41.密偵の仕事
「はぁーあ、やっぱり自室が一番だわ」
お茶会後、王妃に呼び止められて予備電源ならぬ予備気力を用いて、当たり障りなく、且つ平凡普通な10歳の貴族令嬢に見えるように心を砕きながら話をすること四半刻。
ルシアは疲れ切った身体をなんとか動かして王子宮に戻り、夕食を済ませて自室に居た。
いや、ほんとにあんなに時間が長く感じたのは初めてだ。
「おいおい、嬢さん。まだまだ若いを通り越して幼いとも表現される年の子供が言う言葉じゃないだろ」
「ノーチェ、...あんな諸悪の全てを取り揃え、と言っても過言ではない魔女さながらの人間ばかりの集会所に居て元気で居られると思う?」
自室の居間にてソファに沈み込んで放ったルシアの言葉を拾って呆れたような声を上げたのはノーチェだった。
それに、ルシアは少しだけムッとした顔をして反論をノーチェへと投げる。
「いや、全然」
そして、ルシアの抗議にはあっさりと否を答えたノーチェにルシアは恨めしそうにじとっ、とした半眼を向けた。
「いやまぁ、良いだろ。ちゃんと助けてやったんだし...俺は俺の目的があってのことだったけどな」
そう言う彼はいつもと違って、かっちりした従者としての恰好をしていた。
とは言っても、既にそれの上着を脱いで、首元を緩め、袖を捲ってだらりとした風に着崩してしまっているけど。
おおよそ、主の妻の前で取る恰好ではないが、普段も本当に王宮内でその恰好は良いの?と聞きたくなるほどラフで動きやすい恰好をしているし、無礼も不敬もそもそもあったもんじゃないので気にしない。
だが、彼がそのかっちりとした姿で呼びに来てくれたお陰でまだまだ続きかねなかった王妃とのタイマンを切り上げることが出来たのである。
最初から一緒に居たイオンでは切り抜けることは難しかった状況であった為、助かったのは事実だ。
「ええ、その件は感謝してるわ。貴方の目的についてもちゃんと分かっているからわざわざ言わなくて良いわよ」
そう、さらっと流したことで今度はすん、とノーチェが表情を失くすのを見て、ルシアは内心で苦笑を浮かべた。
「分かっているわよ。貴方がわざわざそんな服装をしてまで迎えに来た理由も、そう踏み込んだ会話になる前に都合良く連れ出しに来れたことも含めて全部」
ノーチェは密偵だ。
その行動がどういった意図だったのかはルシアはしっかりと分かっていた。
「さっきも言ったけれど私は気にしていないわ。確かに貴方は私を、態度を軟化させるくらいには危険度が低いと判断したのかもしれないけれど、少しでも不穏な組み合わせであれば監視することもあるのはちゃんと貴方の仕事よ。少し職業病だとは思うけれど、だからといってあの状況で私を信用して放置なんてしたら私が喝を入れてるでしょうね。そんなことでカリストの味方をしようなんて嘗めないで、と」
それはそうだ。
あんなにタイミング良く駆け付けたなら、それまでの一部始終を見ていたということ。
そして、これ以上会話を続けさせたくないということ。
まぁ、ルシアとしては苦痛でしかない王妃とのタイマンお茶会、正直に言って良いのならもっと早く来いよ!!だった。
だからと言って良いのかは不明だけど私は気にしていないし、裏の行動心理を知っても助かった、と思うだけなのでそんな後ろめたそうに言われた方が困るというものだ。
「はぁ...嬢さんには敵わないな」
「あら、もっと褒めても良いのよ?」
「その性格の悪さは十分、貴族社会を渡っていけるもんだと思うけど」
「貴方の口の悪さも同じくらいなんじゃない?」
にっこりと微笑みながら軽口には軽口で返してやる。
この手のやり取りはイオンと繰り返し繰り広げてきてもうざっと6年だぞ。
私はその程度で怒るでも怯むでもするほどの可愛げは前世でも持ち合せていなかったから前々世にでも置き去りにしてきたに違いない。
「お嬢ー、入浴の準備が整ったようですけどー」
「今、行くわ」
疲労もあり、すぐさま休憩に入れるように入浴の準備を頼んでいたイオンが戻ってきた。
準備の完了を伝えるイオンに返事して、ルシアは立ち上がる。
「じゃあ俺は浴室まで送り届けたら戻るんで」
「ええ、今日はご苦労様」
ノーチェも王妃と対峙して疲れたことだろう。
今日は私のように後は身体を休めると良い。
そう思いながらルシアは後はベッドへ直行してダイブする為に浴室へ向かうのだった。




