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440.追想と小さな白の飛来


「帰りはブルトカール()方面から、というお嬢の要望による帰路ですけど...。」


「ええ、ちゃんと旅程表を見たから知っているわ。アフダル()アフマル()とはまた違った賑わいのある土地なんでしょう?楽しみね。」


イオンと共に庭園の入口で待機していたノックスとイオンと一緒に来てノックスと一緒に待っていたのだろうクストディオと合流したルシアは廊下を上品さを損なわない範囲での最大限の速度で正面門へと向かっていた。

別段、そこまで急ぐ理由はない。

けれども、待たせていると分かっていてゆっくりするのも悪いし、何より行きと違っていつまでも他国の皇宮の入口を塞ぐことも冬の到来という帰還までにタイムリミットがあることもまた悪いという考えた先の結果であった。

それでも、ルシアたちの移動速度が心持ち急いでいる程度であるのは(ひとえ)に各方面に気心が知れているからということだろう。


人の少ない通りを選んで歩いている為にルシアたち以外に周囲に人気はない。

廊下の片側は全面開口部という造りの為か、さらさらと風が吹いて歩く度に跳ねるルシアの銀の髪を少しだけ大きく揺らした。

ふいに、大きく突風に近い風が廊下に吹き込んだ。

ルシアははためく己れの髪を片手で押さえながら、駆け抜ける風をやり過ごす。

透明一色の風はルシアの視界には映らない。

代わりに真っ青なほどに晴れ渡った空が灰の瞳を染めた。


「...本当に今日が良い天気で良かったわ。」


「...ああ、昨日まで少し崩れ気味でしたからね。これ以上、天候の不調が続くなら皇宮滞在も視野に入れる必要がありましたねー。」


「ええ、シャーの嫌がらせかと思ったわよ。」


いや、本当に。

きっぱりと断ったものの、折を見ては滞在を促すシャーハンシャーから逃れ続け、やっと帰還予定を立て始めたその日から立て続けに天気が悪くなった時にはついに帰したくないシャーハンシャーに天が味方したのかと(なか)ば本気で王子と顔を見合わせ合ったことだった。

ルシアは視界に映る青にげんなりと回想しながらもほっと安堵の息を吐き出したのだった。


そうして、ルシアたちは雑談とも言うべき会話をして歩いていく。

何だか、既視感のある光景だ。

もっともルシアが護衛たちと廊下を歩くことなど、日常であるので何も可笑しいことではないのだが。

ただ、ルシアは一つある光景をふと思い出したのだ。

こことは国も気候も空気だって違うのに。

勿論、廊下の造りも使われている色、調度品に至るまで廊下であることくらいしか、同じとは言えないだろう。

けれども、廊下をイオンたちを共に王子の待っている正面門へ向かっている途中に外へと視線を向けるというシチュエーションにおいて、ルシアの脳裏はいとも簡単にこのタクリードへと旅立つ日のイストリア王宮での出来事を想起させたのだった。


「......ルシア様?」


「ああ、大丈夫よ。一瞬、何かが(よぎ)ったような気がしたから気になっただけなの。」


「へぇ、何ですかね?」


そう長い時間ではないが物思いに(ふけ)っていたルシアが動かないことを気にして声をかけたのだろうノックスにルシアは微笑みながら言い訳した。

とはいえ、言っていることは何も噓ではない。

思考の海に浸っている間に視界の端に何かが過ったのは本当だった。

ルシアの言葉を聞いて、イオンが開口部の外へと視線を走らせる。

興味を引いたということもあるだろうが、半分は警戒もあってのことだろう。

ルシアも同様にもう一度、今度はちゃんと意識して外へと目を向けた。


ここは一階の廊下。

見えるのはこの砂漠の地ではずっと多いだろう緑と砂色と青、緩やかに流れては浮かぶ白。

自然の色だ。

しかし、ルシアはそう思ったその瞬間にその自然の中を一つだけ異なる動きをしたものが駆ける。

それは白い色をして、真っ直ぐにルシアを目掛けて飛んできた。

ルシアは思わず、顔の前に手を(かざ)す。

その手に何かが触れた感触がして、同時に鈴の鳴るような音が響いた。

ルシアは恐る恐る自分の手を見える位置まで下ろして、目を(またた)かせた。


「......小鳥?」


「...ですね。誰かの飼っている愛玩用の鳥でしょうか。綺麗ですし。」


「うーん、この国の人たちはもっと派手な色の種類を好みそうだけれど...。」


ルシアは自分の手にしがみつくかのように止まった小鳥を見て、呆然とそう溢した。

どうやら、飛んできた何かはこの小鳥で同時に聞いた鈴の音はこの小鳥の声だったらしい。

隣から覗き込んだノックスが首を(かし)げながら、予測を立てる。

それにルシアも首を(ひね)りながら、否定を口にしたのはこの小鳥が真っ白な鳥だったからである。

色鮮やかなものを好む傾向のあるタクリードでこの真っ白な小鳥が誰かに飼われているとは少し考えにくかった。

けれども、野生にしては小鳥はこの一羽だけだし、何より人に慣れ過ぎている。

ルシアが(てのひら)を上に向けてみれば、ちまちまと移動して納まる始末である。


「...それにしても逃げませんね。」


「そうね......正面門にはカリストだけじゃなくて、シャーやハサンたちも居るのでしょう?彼らに説明して預けましょうか。もし、鳥籠から逃げたのなら飼い主が探しているでしょうし。」


「そうですね。」


ルシアの掌をここまでくると太々しささえ感じるほど我が物顔で陣取っている真っ白な小鳥は周囲から覗き込まれても飛んでいく気配がない。

だから、ルシアはもし本当に誰かの飼い鳥だった時のことを考えて、その小鳥を手に乗せたまま、歩き始めたのだった。


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