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418.紅と赤、二人の皇子の物語(後編)


「そもそもの事の始まりは先程も()べたように我が国の次期皇帝という座を巡っての言わば、後継者争い。そして、それがここ近年で群を抜いての最有力候補と言われるほどになった俺とアリ・アミールの一騎打ちとなるだろうという話はこの場の誰しもが知っていることだろう。」


全ての視線だけでなく、意識が自分に向いたことを察してか、ゆったりとシャーハンシャーは前提の部分から語り始めた。

そう、根本は作中でも現実でもタクリードの次代を巡る後継者争い。

何処の国でも何処の貴族の家でもありがちな、それ。


「しかし、それもまた表立ってのことであり、実質は次期皇帝に指名されるのはまずもって俺だろうという話も聞いたことがあるだろう。もし、聞いたことがなかったとしても皆、内情は拮抗しているのではなく、アリ・アミールより俺の方がずっと優勢で既にほぼどちらか決まったようなものだと思っていたのではないか?」


試すような、そんな口調で朗々と語りながら途中でシャーハンシャーはそう問いかける。

もう一度、やや大きめに周囲がざわついたのは彼の言葉が的を射ていたからだろう。

これもまた、イストリアに居たルシアたちさえ聞くことの出来た話。

他の皇子や皇女たちと一線を画すシャーハンシャーとアリ・アミール皇子。

この二人の一騎打ちと銘打って(ささや)かれながらもその実、次期皇帝はシャーハンシャーで決め手だろうと誰もが(うわさ)する。


それはシャーハンシャーの圧倒的なカリスマ性による絶対的な支持率。

それはこの二人の皇子が同腹であり、シャーハンシャーが双子とはいえ、兄にあたること。

その他、色々な事柄を全てをひっくるめて考えた結果、行き着く答えは大体、シャーハンシャーの言う通りになる。

ルシアが贔屓目なしに二人のスペックを見ても、同じ結果に至ったのだ。

実際に二人の皇子を近くで見て、その性格も人となりも知った上で行き着いたのも同様であった。


「だが、それでもアリ・アミールを玉座に就けたい者たちが居た。だからこそ、最有力候補は俺一人とはならなかったのだ。そうして、その者たちにとって、最もの障害である俺を邪魔に思うのは当然の道理。」


後継者争いにて、最大の敵を(うと)ましく思うのは道理。

当の本人たちはどうであれ、その周囲が、特に必死に自分が推す皇子を玉座に就けようと目論む者たちがいがみ合うのは何もここ、タクリードだけはないことをルシアは身を持って知っている。


「だが、ただ蹴落とすには俺は(いささ)か強敵過ぎたらしい。」


「......!」


限りなく事実かもしれないが、シャーハンシャーの言い分はあまりにも不遜過ぎた。

ルシアを含めて観客は息を呑んで瞠目する。

しかし、当の本人は悠然とした笑みを浮かべるだけ。

自分の言い放った言葉が大袈裟だとは露とも思っていない男の顔で態度であった。

そして、それはその不遜ささえも彼には相応(ふさわ)しいのだと周囲に思わせる。


「このままでは十中八九、玉座に就くのは俺だろう。しかし、廃嫡にする手立てもなければ、理由とするような失態も隙もない。そう思った奴らは別の方法を取ることにしたのだ。」


完璧超人。

ルシアからすれば、その性格に難ありのシャーハンシャーはそう呼ぶに相応しい人物である。

勿論、全てが完璧という訳でもないが、彼は自らの立ち位置を恐ろしく正確に理解した上で行動し、策を巡らせるので、その立場を揺るがすような事柄に関しては全くの隙を見せず、それはもう、何を持ってしてでも太刀打ち出来そうにない何枚も上手の手強(てごわ)い人となる。


「それが此度の件。アリ・アミールによる第一皇子の成り代わりだ。」


シャーハンシャーは語る。

この経緯と説明を簡潔に、そして確実に知らしめていく。


「俺に付随する人望も立場による元来の有利も全て、それらを利用できる。何より、俺を蹴落としたとしても後々ついて回るだろう問題もまた減る良策と言えるだろう。」


こうして今、大勢の前で完膚(かんぷ)なきまでに断罪する為の説明をし、彼らの所業を暴いているというのにシャーハンシャーは褒めるようにそう言った。

ただし、その褒め言葉は上から目線のものだ。

敵の、好敵手の寄越(よこ)した攻撃に大打撃を受けて賞賛しているというよりは格下の者が予想より(したた)かで賢かったこと少し目を丸くして、面白がったような。


アリ・アミール皇子を支持する者たちの策は確かに成功すればこれ以上ない旨味のある策ではあった。

それの成功率が高いか、低いかは置いておいて。

だって、それだけにシャーハンシャーの持つ物は素晴らしく魅力があるのだ。

そして、仮に万が一、シャーハンシャーをこのように成り代わりなどと回りくどい策を巡らすことなく、正々堂々と蹴落とすことが奇跡的に出来たとして、果たしてそれでアリ・アミール皇子の支持が上がるのかと言われれば、否である。


多少は上がるだろうし、彼を国民も含めて皆、次期皇帝と見るだろう。

しかし、ふとした時に。

若しくはアリ・アミール皇子が些細であっても失態を犯した時、さらには彼がシャーハンシャーよりも劣っていた時に人はこう言うだろう。

シャーハンシャーの方が相応しかったのではないか、と。


勿論、罪人として蹴落とした場合、アリ・アミール皇子が失脚するような事態に(おちい)ったとしても冤罪と認識されなければ、シャーハンシャーの元にそのお鉢が回ってくることはない。

だが、人とは勝手なものでもし、彼が罪人でなければ、と過去の良いところばかりを取り上げて好きに(さえず)るのだ。

それが殿上人たちのことであるのなら、他人事のように遠く感じているのならよりもっと。

そして、そうしたものほどいとも容易(たやす)く駆け巡り、形を変え、巨大化し収集が付かないくらいに膨れ上がる。

止めようとしても人の口には戸が立てられないとは前世でよく言ったものだ。


そうした柵が例え、シャーハンシャーを完璧に蹴落としたとしても、アリ・アミール皇子が既に玉座に就いて皇帝となっていたとしてもずっと付き(まと)うのだ。

その辺り、第一皇子の振りをしたとて無くなる訳ではないが、第一皇子を退けて就いた第二皇子よりはずっと細やかなものだろう。


だからこその今回の策戦。

まぁ、その分リスクも段違いに跳ね上がるそれをアリ・アミール皇子自身もまた利用したということだけれども。

いや、彼が利用しようと思ったからこそ、実行されることになった策戦だ。

そうでなければ、曲がりなりにも最有力候補の皇子を推す者たち。

こうもハイリスクハイリターンの策を取るとは思えない。


「だが、それもここまで。俺と既知であるイストリアの第一王子をここに来させぬように足止めをしていた者たちもその第一王子によって既に捕らえられた。貴様に付く者たちもこの場に居る者以外は一掃済みだ。さて、俺はここまで語ったが、口を開く気にはなったか?なぁ、我が弟アリ・アミールよ。」


物語の最後を締め括るようにシャーハンシャーは言葉を紡いだ。

最後の最後で挑発的な笑みを浮かべて、シャーハンシャーは周囲へと落としていた視線を再び、自分とよく似た赤へと見据え、見上げたのだった。


今回はずっとシャーハンシャーが喋り通しでしたね...。

まるで観衆に演説するように、探偵が殺人事件の真相を語るように、主役が名場面を演じるように、話者が一つの物語を読み聞かせるように。


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