411.アイスブルーの瞳は問いかける
「準備は。」
「え、ええ、すぐに行けるわ。」
何とも言えない空気が流れる中、いつまでもこのままではいけないとルシアが口を開こうとしたその時、意外にも最初にその沈黙を破ったのはスズであった。
その素っ気なくも簡潔な問いかけにルシアは出鼻を良くも悪くも挫かれたことで崩した調子を慌てて立て直しながら、食い気味に返答を返したのだった。
そうして、ルシアが前に踏み出せば、スズは何かを考えるようなじっとした視線をこちらに向けた後にひらりと身を翻した。
「そう。なら、行くよ。」
「!」
これまた簡潔にそれだけを言って、こちらを振り向いて確認することなく、スズが歩き出したので、ルシアは少し早足に後に続いて、自分を閉じ込めた扉を何の感慨を覚える暇もなく、潜り抜けたのだった。
ーーーーー
廊下は何処かひんやりとした空気が落ちているようだった。
それは廊下自体には日が落ちてきていないことも理由だろう。
ルシアはいつもより大きい歩幅と急ぎ足で進みながらも、流れていく横並びの開口部から外を眺めた。
快晴だ。
燦々たる太陽が今日は何かが起こるのだと言いたげに見事に地上を照らしていた。
まるで新しい王の姿を照らさんとばかりに。
フィナーレにはこれ以上ない演出だと言わんばかりに。
ルシアは眩しいほどに降り注ぐ日光に目を眇めたのだった。
「......。」
すっとルシアはもうそちらには用はないというように視線を前に戻した。
今はこちらに集中すべき、という意識が動いた結果かもしれなかった。
ルシアは自分の前をスタスタと早いながらもゆったりとした余裕ある足運びに見える歩行で歩く青年の背を見つめた。
彼、スズはあのシャーハンシャーの私室を出る際にルシアに声をかけて以降、何も言わず、ずんずんとただ目的地へと向けて歩いていた。
自分の仕事はルシアの救援、そして合流させることであって会話は任務外とでも言うようにこの間、スズは一度も振り返ることなく、ルシアの様子を確認することもなかった。
ハサンよりも徹底的に仕事以外は何もしないといった態度である。
きっと、もしルシアが足を止めるようなことがあれば、スズは立ち止まって振り向くだろう。
しかし、それは彼の仕事がルシアを送り届けることだからであって、それさえ完了させることが出来るならルシアに少々の不都合があったとしても配慮するということはない。
まだ第一皇子宮の区域内の廊下を歩いているというのにたったその短期間でルシアはこちらが急ぎ足であることにも反応しないスズを見て、判断したのだった。
気付いていないというよりは、気付いている上で興味もない、が正しい感じなのである。
「...どうして、貴方が?」
それでも、ルシアはその背に声をかけた。
それは閉じ込められてからの今の状況を知る為だった。
辿り着く前に少しでも事前情報が欲しい、その一言に尽きる。
...まぁ、対峙している時よりは黙々と目的に向かって歩くという動作がある為に少しはマシであるものの、沈黙が気不味かったというのもある。
「...君のところの護衛には謁見の間の中の様子を探ってもらっている。外の様子も。後は僕が来るのが一番速やかだった。それだけだよ。」
果たして、答えてくれるかどうかと思ったルシアの考えに反して、スズは割とあっさりと理由を語ってくれた。
印象よりもずっと柔らかな口調だった。
......内容自体はやはり簡潔で突き放したような印象があるけども。
ルシアはそれにふむ、と考える。
確かにイオンならば謁見の間の様子を気付かれないように探るのも上手くやるだろうし、外に関しては王子たちと接触を図ることになるのなら、スズよりはイオンたちの方が良いだろう。
クストディオはまだルシアの言いつけを守ってこの区域外の境界線の辺りで待機しているはずだから、残るはノックスだが、彼はシャーハンシャーの護衛をしているに違いない。
勿論、スズが残ってノックスがルシアを迎えに来ることも可能だっただろう。
元々、スズはシャーハンシャーの護衛をしていたのだし、ノックスとは方向性こそ違うが、護衛という観点において、スズは申し分ないだろうから。
しかし、鍵開けや私室までのルート選びなど、スズがルシアの救出に向かう方がスムーズに熟せると考えての人選だった訳だ。
アナタラクシでも鍵には困らなかっただろうが、彼に手段は些か目立ち過ぎるので。
実に合理的である。
「...そう。何にせよ、来てくれてありがとう。手間をかけさせたわ。」
ルシアはいつものように労いの意味を込めて、大した理由がある訳でもなく、ただただ口に衝いて出ただけといったように護衛たちに言うようにそんな言葉を吐き出した。
王子妃という立場において、そう簡単に口にするものではない感謝の言葉と少しだけ卑下するような自分を下げて繰り出される言葉がセットになるのは前世からの名残である。
最初こそはイオンたちも、そしてフォティアたちもその言い回しに少しだけ気にかかるような反応を示していたものの、口癖のようなもので深い意味があっての言葉選びではないことを理解してからは何も言わなくなった。
だから、ルシアはついついいつものようにそう言っただけだった。
しかし、何かの琴線に触れたかのように今の今まで会話をしていても歩く速度すら落とすことのなかったスズが足を止めて、振り返った。
急なことでルシアはつんのめりかけながらも足を止めて、スズを見上げる。
この数日間、ルシアの顔を隠していた布面とは反対に鼻の上辺りまで全てをフードで覆い隠している顔の中で唯一晒されている薄い唇が開くのをルシアは見た。
「そう言うならどうしてわざわざ捕まりに行くようなことをしたの?手間がかかると分かってるなら、余計なことをしないでくれる。」
辛辣な言葉にルシアは言葉が出ずに息を呑んだ。
それは彼の言葉が刺々しいものの、正論であることをルシアも理解しているからだった。
痛いところを突かれた、と言えば良いだろうか。
勿論、こうしたことに悔いはないし、作戦実行前に同じことを言われたとしても私は実行したことだろう。
ルシアにはアリ・アミール皇子の本音を聞きたいという理由があった。
そして、それは譲れないとも。
本音を聞いた今だからこそ、余計に聞いて良かったと認識している。
それでも、そうするにあたって彼やシャーハンシャー、何より自分の護衛たちに手間をかけていることは事実で、彼らにとってもルシアのこだわったそれがこだわる事柄だとは限らないのもまた事実。
少なくとも、ここでこうして指摘するスズからすれば、今回のことは余計なことでルシアの我儘だった訳だ。
「ねぇ、君は。」
色々な思いが混ざり合ってそれを表現するすべがなくて、顔の色を失っているルシアの様子を見てなのか、呆れたようなため息の後にスズが再び口を開いた。
ルシアはそれに大袈裟なほどに肩を跳ねさせる。
いくら、信念を押し通すと決めている、悔いはなく、例え過去に戻るような大それたことが起こったとしても同じことをするだろうと断言出来るとはいえ、自分でも気にかかっている部分を遠慮なく指摘されれば、誰だって合わせる顔のないような気分になるものである。
けれども、ルシアは最後の気力を持って、逸らしたくなる視線を真っ直ぐに正面に立つ青年へと向けた。
「ねぇ、君はどうして、そうまでして他人の為に動くの。」
周りの人間まで巻き込んで。
スズは静かに温度の見えない声音でそう言った。
ルシアの行動に対する純粋な疑問提示。
自分には分からない行動理念を尋ねるように、ただ純粋に自分が知らないことを問う子供のようにスズはルシアに向かってそう言った。
ルシアはまだスズがどんな人物なのか、詳しく知らない。
けれど、その一人でも何事も速やかに済ませてしまいそうな完璧に熟せてしまいそうな、出来ないという悔しさを知らなそうな雰囲気を纏っておきながら、吐き出された子供らしくも感じるその言葉は今、ルシアの中で形成されつつあるスズという青年の人物像を一から作り直す必要があるくらいに曖昧にさせるには充分で、ルシアは先程まで感じていた気分など忘れて目を見張り、スズを見つめ返したのだった。
ふいに風が廊下に吹き込む。
それは下ろされたルシアの銀の髪とスズの黒いローブを揺らす。
しかし、目深に被られたフードは然程、揺らぎなく、彼の顔を隠し続ける。
だが、一瞬。
大きく靡いたフードの隙間。
影の落とした薄闇の中で光ったアイスブルーの隻眼を、ルシアは確かに見たのだった。
読者の皆様、あけましておめでとうございます!!
年があけましたね!!
このペースだけどんなに長引いても今年中にはこの物語も最後の幕を降ろすことでしょう。
それが正確にいつになるか、まだ分かりませんがその時までどうぞ、応援よろしくお願いいたします。
それ以降もまだまだ時間が許す限りは様々な物語を編んでいく所存ですので、今後もお付き合いくださいますようお願い申し上げます。
さて、では業務連絡?です。
定休日明けで申し訳ないのですが、明日から3日ほど休みをいただこうかと思っております。
翌週の定休日2日分+1日です。
なので、翌週の火・水曜日の投稿はあります。
この3日で編集作業も推し進めようかと考えておりますので、ご理解いただけますと幸いです。
それではいつものように締めましょう。
皆様、次回の投稿をお楽しみに!




