43.お茶会と災難(前編)
「お嬢、準備はばっちりですか?」
「ええ、もう行けるわ。レジェス殿下とも話したいし、早めに出ましょう」
翌日、ルシアは朝から準備をしてお茶会の開始より早く、イオンを伴って部屋を出た。
レジェス王子も剣の稽古等、色々と忙しくしているようでここ最近は会えていなかったから何かありそうなお茶会だと思っているけども、彼に会えるのは純粋に嬉しい。
開始前に早く着き過ぎるのも非礼という考え方もあるので他の面倒な参加者に絡まれる心配はないし。
非礼だけど、レジェス王子なら私が開始前に行ってもにこやかに迎え入れてくれるだろう。
それに、先に今から向かう旨の伝令を任せたので全くの突然にはならないし。
「イオン、貴方は送ってくれるだけで良いからね。迎えにはカリストが誰か寄越してくれると言っていたから」
「はい、分かってますって。本当なら迎えだけじゃなくお茶会中も誰かを付けて欲しいんですけどね」
ぶつくさ言うイオンはこれからノーチェに頼まれて彼の仕事の手伝いが入っていた。
ノーチェも最初はニキティウスに手伝わせる予定だったようだけど、ニキティウスはニキティウスで別件の任務中らしい。
他に特に優秀な密偵の動きが出来るのはイオンだけということで今日、イオンが駆り出されるのは前々から決まっていたのだった。
しかし本日、ルシアがこのお茶会に参加することになって、ノーチェもニキティウスも王子だって、任務のどれかを遅らせると言っていたのだが、何事にも大切なのは情報だ。
少しの遅れが情報戦では致命傷なんてこともあり得るので全てルシアが却下した。
送るのはイオン、迎えは手の空いている騎士の誰か。
そう、決まったのである。
と、なると今度はルシアのお茶会参加を渋られたのだが、会場ではレジェス王子の傍に居るのはそれはそれで面倒事になりかねないということも含めて、参加者の中に名のあったイバンから離れないという条件で各面々には納得してもらった。
勿論、イバンには許可を貰い済み。
まぁ多少、こっちもこっちで渋られ、苦い顔をされたけども。
ともあれ、イバンは公爵子息、彼にあしらわれても尚、声をかけられるほどの強者はまず居ないだろう。
「イバンにも伝令は向かわせたのでしょ?」
「ああ、はい。バレリアノ公爵子息は今日、王宮の方の私室に泊まっていたようなのですぐ来ると思いますよ」
貴族で要人、または高位の者は王宮内にも部屋を賜っていることも多い。
イバンも公爵子息な上、王子の従兄弟にもあたるので同様に部屋を持っているようだ。
「そう、なら安心ね」
「はい。...と、お嬢様」
急に態度を改めて神妙に呼び掛けるイオンに嫌な予感がして立ち止まるが遅かった。
丁度、廊下を折り返すところで別の方から王女の集団が歩いてきていたのだ。
イオンは昔から耳が良いからいち早く気付いたのだろう。
確かに王女は今回のお茶会の参加者だった。
けど、なんでこの時間帯に遭遇するかなぁ。
今日、お茶会中に絡まれるだろうと予想してたけど、こうも早く遭遇するなんて王妃に引き続き最近、私、不運過ぎない?
ここは第三王子宮には近いが、彼女たちの向かっていた方向から第三王子宮へというよりは散歩中なようだった。
「あら、誰かと思えば。鼠色した端女じゃない。その恰好、貴女もレジェスのお茶会に参加すると言うの?とんだ身の程知らずな人ね!!」
向こうが気付く前にと一歩、足を引いたところでこの廊下は見通しがそう悪くない。
すぐにこちらに気付いた王女は毎度、ルシアの周りを固める人たちに追い返されているのにも関わらず、にたり、と嫌な笑みを浮かべて近付いてくる。
暇人かよっ!!
ほんとよくやるもんだ。
嫌いなら避けた方が精神的に安泰なのでは?
どうしてもルシアを排除したい王女とどうしたって王妃の企みにより逃げられないルシア。
そこまで読んで仕方なしで関わってくるなよ。
あんたの母親が居る限りどうにもならないのだから。
呆れを浮かべてルシアは目前で喋りまくる王女を見る。
内容は終始、中身のない誹謗中傷。
こういうのは特技、思考を飛ばして話を聞かないが効果的だ。
「~っ、素直に震えて消えてしまえば良いのに、いつもその澄ました顔をして!!」
苛立って何もかもが気に入らない、という風に王女は声を上げる。
ああ、そう若いうちからカリカリしてると後々、キッツイ顔付きになるよ。
「っ!!気にくわない気にくわない気にくわない!!」
激昂した王女は振り返り、この騒ぎを見て引き返そうとしていたメイドにかつかつと靴音を響かせて詰め寄ったかと思えば、その手に持っていた水差しを奪い取る。
おいおい、それをぶっかけるとかいう!?
ルシアは一歩下がるが駆け足気味に距離を詰めた王女の持つ水差しの中身が降りかかる。
なんでこの王女と関わると水を被るような状況になるかなぁ!
王女と居る時限定の水難の相でも出てるのか。
イオンが飛び出そうとしたのが見えて、ルシアはそれを止めた。
イオンは元々王宮に勤めていた訳でもないし、王女に目を付けられたら容赦なく消されてしまいかねない。
結果、前回のように誰かに庇われることなく、今度こそルシアがずぶ濡れになった。
「あははっ、濡れ鼠そのものね!貴女に相応しい恰好だわ!」
王女はそう言って、少し気が済んだのか去っていく。
「お嬢、どうして止めたんですか」
「貴方まで目を付けられる方が問題よ。この程度なら風邪にもならない。...早めに出て良かったわ。待ってくれているレジェス殿下やイバンには悪いけれど着替えに戻りましょう」
幸か不幸か時間はある。
さっさと引き返し始めたルシアにイオンは不満そうにしながらもついてくる。
「...お嬢、後で殿下に説教喰らってくださいよ」
「ええ!?なんでよ」
こいつ、王子に報告入れるつもりか。
確かに知られればお小言は必至かぁー。
ルシアは顔に張り付いた濡れた髪を払う。
今日の本番にあたるのはまだ始まっていない。
お茶会、無事に終われば良いけど...。
ルシアは己れの幸先の悪さを憂いたのだった。




