413.彼女が呈するその提案
「...ルシア、目的は。」
「ええ、ちゃんとやりたいことは果たしたわ。無理言ってごめんなさいね。ありがとう、クスト。」
早足で進みながら、ルシアは横からの落ち着いた声に視線を向けずに受け答えた。
前へ前へと次々に廊下を蹴る足の忙しさとは違い、通常通りの口調で返答出来るくらいにはルシアはもう落ち着き払っていた。
ただ、その正面では引き離されこそされないが全く待つつもりのない速さで歩いていく黒いローブがやや離れた位置で揺れる。
今回、一番無理を言ったのはクストディオだった。
別にそれは指示内容が無茶ぶりだったからではない。
いや、ある意味では無茶ぶりではあったけども。
それはハードスケジュールという訳でも高度な技術が要るという訳でもなかった。
ルシアの頼んだのはただ、第一皇子宮の外で待つこと。
イオンたちには内緒の頼み事だった。
それは現にその通りになったルシアが危惧するところへの対策だったのだ。
その危惧とは先程までの状況を杞憂したイオンたちにアリ・アミール皇子の待つ私室行きを止められないか、というものである。
それはもう、ルシアの危惧通りにイオンもノックスも反対したとも。
そこをクストディオを連れていくということで渋面の二人の同意を得たのである。
しかし、アリ・アミール皇子の本音を聞くのに部外者の存在が邪魔にならないとは限らなかったのでルシアは裏でクストディオには外で待つように頼んだのだった。
そうでもしないと敵陣の真っ只中、そのボスとの対面だというのに信頼の微妙なハサンと二人だけで乗り込むなんてことは絶対に実現しなかっただろう。
即座に却下の上、反論は認めない、この話はここで終わり、である。
絶対に通りはしない。
まぁ、こうしてクストディオを置いていって強行したことも、二人の杞憂が現実となったことでそれが彼らに伝わり、そしてスズが迎えに来たことで既に完全にバレてしまったという訳だが。
全てが終わった後の王子主催の数人がかりの説教は免れないやつである。
クストディオも一緒だ、そこに関しては本当に申し訳ない。
後は出ていくアリ・アミール皇子の様子、皇宮内全体の様子を把握する人材が欲しかったということもある。
だから、閉じ込められた後、すぐにクストディオに駆け付けてもらう訳にはいかなかった。
「――だから、私はこのまま決行するのは良くないと思うの。」
「分かった、ルシアがそう言うなら。」
「ええ、まずは早く合流してシャーに話をしてみるわ。」
ルシアは優先事項として現状把握の為の情報をクストディオから簡潔に報告を受けた後、クストディオに尋ねられるままにあの私室であったことの詳細は省いた大まかなことを答えていた。
そうして、決意とこの後の行動についてを語る。
クストディオは一も二もなく、何一つとしてアリ・アミール皇子の吐露した内容を知らぬままに承諾したのだった。
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「シャー、それにノックス、お待たせ。それとシャー、彼を寄越してくれてありがとう。助かったわ。」
「ルシア様。」
「なに、構わん。まぁ、カリストの方は既にもう、騒々しくしているようだがな。」
ルシアは今の今まで速度を緩めることなく前を行っていたスズがそこに居た二つの影に合流してやっと立ち止まったのを見て、背筋を伸ばし直して、響かぬように抑えた声で前半は二人に、後半はシャーハンシャーに対して呼びかけた。
スズが来たことでルシアの存在にも気付いた二人はくるりと半身を返した状態で返事をする。
ノックスは目礼をし、シャーハンシャーはいつもの様子で事もなげな返事だった。
「――何か掴めたか。」
「――ええ。それでなのだけど、シャー...。」
そのまま近付いていき、ルシアとクストディオも足を止めたところで泰然と、部下と同じで全てを見透かしているかのように、報告をせずとも全てを見て知っているとでも言うように、余裕ある笑みを浮かべたシャーハンシャーがそう放った。
ルシアはそれには言葉を失わずに神妙に見据えた視線を向けて、言葉を紡いでいく。
そんなルシアの決意が宿る心境を表したような表情に何も言わず、だが紅い瞳は細く弧を描く。
「お嬢。」
「......イオン。中の様子は?」
しかし、ルシアの言葉を遮る形となってしまった横合いからの呼びかけに、ルシアは言いかけた言葉を呑んで口を噤み、視線をそちらに移した。
そこに居たのは丁度、戻ってきたところといった様子のイオンである。
その後ろにはアナタラクシが居た。
ルシアはシャーハンシャーが咎めないのを良いことに先程まで口に出そうとした事柄を一旦、横に置いて、こちらが優先とばかりに勝手に予測したことを前提としてイオンに問いかけた。
全ての現状を把握してからの方が良いと判断したとも言う。
何故、ルシアが予測を前提として問いかけたか、それは手の空いたメンツを思い浮かべた時、ノックスが一時的にシャーハンシャーの護衛をし、アナタラクシが外へ、イオンが謁見の間の様子を窺いに行ったと考えるのが一番妥当だろうと思ってのことだった。
アナタラクシではなく、先にイオンへ尋ねたのはただ前に居て、声をかけたのがイオンだったからだ。
ルシアの予測は正確だったらしく、イオンは否定に首を振ることなく、報告を始めた。
「今のところは少しだけざわめいている程度かと。ただ、そろそろ外の騒動が伝わるんじゃないですかね。」
「そう。」
なら、まだ間に合うか。
ルシアは一瞬で状況を鑑みた次の手を脳裏で構築していく。
「アナタラクシ。」
「はいよー。外は数十人がかりで中に入るのを邪魔されてる状態かなー。多分、あの第二皇子側の奴が用意した奴ら。ただ、カリストはそのまま捕えてもその繋がりは証明出来ないから、有効活用するなら第二皇子の企みを暴く時、一緒に突き出すようにってさ。」
「...そうね、どのくらいかかりそう?」
「あの感じだともう一掃し終えて、今頃は中に門を潜ろうとしているとこじゃないかなー。」
今度はアナタラクシに報告するように促す。
アナタラクシもそれを予測していたのか、いつもの伸びた口調ながらもすらすらとルシアに情報を与えた。
ルシアはまた思案げに頭の中で思考を逡巡させて、アナタラクシへ尋ねる。
アナタラクシは素直に聞かれたことへの見解を述べた。
「なら、確実に外の騒ぎは中に伝わったでしょうね...。」
「お嬢?」
微妙、ただ押し切れなくはない。
ルシアは自分の望む結果を導く次の手が打てるか、ぐるりと思考を回して検討する。
それを実行するとすれば、早い方が都合が良いから早急に回す。
その様子と零れ落ちた言葉にイオンは訝しげに首を傾げ、ルシアを呼んだ。
他のメンツもルシアの言葉を待つように視線を向ける。
ルシアはその中でそれすらものともせずに熟考の為に俯きがちになっていた顔を上げる。
一対の紅い三日月と視線がかち合う。
「シャー、提案があるの。」
凛とした、自分の言葉によって発生する責任を知る者の声が鳴る。
真っ直ぐに正面の人物を射貫く瞳の中で確固たる意志を持った高温の炎が爆ぜる。
少女ながらも上に立つ者の気風がこの場の空気を変える中、その視線に射貫かれた紅い瞳を持つ当の本人は心底、面白そうににぃ、と口角を持ち上げたのだった。
久しぶりの焼酎に途中、うつらうつらとしながら執筆したので不出来な可能性あり。
また、後で修正するとは思います。
編集作業は合間に出来るだけ進めるつもりではありますが、時間かかるので最新話だけでなく、本編中の何処でも誤字があったら誤字報告入れてくださると助かります(誤字報告で指摘された物だとボタン一つで修正出来るので)
それでは本日も拝読いただき、ありがとうございました!
次回の投稿をお楽しみに!




