425.主人公と悪魔の戦闘は(後編)
※引き続き、カリストの視点となっております。
「はっ...!!」
「っ、......!!」
ガキィン、と金属を打つような音がする。
先程までとは比ではない重い音だった。
一撃一撃がずんと重い。
だというのに、俊敏さまで加味された攻撃は矢継ぎ早に敵を殲滅せんと襲い掛かる。
全て、カリストがアドヴィスの剣を打ち付けた音だった。
猛攻、その言葉に相応しい攻撃はさすがに余裕然としていたアドヴィスも口を噤んで応戦する。
ガキィン、ガキィン、と音が鳴る。
この場で何よりも大きく高く澄んだ音が相手を殺す気で振るわれる剣の鍔迫り合いなど、皮肉も良いところだ。
次から次へと流れるように攻撃が繰り出される。
受けて、流して、避けて、時に最小限の犠牲で喰らい、血が舞う土が舞う。
そして武器は剣だけではない。
蹴りに肘に最早、乱闘とばかりに全身を使って戦うさまは行儀悪くとも本気の攻撃であった。
「!」
ガキィン、もう一度高く上がった音を最後にアドヴィスは一気に後方へと飛び退いた。
カリストが追撃する為に距離を詰めようとするも、顔面前に投げられた筒を見て、瞬時にそれを空中高くへと跳ね上げる。
爆音が頭上で全ての音を掻き消すように響いた。
「っと、危ない危ない。本気の貴方にはさすがに死を覚悟してしまいます。」
「――その割には余裕そうだが?」
舌打ちを打ちたくなるのを抑えながら、カリストは目をより鋭くさせて剣を構え直した。
アドヴィスも先程までよりは言葉に余計な装飾が少ない。
まだまだ口が閉じ切ることはなさそうではあったが、確かにアドヴィスは隙のない姿勢でカリストと対峙していた。
だから、速やかに攻撃を繰り出そうにも出来ず、期を窺うようにじり、とカリストは足に力を篭めた。
歩けば数歩分先で立つ男が苛立たしい。
今すぐに排除せよ、と脳が警鐘を鳴らす。
危険人物だ、野放しには出来ない、いつかのルシアと同じような感想をカリストは抱く。
だが、それ以上に刻一刻と状況が急変しているだろう未だ止まない黒煙の存在がカリストに殊の外、焦燥を与えていた。
睨み合い、というには一方の表情が嘲るようなものではあったものの、戦場ならではの自らの敵から一時たりとも逸らすことのない視線が向かい合う。
糸が張ったような緊迫感と無言の探り合いが応酬される。
しかし、それは長じることなく、最初にそれを解いたのはやはりというか、アドヴィスであった。
「...ふう、もう少しだけ遊んでみるつもりだったのですがね。皇宮内に仕掛けたもの全てを爆発させるのも一興かと思っていたのですが。」
「は、依頼主ごと吹き飛ばすとでも言うつもりだったか。」
吐き気すら覚えるアドヴィスの言葉というよりその思考に吐き捨てれば、アドヴィスは顰めた表情から戻らないカリストの顔を見て一度、目を瞬かせてからにんまりと笑った。
カリストは頭の中で一層、警鐘が鳴り響いたのを聞く。
悪魔が呪詛を吐き出すように口を開く。
ゆっくりとしているのに止められない辺り、良くも悪くもアドヴィスの声はよく通る。
「確かに第二皇子殿下に雇われた、と申しましたが、兄君の第一皇子殿下なら兎も角、第二皇子殿下では役不足というものですよ。良い物件ではあったのですがね、こうして貴方様と早々に再会出来ましたし。だが、如何せん彼では国家転覆させるには未熟過ぎる。」
考え方もその行動も頭脳も才能も。
アドヴィスはアリ・アミールをそう評価する。
所詮は大それたことが出来る器ではないのだと。
自分の利益の為に雇われるという形を取ることはしても所詮は自分の計画した策を実行する為の盤上の駒でしかないのだと。
横から覗き見、時に口を挟めるほどの人物ではないのだと。
確かにカリストが伝え聞くアリ・アミールではこの悪魔を御することは難しいだろう。
扱え切れずに身を滅ぼすだけだ。
もっとも、これと並べるだけの人物など決して隙を見せずに近付けさせないか、敢えて傍に奥か、それとも同類か、というところだとカリストは考える。
ああ、シャーハンシャーならばそのうちに含まれるだろうと納得した。
「さて、今度こそお暇させていただきますよ。それではまたの再会を願って。」
「させるかっ!」
話を切ったその瞬間に退避の態勢に入って、そう告げたアドヴィスにカリストは一気に近付く。
下に構えていた剣を天へと向けて、一閃。
だが、ぎりぎりのところで躱されて、アドヴィスは先程よりも距離を空ける。
同時に本日二度目の遠方からの爆破音と真っ直ぐ上がっていた黒煙が円を描くように膨らんで揺れる。
地面が空気が揺れた。
カリストの意識がどうしたってそちらに向いてしまったその一瞬、それをアドヴィスは見逃さず、一気に逃走に走ったのだった。
カリストも一呼吸遅れて追いかけるも身軽さはあちらの方が上であったのか、それとも逃走の技術が一際高いのか、追い付けない。
そうしている間にも黒煙が色濃くなっていた。
「くそ...っ!!」
カリストは悪態を吐く。
腹の奥で己が身すら燃やし尽くしてしまいそうな炎がぐるぐると行き場を失くして、蜷局を巻いているのを感じながら、衝動的に拳を強く握り締めた。
爪が深く掌を刺し、血が流れた。
きっと気付かれれば、ルシアに怒られるだろうと容易に想像しながらも何処かへとぶつけたい激情を追いやるようにカリストはより拳に力を篭めたのだった。
同様に噛み締めた歯も歯軋りの音を立てる。
「――皇宮内に入る。総員、突入準備を整えろ。」
真剣な顔と声でカリストは振り向き、己れの側近たちに向けて、そう告げた。
イストリアの紺青が高温を秘めて、ゆらゆらと揺れていた。
前後編に変更しました。
一応、カリストたちの方の話はこんなところ。
次回からはルシアに戻りますよ、やっと出番だね主人公。




