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434.独り善がりな後日談(中編)


ルシアは颯爽と皇宮内を進んでいく。

そこの横には同様にすらりと長い足を活かして、普段よりずっと速やかに歩く王子の姿があった。

二人に続くように護衛や側近やらの皆も歩みを進めていく。

最早、駆け抜けていくという表現が相応(ふさわ)しい集団に周囲の視線が引きつられていく。


けれども、ルシアはその視線を気にも留めず、廊下を進む。

釈然としない、気の晴れないと今回の結末に沈んでいたルシアは今や何処にも居ない。

途中、すれ違う各国の要人たちにも挨拶もそこそこに目指す目的地へと一直線。

その気迫が滲み出ていたからだろうか、(きら)びやかで華やかな皇宮の廊下ではその異様さは際立っており、遠巻きに視線を向ける者は居ても必要以上に声をかけたり、引き留める者は居なかった。


「......。」


平穏、そういうに相応しい中をルシアは口を引き結んで、神妙な表情で抜けていく。

普段の仮面とはいえ、傍から見れば綺麗な微笑みを絶やさないルシアには珍しいことで、今までに何度か対面したことのある要人たちは本来の鋭い容貌も相まって、刺々しくも映るルシアに一様に驚いたように目を(またた)かせた。


ルシアたちの間に会話はない。

目的地へと辿り着くことだけに意識を向けて、無駄を全て排除しているかのように。

然れど、慌ただしく本当に駆けることなく、最低限の礼儀と上品さは失っていないのだから、さすがは伊達に王族とその傍付きをしていないというところか。

だからこそ、異様さだけではなく、その流麗ささえ思わせる雰囲気にすれ違う者たちは皆、目を奪われていたのであった。


(なか)ば、軟禁かと思えるほど閉じ篭っていた用意された部屋を、そして第一皇子宮を出れば、まるで黒煙が上がり、爆破音さえも響き渡り、滅多にない緊急事態と言えた騒動などなかったように皇宮内は通常通りに時間が、日々が回っていた。

その上で着実に各国の要人がこのタクリードの地に集まっており、皇宮内へと来ている貴族たちとも交流を重ねているようで其処此処が賑やかしい。


彼らは誰一人、つい昨日のような大それた茶番劇の詳細を知らない。

騒動が終わってから到着した者たちは勿論、例え、あの(とどろ)いた爆破音を聞いていたとしてもあの時、謁見の間に居なかった者たちには完全に情報が伏せられているのだ。

緘口令が(すべか)らく敷かれているのが現状である。


中には(いぶか)しむ人も居るだろうが、あの場に集まった者たちがこの皇宮、()いてはこのタクリード内でも地位ある者たちばかりであったこと、そして忙しく動いている内容に目を向ければ、(おの)ずと大まかな概要は知れる。

気付いてしまえば、内容が内容だけに容易(たやす)く口にして良いことではない、と自重して黙ってくれるはずだ。

少なくとも、大ぴらに(うわさ)になって届いて来ないところを見るに今のところはルシアの見解が正答のようである。


だが、その辺りはシャーハンシャー、若しくは皇帝か、どちらでも構わないがとっくに気付いているようで、情報統制はルシアたちに届かないことも証左であるように完璧過ぎるほど統制されている。

その上で今、皇宮内では一つの噂が(まこと)しやかに(ささや)かれていることがルシアたちの耳には届いていた。

その噂というのは騒動の前後に通してあったものがより信憑性があるものとして流れたもの。

二人の最有力候補者からついに一人に絞られたようだ、というものである。

敗れたであろうアリ・アミール皇子は既に逃げたようだ、とも。


事実、前々から囁かれていた上に裏付けるかのように姿を見せない第二皇子に誰しもが真実かの如く、これを語る。

こういった形で近々公開予定の情報が前以て暗黙の了解のように知らされるのは何も可笑しいことではない。

よく、あることだ。

皇宮という場所では。

何処の国でも魔窟(まくつ)と称するに相応しいこの場所では。

本当によく、あることだ。


お陰で、あの騒動に関しての噂は一向に聞こえない。

まるで目を逸らさせる為の代わりに流れた噂のようだ。

実際、何処までが仕込まれたものか、ルシアに知るすべはなかったが、ここまでの自然過ぎる道筋の整いようはあの食えない人たちの手によるものと考えた方が最早、しっくりしていた。

傍から見る分にはとても容易く人々の思想を操ってみせているようで統治者として素晴らしいと感嘆すべきか、それとも詐欺師としての才能が秀でていると呆れれば良いのか、何とも微妙な顔になったのは言うまでもない。


「ルシア。」


「ええ、あの角を曲がって三つ目の扉よ。」


やがて、周囲の様子が人も調度も装飾を前面に出したものから無骨ささえ感じさせないものの、実利に近いものへと変化していき、暫く廊下を抜けた後に今の今まで一言も声を発することのなかった王子が口を開いて、横を少し前に行くルシアの名を呼んだ。

それだけで王子の言い分が分かったルシアは王子の求める返答を前を向いて足の歩みを緩めることなく、答えた。


ルシアの口から言い放たれたのは今、向かっている目的地。

ルシアがただの令嬢としてあった時に何度か訪れたこの国の第一皇子の執務室。

そこに居ると彼の部下に聞いたその部屋の本来の主に聞かねばならない話がある為に。

先程、起き抜けといっても過言ではない今朝方に訪ねてきたハサンによって(もたら)された看過出来ない話の詳細と真偽を確かめる為に。


「失礼。このような時間に前以て伝令を出すこともなく突然の訪問、非礼をお詫びするわ。こうも早朝からこちらに詰めておられるだなんて、さぞやお忙しくされているところでしょう。けれど、こちらも可及的速やかに他の誰でもない貴方からお聞きしたい事柄があるのだけれど今、お時間はよろしいかしら?」


ノックとほぼ同時に勢いよく扉を開け放ち、ルシアは小首を(かし)げる(みずか)らの(ほお)に手を当てながら、にこやかに部屋の奥、中央で多くの白が積み重なった机に向かう青年へと言い放った。

きっと、ノックの音は開かれた扉の音で掻き消されたことだろう。

当然、入室許可など出されていようものがない。


しかし、ルシアは有無を言わさぬ迫力の篭った笑みを部屋の主――あの騒動後から一度も顔を見せないシャーハンシャーへと差し向けたのだった。

乗り込んだ、随分と気品溢れる見てくれとは裏腹に装飾を全て取れば、そうとしか言えない現状に、何よりルシアの怒気にすら近い気迫に、悠然として執務を(こな)していたシャーハンシャーもさすがにその紅い瞳を数度瞬かせたのであった。

――その顔は何処か、そう多くはないがこの部屋で何度か見た書類を(さば)いていた彼にとてもそ良く似ていた、とルシアは後に語ったのだった。


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