40.忍耐チャレンジ
「皆様、ご機嫌麗しゅう。王妃様、此度はお招き大変嬉しく思います」
王妃主催のお茶会等というこの上なく恐怖の招待状もとい、呪いの手紙が届いてから即刻、ルシアはそれに相応しい恰好へと装いを替えて、今、敵陣の只中に立っていた。
ルシアとしてはこの完全なるドレスアップは全身これ武装である。
騎士の戦闘服が鎧なら淑女の戦闘服はドレスだ。
「よく来てくれたわ。貴女はもう私の義娘だもの、今日はより仲良くなれたら嬉しいわ」
王妃の言葉に口元を引き攣らないように気を付けながら微笑んで返す。
全くもって心にも思ってないくせに。
駒としか見ていないことは知ってんだ、この悪女。
さて、今回はどういったつもりだろう...?
ただ現状を聞き出したいだけなのか、本格的に手駒として動かすつもりか。
それによっては対応が変わってくる。
「皆さん、お揃いのようね。今日は内輪のお茶会だからそう畏まらないで楽しみましょう」
周りを見渡し、席が埋まったのを確認して言った王妃の言葉に、参加者のご夫人たちはにこやかに談笑をし始める。
しかし、その会話の主は探り合いの腹の突き合いである。
言葉巧みに言外に大きく包みながら、なんとかして自分の情報を聞き出したい人、対立する家の夫人から弱みを掴もうと躍起になる人、他の夫人の会話をただ聞き手に回っているようにみえてちゃっかり情報も弱みも掻っ攫っていく抜け目ない人。
本当にそれぞれがそれぞれ、性質が悪い。
王妃だって畏まらないでと言いながら、自分を敬わない人間に容赦をしない。
見た目には蝶よ花よと華やかで煌びやかな楽園のようなこのお茶会は中身は見事にどろどろした泥まみれ。
あー、ここは天国の虚構を見せる薄ら寒い地獄かー。
そう感じられるほどに負の感情が渦巻いているのに何処までもにこやかで悪感情とは無縁に見えるこの異常空間で、ルシアは時間よ早く過ぎろー、と念じながら同席する夫人方の攻撃の手を、王妃に気付かれないように苦心しながら回避し続けるのだった。
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「ルシア様はとてもお強いお方ね。確かに第一王子殿下は誰もが羨む美貌をお持ちではあるけれど、私たちではとてもとても不相応で横へ並んで居られませんわ」
「ふふふ、殿下はお優しい方ですから。そういった不安も気にならぬのですわ」
嫌味にはそうと気付かぬ振りをしながらしっかりと打ち返せ!
何回、それを繰り返しただろうか。
またもファウルか!?
そろそろホームランも重なって終わりだろ!!
延長戦だってこんなに打ち続けないよ!?
なあに、これの正式名称は「みんなで王子妃を嘲笑って扱き下ろそう会」かな?
もう残りHPほとんどないよ。
「ルシア様、こちらの甘味は如何ですか?」
「ありがとうございます、伯爵夫人」
隣に居た女性が一皿に乗ったデザートを差し出してくる。
王妃主催のお茶会で何か起こればそれは王妃の責任ともなる。
そういった意味では狡猾な王妃がまず何かを盛ってくることはないし、その他参加者も王妃の怒りに触れる真似はしないはずだ。
悲しいことに敵陣の中が一番安全だというジレンマ。
とはいえ、もし形振り構わずに行動されれば見事、一番の危険箇所に早変わりになるだろうことも事実であるが。
全くもって嬉しくない。
さて今、圧倒的に優位なのは王妃である。
そんな捨て身の策を講じる必要は一つもない。
なので、異物混入はないものとして口を付ける。
それでも最小限、不自然にならない程度に抑え、自ら手を伸ばすことはしない。
まぁ、いくら可能性がないに等しくても、いくら絶品のデザートでも、敵陣で美味しくいただくなんていうのは話が別だ。
それこそ、それが可能なのは裏で相手を追い詰めて、後は引導を渡すだけというシチュエーションぐらいなものだろう。
残念ながらまだまだ王妃の掌で踊るが関の山である。
デザートを差し出してきた夫人を見やって、口角を持ち上げて称賛の言葉を並べる。
うん、こんな場所でさえなければもっと語彙も豊富に褒められたことだろう。
それが残念でならない。
「伯爵夫人はどうしてこのお茶会に?」
ルシアは何も考えていないように見せながら尋ねる。
普通ならこんな直球玉は失笑ものだ。
下策を通り越して愚か。
そう見えるのであればこちらとしても狙い通りで良いんだけど。
「まぁ、ルシア様ったら。此度の集まりは王妃様のご主催ですから、王妃様に光栄ながらお声掛けいただいて、こうして参加させていただいているのですわ」
何を分かり切ったことを。
そう言外に聞こえてきそうな言葉に、ルシアは微笑んでそうですか、とだけ答えた。
思った通り、世渡りも碌に知らない愚かで何も知らない小娘に見えたようだ。
王妃に呼ばれたから、ね。
確かに直球玉を投げる小娘程度にはそれで良かったかもしれない。
けれど、私は王宮内の派閥を知らないほど馬鹿じゃなくてよ。
この夫人の婚家である伯爵家は王妃陣営ではない。
まして第一王子陣営ではないけれど、彼女とその夫の家はここに本来なら居ないはずの国王陣営。
中立という名の一番どう動くか読めない、家によってピンからキリまでどんな思惑があるか分からない陣営でもある。
まぁ、内輪にし過ぎても他所から腹を探られるならという理由で呼ばれているかもしれないけど。
それでもこの場に居る他の国王派の家の夫人も含めて意図的に参加者と選ばれたと見ても良いだろう。
元々、こういう場での貴族夫人の仕事は夫人ならではのネットワークで情報を集めること。
そんなに密偵の仕事と変わりはしないものだ。
もうほんとに勘弁してよ。
HPだけじゃなくて疲労度、SAN値だってごりごり削られていてそろそろ思考が現実逃避して停止しそうだ。
「...もう、良い頃合いだからお開きと致しましょうか。本日は皆様が有意義にお過ごしになれたのであれば喜ばしいわ」
そこで王妃がお茶会終わりの文句を告げた。
よっしゃ、乗り切った!!
もう当分、頭だけではなく胃も痛くなるような仕事は働きたくない。
皆が別れの挨拶を述べて散っていく中を私も乗じて帰路に就こうと席を立ち上がったところで毒のように甘い声が降ってきた。
振り返りたくない。
まるでギギギと音を立てそうなほどにぎこちなくルシアは振り向いた。
「ルシア、貴女とは二人きりでお話ししたかったのよ。先程、お開きとしたばかりだけど後少しだけ私に付き合ってくれるかしら?」
にこやかな王妃の目が毒蛇のように細まっている。
既に脳内はもう嫌だ、帰って思う存分に寛ぐのよ、と掻き鳴らしている。
だから、もう私のライフはゼロなんだって。
そう叫びたい衝動と頭に響く警鐘に折れてしまいたいと思いながら、ルシアは喜んで、と同意の声を返したのだった。




