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415.優しい結末、それは無く


「なに、を...。」


「言いたいことはそれだけか、と言っている。アリ・アミールの、彼奴の助命を嘆願する、それだけか、と。」


急変したシャーハンシャーの放つ威圧がルシアの知っているそれとはまた違うものに思えて、ルシアは呆然と呟きをシャーハンシャーへと向けて溢す。

別の何かになってしまった紅からルシアは自分がよく知るものを探そうとするも見当たらず、得体の知れなさをより感じ取り、反射で足を一歩後ろへと引いていた。

そんな本能的な部分で捕食者を前にした小動物の萎縮とも言える行動を取ったルシアに対して、シャーハンシャーは悠然と質の異なる威圧を(まと)って、言葉を紡いだ。

どうした、言うてみろ、と催促するくらいにはこの場を支配する彼だけが圧倒的な余裕の笑みを浮かべていた。


「......え、ええ、そうよ。理由は先程も言った通り。彼はこのまま捨てるには惜しいでしょう?...確かにここまでのことをわざわざ用意してきたシャーには不服な部分もあるでしょうけれど、得られる結果は見劣りはしないはずよ。」


シャーハンシャーの表情、態度、纏う空気、(いま)だ全てに気圧(けお)されながらもルシアは気丈を保って、瞳に炎を宿し、自分の意見を述べた。

それはシャーハンシャーへ最初に協力を申し出た際、ルシアが語ったシャーハンシャーの欲する結果そのものを手離せ、と言っているようなものだった。

普通は到底、看過出来ることではない。

けれど、ルシアは怯える態度一つ見せることなく、(にら)み付けるように圧倒的強者であるシャーハンシャーを見据える。


「貴方なら、悪役を倒した英雄なんて称号などなくとも圧倒的な支持を持ってこの国に君臨することが出来るでしょう。いえ、あの時はそれが貴方の目的と私は言ったけれど、そもそも貴方はこんな茶番を起こしてまで英雄になろうとは思わない人だわ。(いつわ)りなく、自分の実力のみで人の上に立ち、ありのままの自分を認めさせる、それを有言実行出来る人。」


ルシアはアフダル・アル・サーレスで協力することの了承を得る為にシャーハンシャーへ推測を語って聞かせた。

勧善懲悪、次代を不安に思うだろう民の心を惹き付ける為の言わば、拍付け。

けれど果たして、そんなことをシャーハンシャーとあろう者が望むと言うのだろうか?

作中で描かれたタクリードの若き皇帝シャーハンシャー。

暴君であり、賢君と大袈裟なほどの呼び名がこの現実であっても誇張でも何でもないことをルシアはよく知っている。


実はアフダル・アル・サーレスでのあの時もルシアは完全に線で繋がった推測に満足しながらもシャーハンシャーらしくない、と見逃す程度の明確さのない、形にならずに消えて忘れてしまうような違和感をほんの玉響(たまゆら)の間に覚えていた。

実際にルシアはそれを拾い上げて追求することなく、ここまでやって来た。

けれど。

よくよく考えて、ここに来て、アリ・アミール皇子と本音を聞いて、気付いたのだ。


ルシアの推測したそれ。

それは正しく、アリ・アミール皇子の企てたそれそのものと言うに相応しいものではなかったか。

ルシアはシャーハンシャーが敢えてアリ・アミール皇子の策に乗っかっていること自体には気付いていた。

シャーハンシャーがまだ何か企んでいることも。


「あの夜、アフダル・アル・サーレスの街外れで貴方は私の推測を及第点だと言った。つまりは間違ってはいないけれど、本命でもないということでしょう?ついでに過ぎない。」


得られたなら良し、けれど得られなかったとしても別段深追いするほどのことでもない。

アリ・アミール皇子が欲し、ルシアがシャーハンシャーも欲していたと思った結果。

しかし、それが事実、シャーハンシャーの最も望むものではなかった、とルシアは指摘した。


ルシアが推測して当てたのはアリ・アミール皇子の求めるもの。

シャーハンシャーにとっては副産物に過ぎないそれはああ、正しく及第点だった訳だ。

一瞬、気圧されたものの、語るうちに調子を戻していったルシアは細くなった一対の紅に今度こそ正解を知る。

ならば、ここからの軌道修正も出来るはず。


「ならん。」


「どうして...!?」


だが、一寸の希望も呆気なく、シャーハンシャーはそう断じた。

理屈や理由を並べることなく、ただ一言。

つまりは決して覆ることがない、取り付く島もない、ということ。

ルシアはそうと頭で瞬時に処理しながらも叫ばずにはいられないとばかりに声を上げる。


「話は仕舞いだ。スズ、行くぞ。」


「シャー......!!」


しかし、ルシアの高く響いた叫びにもシャーハンシャーは眉一つ動かさずに冷めた表情のまま、視線を外し、己れの部下へと指示を飛ばした。

かち合えば(すく)み上がってしまって逸らせなくなるような紅はもう、ルシアに向いていない。

シャーハンシャーは本当に話を切り上げてしまった。

ルシアの必死の声もその耳には届いていない。

これ以上、聞く価値もない、と言われているようだった。


「シャー!どうして!?そうまでして、こだわるほどのものだと言うの...!自分を想う同腹の弟より!貴方は何を考えているの!」


ルシアは淀みなく廊下を歩み出したシャーハンシャーに追い(すが)るように小走りで追いかけながら、その袖を掴み、横から見上げ、問いかける。

しかし、シャーハンシャーは確かに袖を引く感触を味わっているだろうにルシアを歯牙にもかけない。

ずんずんとそのフードの下で涼しい顔をしているだろうスズと共に躊躇(ためら)いなく、進む。

部下が部下なら、主も主である。

興味の失せたものには一瞥(いちべつ)もくれないと言わんばかりのそれはルシアの中に大きな焦りを生む。


「シャー!待って、お願いよ。待って!」


元より、すぐ傍に待機していた彼ら。

ルシアの声が届く間もなく、そこに着いた。

そこには舞台へと上がる為の扉がやっと現れた主役を歓迎するように(そび)え立つ。

門番はいつの間にか、静かに寝息を立てて、倒れ伏していた。

ルシアは最後の抵抗とばかりに一際大きく声を張り上げた。


だがしかし、ルシアの必死の制止も甲斐なく、目の前の豪奢で荘厳、二人がかりで(ようや)く開かれることが出来るだろう扉はいとも容易(たやす)く、堅く閉ざされていたであろうあちらの景色をルシアたちの視界に(さら)したのだった。


前話は前半と後半で時系列が違うということが分かりにくかったかな、と思いつつ。


昨日は申し訳ありませんでした。

今はすっかり落ち着きましたのでご心配には及びません。

では、次回の投稿をお楽しみに!


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