夫!?」
「ル、シア、絶対に、口を、付けるな...」
彼の背に手を添えて声をかけるが、返ってくるのは要領の得ない返事。
しかし、その声も弱々しく顔色は青褪めている。
「これ、は...」
「イバンっ!!!」
とうとう意識を失って倒れるイバン。
さすがに支え切れず、ルシアも一緒に座り込む。
周りから悲鳴が響き渡っている。
遠くからレジェス王子が駆け寄ろうとして、騎士に止められているのが見える。
しかし、ルシアは呆然としていた。
イバンが気を失う直前に言った言葉。
傍に居たルシアだけが聞こえた言葉。
『これ、は、...ど、くだ』
毒。
毒が仕込まれた。
ルシアは急いで救命に移る。
お茶会は騒然としたまま急遽、幕を閉じることになったのだった。




