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446.また次の巡りに、少女は青と白とを振り仰ぐ


初春。

暖かいというには少しだけ、一枚上に何かを羽織りたくなるそんな時期の。

早朝という訳ではないけれど、朝食を食べて一日を始めるにはほんの少しだけ早い、そんな時間の朝。


イストリア王宮内にある第一王子宮、その中の庭園。

ここは元々、その宮の主人によって華美過ぎず、然れども綺麗に整えられて如何(いか)にも理路整然としたその主人らしい庭園であったのだが、約10年ほど前から徐々にそのきちんと秩序を持って手の入れられていた姿を崩し始め、約6年ほど前からより姿を変えた。

とは言っても、王宮内の庭園である。

放置されて荒れている訳でもなければ、来訪者の目を楽しませる美しさが大きく損なわれた訳ではない。

ただ、少しだけ。

ほんの少しだけ。


例えば、その時期その時期で最も美しく咲く花が植えられていたのから、多少の時期外れでも同じ花が植えられていたり。

例えば、対称的になるように、または順路によって最も楽しませる、色合いの兼ね合いや花、木の種類の統一、植える位置など、計算されていたものからどういう意図なのか、ちょっとちぐはぐな順番や配置、非対称、数種類が一緒に植えられていたり、と思えば、ある一種類だけが多く存在していたり。


前のようにきちんと整えられた姿はここにはない。

無秩序、だけども何らかの意思を持って整理された庭園。

そう、誰かの意思を感じる、そんな庭園。

計算され尽くした無機質な印象から何処か温かさを感じる庭園へとこの場所は姿を変えていた。

それも全て、この宮のもう一人の主人を想ってのもの。

彼女が気に入った花を、庭師でも何でもない彼女が描いたスケッチのままを植えて、表現して。


前のように整列された、万人が見て感嘆するような美しさはないけれど。

完璧と言えるものには、圧倒されるような整った美しさには遠いけれど。

眺めるよりもその中を歩くことが楽しくなるようなセオリーを踏んでいないからこその目新しさを見せる庭園は温かみがあって、それまでとはまた別の美しさを持っていた。

別の方向性の美しさなのだと言わんばかりに。

今、誰がこの庭園を訪れたとしてもこの庭園を美しくないと言う者は居ないだろう。

ただ、美しいという言葉より先に温かいという言葉が出るような庭園だった。


そして、それはこの庭園には限らず、この宮は何処も彼処も大きく変化した訳ではないけれど、(まと)う雰囲気を変えていた。

さてはて、それはこの宮に住人が増えたことが原因か、それとも元々の主人にも心境の変化が現れたからか。

どちらかなんて、分からないけれど。

今日も今日とて、この庭園は温かく美しい。


「ら、らーらら、らー...」


あまり派手ではないものの、色鮮やかな花々や濃淡を魅せる木々の緑が朝日を受けて、きらきらと朝露を目に(まぶ)しくない程度に光らせる。

きらきら、きらきら。

庭園全てが淡く輝いているよう。

けれど、優しく。

今にも息遣いが聞こえてきそうな、そんな生き生きした印象を花々は、木々は魅せる。

そんな中で風ではない、はっきりと響く音が一つ。


「らーら、ら、らら、ら、らー」


それは何処か鈴の転がる音のよう。

それは高く澄んだ音。

けれども、鈴の音にしてはそれは意思を持って、リズムを取り、けれども歌というにはその音の響きは旋律には成り得ていない。

まるで特定の歌ではなく、その時々の気分によって適当に音に出した鼻歌のようだ。

きっと、同じ旋律を紡ぐことは出来やしないだろう。


「あら」


ふと、響いていた二度とは歌えない即興の歌が止まった。

それは歌の作曲者であり、歌声の主が何かに気付き、歌うのを止めて、そちらに意識を向けたからである。

この庭園にとっては既に一番の主となっているだろう少女が一人。


王宮の中でも安全と言えるこの場所だからこそ、一人で散歩をしていた少女は晴天の空を振り仰ぐ。

晴れ渡った空は何処までも青く、真っ青と言えるほど青く、太陽は白く柔らかい朝の光を庭園へ、少女へと降り(そそ)ぐ。

その少々、眩しい光に少女は目を(すが)めて、片方の手を(かざ)しながら、それでも空を振り仰いだまま、視線を青の中に彷徨(さまよ)わせていた。

そして、その視線は目的のものを見つけて、それを捉える。


雲一つとしてない快晴の青と太陽だけの世界で自由に飛び回る、決して大きくない一つの白。

それは何処までも自由にあちらへこちらへと何かに制限されることなく、青を泳ぐ。

少女はそれを暫く眺めていたが、ふいに白くしなやかな手を顔ほどに高く、前に突き出してみせた。

幾ばくもしないうちに青を飛翔していたそれは少女の様子に気付いたように滑空し、羽を羽ばたかせて少女の手の上に舞い降りたのだった。


「ふふ、やっぱりとても賢い子ね」


少女は己れの手を引き寄せて、そこに乗るそれに微笑みかけた。

空を自由に飛び交い、そして少女の手の上に乗ったのは少女の(てのひら)ほどの大きさをした真白い小鳥。

黒々とつぶらな瞳がくるりとしていて、その小鳥が首を(かし)げる仕草は何処までも可愛らしい。


「お嬢ー、朝食の準備が整いましたよー」


「ええ、今行くわ!」


(しば)し、少女が小鳥に掌を好きにさせていると背後からよく知る己れの護衛兼従者の声が聞こえてきて、少女は居場所を知らせる為にも少し声を張り上げて、受け答えた。

声に気付いたのか、姿こそまだ見えない主の足音がだんだんと近付く中、少女の手の中に大人しく納まっていた小鳥がその少女の手を台座にして空へと飛びあがる。

少女はそれを少し残念に思いながらも止めることはしなかった。


小鳥に言ったところで止まることも戻ってくることもないのは当たり前だが、少女は敢えて呼び止めなかったのはあの小鳥は決して少女以外の者が居る前では姿を見せないからだ。

全身を白い羽毛に包まれた小さな小鳥。

どういった種類なのかは分からないけれど、見た目は愛玩用として飼われていても(うなず)けるほどの愛らしい。

けれど、少女の動作を見てすぐに降りてくるほどには賢い小鳥。

時折、こちらの言葉すら把握しているのではと思わせるほどに。

だから、少女は小鳥が呼び止める言葉も分かるだろうと思った上で呼び止めることをしなかったのだった。


少女は最初のように空を振り仰ぐ。

空は快晴、青の中には太陽。

そして、首に(くく)り付けた細みの黒のリボンを(なび)かせながら、優雅に飛び去る小さな白が一つ。


はい、新章突入~!!

とは言っても、まだどういう展開になるのかは分かっていないでしょうが...何分、今話は導入前も導入前ですからね。

それではまた皆様、ルシアたちの物語にお付き合いくださいね。


P.S.

真白い小鳥て、どっかで見たね...?


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