450.賑やかしくも心地良い朝
カンカンカン、カチャカチャ、ざわざわ、耳障りではない程度の様々な音が目覚めと共に耳へ飛び込んでくる。
きっと、半覚醒の頭をスムーズに目覚めさせたのもこの音たちだろうと緩やかな思考で考えながら、ルシアは閉じていた瞼を持ち上げて、上半身を起こした。
ベッドの脇の窓にかかったカーテンが陽光を受けて、淡く光っているのが視界に映る。
ルシアはそっとベッドから抜け出した。
そのまま窓へと近付いて、カーテンに手をかけて、横に引いた。
新品ではないものの、汚れのない綺麗な白のカーテンは何の抵抗もなく、ルシアの手に導かれるままにその奥にあった窓の姿をルシアの前に現した。
同時に遮られていた陽光が直に射し込んで、ルシアの形だけを抜いて、部屋の床に落ちる。
ルシアは手を翳して、目を細める。
寝起きの瞳には強烈で、その代わりはっきりと目覚めさせるその光に少しの間、目を瞬かせて慣らしたルシアは外の様子を確認した。
うん、とても良い陽気の朝だ。
心地良い朝の一幕である。
そうして微笑めば、其処彼処から聞こえてくる賑やかしいが、決して不快ではない生活の中に溶け込むような音をまた、ルシアの耳は拾う。
窓の外では早朝だと言うのに既に街全体が起き出しているかのようだった。
そう、聞こえていたのは全てこの街で生きる人々の生活音。
時にカンカンカン、と金属を打ち鳴らす音を。
時にカチャカチャ、と食器等が触れ合う音を。
そうして、ざわざわ、と人が行き交う度に衣擦れの音が、靴音が、交わす挨拶の声が騒めきとなって、賑やかしく街を包み込んでいた。
それでいて、意識を向けなければ、気にも留めない音なのだから、穏やかな朝の目覚めにはそれはもう持って来いだった。
そんなタクリードやイストリアとはまた一風変わった、どちらかと言えば、アクィラの街に似た賑わいを見せるこの街。
早朝、起き抜けに宿の窓からルシアが見下ろした石畳の道とタクリードとは真逆の落ち着いた色で統一された素朴ささえ思わせるこの街。
石本来の色ばかりの色合い、けれどもそれらを飾る装飾は精緻な造りをしていて、まさに職人の技。
道脇に立ち並ぶ家々の大体が何かしらの店舗としているこの街の名はスターリ。
このスカラーという国に四つある主要都市のうちの一つである。
そして、今回の舞台。
スカラー編、の舞台である。
作中と同じく、王子の剣の修理という名目でルシアたちは昨日、この街に入り、この宿に泊まったのだった。
そして本日、修理の出来る例のちょっと偏屈の老爺の営む鍛冶屋へ出向くのである。
そんな朝だった。
「!」
絶えず届く音の海の中で一つ、高く響いた音にルシアは少しだけ目を丸くして、下へ向けていた目を上の方へと向け直した。
きょろきょろと視線を彷徨わせて、正面ほどで止める。
この動作も最近、大分慣れてきた。
ルシアはすっと跳ね上げ式の窓を開けた。
それに合わせて、窓枠にふわりと降り立つ小さな生き物が一羽。
「...こんなところまで付いてきたの?――ねぇ、フキョウ」
未だに目を瞬かせつつ、そう尋ねたルシアにその白い小鳥はピィ、と返事をするように鳴いた。
心無しか、このくらいのことどうってことない、と言っているようにも見えた。
何度も目を瞬かせては確認するようにじっと見るがルシアの目前に居るのは見紛いようもなく、フキョウである。
可愛いらしい白の体躯もその見た目に反した素っ気なく見えるその可愛げのない態度も軽く吹いた風に靡く瞳と同じ黒のリボンも他に一羽として居ないだろう。
さて、因みにルシアはこのフキョウをこのスカラーへ連れてきては居ない。
当然だ、ルシアの移動は全て誰かと一緒だった。
ルシア以外の人間に姿を見せないこの半野良小鳥を連れて来れる訳もなく。
そもそも出立の際にだって、ルシアはこの小鳥が何処に居るのかも知らなかった。
それがイストリアから数日かけて移動する必要のあるスカラーの街で自分の元を訪れているのである。
本来なら到底、これほどの小さな小鳥が飛んで来れる距離ではない。
驚いてしまうのも無理はない話ではないだろうか。
ああ、でも。
「...それいえば、タクリードからイストリアまでも自力で飛んできたのよね。あの時は国境近くではあったけれど」
ルシアは思い出した。
この小鳥を飼うことになった経緯を。
あの時も荷物などに紛れてきたというよりは追いかけてきたという方がしっくりくる登場の仕方をした小鳥である。
つまりはタクリードの皇宮からイストリアの国境近くの街まで自力で飛んできたということ。
こちらも小鳥の飛べる距離ではない。
「随分と滅茶苦茶な小鳥ね、貴方...」
一体、どんなスタミナをしているのだ。
勿論、途中で休憩を挟んでいるのかもしれない。
けれど、それではどうやってルシアたちの居る場所を特定したのか。
考えれば、考えるほど一定の距離は保って付いてきていたとしか、思えないのだ。
こちらは馬車移動である。
ほんと、どうなってるんだ。
まぁ、滅茶苦茶さ加減で言えば、ベクトルは違うものの、飼い主だって大概だという自覚があるので何も言えないのだが。
「...そんなところは似なくても良いのよ?」
夫婦も長年連れ添えば、そっくりになると言うようにペットも飼い主に似てくると言う言葉を聞いたことがある。
けれども、この小鳥は半野良でルシアは形ばかりにもほどのある飼い主で何なら、この小鳥はそれを理解していないかもしれないのに、共に過ごした時間もたった少しであるというのに、早くも似なくて良いところが似てくるというのか。
――それともこれは類は友を呼ぶ、の方とでも言ったりするんですか。
飼い鳥までそれではたまったものではない。
切実に、である。
ルシアはちょいちょい、とフキョウの頭を指先で撫でるように突いた。
フキョウはそれを煩わしそうに避ける。
やはり、撫でられるのは嫌いらしい。
それでも、窓枠から飛び去らないのを見て、ルシアはくすり、と笑いながら手遊びをするようにフキョウの前で指を動かしたのだった。




