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414.優しい結末


「シャー!待って、お願いよ。待って!」


ルシアは形振(なりふ)り構わず、自分をよく知る者、知らない者問わずにこの形相を見られていると理解しながらも恥など捨てて、黄金のようなその人の腕に(すが)りつくように全身で食い止めるように引っ掴んだ。

対して、シャーハンシャーはルシアの必死の制止など、何の障害にならないとでも言うように一度止めた足で、胡乱(うろん)な紅で一瞥(いちべつ)をくれた後、足元に転がる人影を蹴り避けるようにまた一歩前に出た。

ルシアは引き摺られるように足が磨かれて光を弾く廊下の石床の上を滑る。

それでも、ルシアは力を緩めることなく、シャーハンシャーを止めることだけに全体重を乗せていた。


「シャー、シャーハンシャー......!」


泣き声と(まが)う、そんな悲鳴のような叫びを上げる。

廊下にこだまする。

誰かに聞こえたら、もうそんな配慮をするよりもルシアは全力を一人に差し向ける。

放った声が紡いだのは彼の名前だけ。

ただ、それだけにルシアの言いたいことは全て篭る。


「――ルシア。」


「っ、...!」


びくりとルシアは跳ねた。

シャーハンシャーもまた、ルシアの名を呼んだだけだった。

けれども、ルシアはシャーハンシャーの内心を覗いてしまったかのように動きを止める。

硬直した重石が出来上がった。

ただ、諦められないルシアの(のど)だけが(うめ)く声を上げる。


護衛たちも手が出せなかった。

相手がシャーハンシャーだったということもある。

シャーハンシャーの(まと)う空気が一瞬でまた気圧(けお)するものに切り替わったこともある。

何よりスズの魔法によってか、ルシアとシャーハンシャーの傍に近付けないようだった。


「此度の協力は感謝しよう。しかし、俺はこの茶番を止めることまでは許していないぞ、ルシア。」


静かに、いつもと変わらぬ口調で、けれど堂々とした風格を持って、シャーハンシャーは告げた。

突き放すように先程まで無害なものを見るようにルシアを見下ろしていた紅は今、脅威を振るう猛獣の如く、邪魔立てするのならばここで噛み殺してやる、とでも言うように獲物を見るように爛々(らんらん)とした強く恐ろしい輝きを放っていた。


今まで排除しなかったのは害にならなかったからだと言うように。

取り立てて注意を払う必要はなかったからだと言うように。

本来ならば、一瞬でルシアなど赤子の手を捻るように簡単に消し去ることが出来るのだと雄弁にその紅は語っていた。


ひくり、とルシアは喉を鳴らす。

シャーハンシャーならば、やる。

確信持って言える。

いくら、ルシアがシャーハンシャーに気に入られていようと。

煩わしい、そう判断したその瞬間にシャーハンシャーはルシアが他国の王子妃という立場を持っていることをよく知った上でその手を下すだろう、と。


「役者はもう舞台上に揃ったのだ。ならば、後は終幕を降ろすまで物語を紡ぐのみ。――当初の筋書き通りにな。」


そう言って、今度こそシャーハンシャーはルシアから視線を完全に外して、前へ踏み出す。

正面、大きな扉がその脇に昏倒した門番を(たずさ)えて、(そび)える。

そうして、ルシアの願いなど知らぬとばかりに。

無情なほど滑らかに二人がかりで(ようや)く開けられるほどの大きな扉が独りでに音を立てて、主役を迎え入れるように開かれたのだった。



ーーーーー


「ほう、ここに来て提案と来たか。さぞや、今以上に有益となる提案なのだろうな。」


「――ええ、それは勿論。」


試すように、そんな言葉が相応しいような声音でシャーハンシャーは言った。

腕を組み、話を聞く態勢を取りながら、挑めるものなら挑んで来い、と眼差(まなざ)しが語る。

(うなず)かせてみせよ、と薄い唇が弧を描く。

ルシアはそれを正面から受けながら、気丈に立ち向かうように微笑んだ。

灰の瞳は炎に燃える。


「提案は一つだけ。余計なことは一切言わない。単刀直入に一つだけ。」


「ああ、言うてみよ。」


言葉すらも余計な装飾は切り落として宣言したルシアにシャーハンシャーは笑う。

その姿は何処までも余裕を崩さない。


「アリ・アミール皇子をこのまま断罪しないで。彼は、彼の本心は貴方を想ってる。このまま敵として排除しなくとも彼が今後、貴方の敵になることはないわ。幸い、まだ貴方は入場していない。予定通りにカリストが起こした外の騒動は少々強引になるとは思うけれど、まだ誤魔化せる。今回の件、白日に(さら)さずに水面下で終わらせられるわ。シャー、貴方が出ていかなければ。


カリストが上手く立ち回ってくれたから他の害虫は駆除出来る。虫ごとそのまま身中に飼えと言っている訳ではないの。ただ彼を一緒に(ほふ)るのは止めて。彼はここで排除するには惜しいほど貴方の良き駒になるわ。だから。」


ルシアは率直にアリ・アミール皇子の本音を聞いて以降、感じ、思ったことをつらつらと告げていく。

確かに舞台は整い、もう開演のブザーは鳴った。

けれど、シャーハンシャーさえ出ていかなければ、幕は上がらない。

主役が居なければ、どうしたって物語は進まないのだから。


ルシアはアリ・アミール皇子を退場させない利点をシャーハンシャーに示す。

拗れたものを(ほど)くように、誰だって結末は優しいものを望んでいるだろう、と。

全てを(すく)えるとは思わない。

けれど、出来る限りを掬い上げようと説得にかかる。

スズに宣言した言葉はそのままルシアの心を強く支えていた。


このままシャーハンシャーさえ出ていかなければ、舞台は中止になるだろう。

シャーハンシャーさえ出ていかなければ誤魔化しは利くのだ。

断罪イベントなんてものはなく。

和解とはいかずとも、また二人で未来へと足を踏み出せるはずだから。


用意した結末とは違うものになるけれど。

でも、それは感情的にも冷たい損得勘定としても、良い結末だ。

少しじゃないほど不格好だけれども。

それで良いと私は思うから。

けれど。


「――言いたいことはそれだけか?」


ルシアの募る言葉を切るように。

すとん、と表情を落としたシャーハンシャーはそう言った。

まるで面白みも何もない、酷くつまらなくて退屈極まりない話を聞いたともで言うように。


やっぱり、ラスボスは彼ですよ。


すみません、昨日以上に素面じゃない作者です。

昨日同様に変更点が多いと思われ。

状況の説明や何が起きているか、ちょっと分かりづらいかと思いますが、少しだけ待ってくださると幸いです。


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