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428.無情の王と


確かに唯一、この場で口を挟むことが出来ただろう皇帝が口を開いた。

けれど、それはルシアの願いと真反対も良いところでアリ・アミール皇子の処刑をこの場で、とそれはもう冷たい声で皇帝は言ったのだ。

冷え冷えとした後退(あとずさ)りしたいのに動いて目を付けられたくないと身動(みじろ)ぎすら本能が躊躇(ためら)うほどの視線を向けて。


ルシアはそれに反射的に反論を紡ごうとして、しかし(のど)を吐いたのはか細い息だけだった。

(すさ)まじい威圧感、イストリアの国王も持つ国というものの頂点に立つ者特有のそれ。

その言葉だけで、眼差しだけで一気に冬が到来したかのように温度が下がった錯覚を覚える。

誰もが背を伝う冷汗に寒気を覚えて。


これが王という者。

先程、シャーハンシャーをこの場で最も上に立つ者の覇気を放っているとルシアは評したが、それは皇帝がその存在感を潜めていたからだと知る。

無論、シャーハンシャーの評価が過大だった訳ではない。

彼もまた上に立つ者には変わりないし、これから事実、そこに至る者だ。

ただ、経験値の差違だろうか、実際にその立場にある者とまだ立っていない者の違うをまざまざと見せられている、そんな気分だった。


「......陛下、この場は首を落すには少々適さないかと思うが、どうしてそのような判断をなされたのか。ここは場を替えるべきところでは。そして先程の指示はその場を整える為にも一度、地下牢へ繋ぐべきだと判断してのことだったのだが、お気には召されなかったか。」


だが、やはり一番その立場に近いところに居るからか、降りかかる威圧の中で滔々(とうとう)とシャーハンシャーが口を開いた。

父王たる皇帝が相手なだけにやはり言葉は少々丁寧だが、内容は反論と言って差し支えないものだ。

周囲の幾人かが、なんて無謀な、と言った恐ろしいものを見る目をシャーハンシャーに向けているのをルシアは視界の端に捉える。


果たして、シャーハンシャーのそれはどういった意味での言葉なのか。

(いく)ら何でも衆人の目の前で弟の首を飛ばすのは興が乗らないのか、そのくらいにはアリ・アミール皇子に情があるのか、近々引き継ぐだろうこの謁見の間を汚したくないからか。

......自分の下した判断を止められたことに不服を覚えたからか。


「......っ。」


ルシアは再び焦燥に近い感覚を覚え始めていた。

それが皇帝の発した言葉によるものなのは明白だった。

この場で最も頂点に立つ者のたった一言による事態の急変。

そして、それは雲行きが怪しいという他ないものなのである。

焦らずにどうしていられようか。


それはさすがにやり過ぎだ、過剰である、と叫びたい。

しかし、先程までと同様、否、それ以上に己れが首を突っ込んで良い会話ではないことをルシアはビシビシと刺さる空気に感じ取っていた。

そんな理性的な言葉を並べ立てては臆病に動けない自分に悔しさを覚えながら、見ていることしかなかった。

せめて、シャーハンシャーの意見さえ通れば。

例え、シャーハンシャーがその後にアリ・アミール皇子を彼の考える最も有効的な方法で処分するつもりであっても、一時しのぎでしかなかったとしても、ルシアは先程までこの後に口論をする気満々だったシャーハンシャーを応援した。


「――首を飛ばせ。」


「っ、......。」


しかし、響いたのは無慈悲な言葉。

張り詰めたように落ちた沈黙がより一層、その余韻を強調する。

気怠そうにも見える態勢で重たそうな(まぶた)に紅蓮を潜めさせながら、事もなげに温度のない声が一切の音を一瞬で掻き消した。

そうして今度は最初に言葉を発した時よりも幾分か落ちた威圧よりもその内容の衝撃の方が強かった為か、音だけが遅れてきたかのように言葉もなく周囲がざわついた。


ルシアが衝動が己れの身体中を駆け巡るのをどうにか抑えるようにギュッと(こぶし)を握った。

精一杯の力で握ったそれはルシアの柔らかな掌に綺麗に整えられた小ぶりの爪を刺した。

きっと、暫くは消えない痕になってしまうだろう。

だが、ルシアはそんなことはどうとでも良いとばかりに唇も噛み締めた。

それ以上に皇帝の言葉がルシアに刺さっていた。


「......。」


さすがに説明もなく、再び(くつがえ)らない意思表示を兼ねた指示を出した皇帝にシャーハンシャーの眉間に(しわ)が寄り、不機嫌そうに変わっていくのをルシアは視界に収めた。

余裕を失くしたというよりは邪魔をされたり、計画を台無しにされた時にシャーハンシャーが見せる機嫌が急降下した顔だったのはやはり、彼もまた誰よりもこの国の次代に相応(ふさわ)しいと言われるだけの人物であるということか。

他者を(おもんぱか)る心というものが欠如しているように感じるのは王宮では少なくない。

それでも、ルシアにはここはそれ以上にそれが著しく欠如しているように思えて気分が悪くなった。


こんな後のない状況下、感情だけでやっていられないことも例えそこが噛み合わずともこの場での処刑などという皇帝の宣言の撤回という自分の得たい結果を得る為ならば、形振(なりふ)り構わずに動くべきだということもルシアには理解出来る話ではあった。

けれど、即座に利己のみを思って、他の全てを切り捨てて考えることなど、到底出来るはずもなく、ルシアの中はぐちゃぐちゃになる。

ああ、どうしたら。

どうしたら、この状況を打破出来る?


視界の端に映るアリ・アミール皇子はもう何処も見ていない。

(うつ)ろという訳でもないが、今まさに彼自身の命の処遇を話し合っているというのに、そんな話には一切どうでも良いと言わんばかりに虚空を仰いでいた。

ルシアはその赤を正面から見ていたが、くっきりと前を向いて開かれている一対の双眸(そうぼう)とついぞ目が合うことはなかったのだ。

諦めにもつかぬ、そんな赤。

思考を全てシャットダウンしているよう。


「――ルシア。」


「......!」


ふわり、ととても耳障りの良い声と共に握り締めた拳をもっと大きな温かなもので包まれて、ルシアは一気に身体に篭った力を抜いた。

ふわり、と決して強くはないが、安心出来る香りが頭上から降ってきて、ルシアを包むように(ただよ)う。

ルシアは必至に耐えるように強張った、泣きそうな顔で横を見上げた。

優しい紺青と視線がぶつかる。


「――任せろ。」


ああ、もう大丈夫だ、と錯覚してしまいそうなほど頼もしく、それでいて雄々しさよりも安堵させるような柔らかな声と一歩前に踏み出したその見慣れた背中にルシアはやっと、ぐらついては整ってを繰り返していた足場ががっちりと固まるような光景を脳裏に見た気がしたのだった。


昨日は突然の休載、すみませんでした。

明日もちょっとどうなるか分かりませんが、出来る限りは投稿予定です。

今のところ、振替の予定はありません。


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