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408.悪役王子妃は悪役の獅子の心中を暴く(後編)


鋭い視線と呆然とした視線が交錯する。

言わずもがな、鋭く剣呑ささえ感じさせてしまうそうな瞳をしているのはルシアで、呆然と逸らし方しら分からずに見つめ返すことしか出来ないかのようにゆらゆらとした色を宿した瞳を向けるのはアリ・アミール皇子である。


ルシアは確信するように、アリ・アミール皇子の返答は一つしかないとでも言うように残酷なまでにアリ・アミール皇子の言葉を待った。

流されるように認めることなど許さないとでも言うように、自らの口から肯定させるように。


「...、......っ。」


口に出そうとして言葉にならない様子で言い(あぐ)ねるアリ・アミール皇子の先程までとは違う(ゆが)んだ顔をそれでもルシアは静かに待った。

アリ・アミール皇子がシャーハンシャーの性格を解っていないはずがない。

ならば何故、こんな愚行に他ならないことをしたか。

そこがシャーハンシャー(いわ)く現実主義者には足りないというところなのだろうか。


けれど、彼の目はそれを一番理解しているようにルシアには見えていた。

言い倦ねるところも全て本当は理解しているけれど、そのことすらを否定したげな顔に。

気付いていない、解っていない顔ではなかった。


それこそ夢を見れ切れていない、そんな目だ。

知らない振りをしたいのに完全には意識の中から除外出来ていない顔。

どっぷりと都合の良い夢ばかりに浸かることが出来ていない顔。

けれど、外にも出たくないと駄々を捏ねているような、そんな顔。

ああ、やっぱりシャーハンシャーの言った足りていないというのは夢想家としても現実主義者としてもどちらもということかもしれない。


「......確かに成り代わるのならば、次期皇帝の指名が行われる夜会の直前。それが一番良い。」


「...!」


だって、相手が一番忙しく慌ただしくしている時期だから。

何よりも反撃されるとしたらそういった行事が思わしい。

その準備期間を与えないという意味でもこのタイミングがベストであったのは間違いない。

だが。


結局はアリ・アミール皇子の言葉を待たずに語り始めたルシアの声は朗々としていて、親が子に(さと)すような優しさのあるものだった。

アリ・アミール皇子は息を呑んで、ルシアの言葉を聞いていた。

耳を塞ぐことも聞かないということも忘れてしまったかのように。


「貴方はシャーが、他の者ならば到底足りないこの短期間で全ての反撃準備を終えて、皇宮へ戻ってくるだろうことを解っていた。」


自分を断罪する証拠を引っ提げて。

私や王子が居なかったとしても、勝手こそ変わっただろうがシャーハンシャーはこの茶番をやり遂げたに違いない。

シャーハンシャーだけだった時のことを考えれば、アリ・アミール皇子が反逆してからのシャーハンシャーが戻ってくるまでの時間が丁度くらいになるのだ。


勿論、ルシアはシャーハンシャーのポテンシャルを全て理解している訳ではないし、アリ・アミール皇子のことも解っていないことは多くある。

だから、詳細までは分からないし、アリ・アミール皇子がどのくらいの想定で(もう)けた期間かは正確には知りもしない。

けれど今回、時間に余裕があったのは自分たちの参戦が要因であるだろうとルシアは読み取った。


「貴方はこの日を待ち望んでいたのではない?この成り代わりが暴かれる日を。」


彼は、アリ・アミール皇子はこの日を待ち望んでいたのではないか。

兄に危険な場所には居てほしくない、その気持ちは確かにあっただろう。

それはあの夜の感情の篭った言葉でよく分かった。


「貴方、シャーに公の場で断罪されようと考えたのでしょ。」


「......。」


けれど、シャーハンシャーを完全に放逐するのは実質不可能に近いことをアリ・アミール皇子はとてもよく知っていた。

けれど、そのまま何もしないでは居られなかった。

それらのことを統合した結果、アリ・アミール皇子は兄の為に断罪されようとしたのではないか、とルシアは思い至った。


「......確かに成り代わるのならば、次期皇帝の指名が行われる夜会の直前。それは反撃の準備を整えさせない為には有効よ。けれど、それが覆された時。成り代わられた側に(もたら)される利益もまた最大となる。」


「!」


アリ・アミール皇子の狙いはシャーハンシャーの確固たる地位の拍付けと最有力候補の撃沈だった。

そういうことだ。

後はこの際に不穏分子を(あぶ)り出して引き入れて一網打尽に排除する。

一番の不穏分子は最有力候補だったアリ・アミール皇子の周りの人間だっただろうから引き入れるのはそう難しくはなかったはずだ。


「シャーの性格から玉座から遠ざけることは不可能。それならば、それに付き(まと)う危険を少しでも一掃して安全なものにすることにした。自分の出来る範囲で最大のことがそれだった。対価は自分。けれど、その自分こそ最大の不穏分子、それごと消し去ることが出来るのだからこれ以上のことはない。違う?」


まるでそう考えた時の今回の大騒動を計画した時のアリ・アミール皇子の思考をそのまま言葉にするようにルシアは言い放った。

それが何処まで正確なのかは分からない。

そこまで知ろうとする気は毛頭ない。

けれど、少なからず今の言葉を正答ではあるはずだ。

至近距離のその人物は尚も沈黙していたが、赤い瞳は、赤い瞳だけは口よりもずっと雄弁だった。


...それにしても本音を引き出せば、引き出すほどこのままではいけないように思う。

このままアリ・アミール皇子を悪役として退場させてはいけない、と。

こんなにも兄を想うだけの愚かな弟でしかない青年を、と。

あの兄よりもずっと可愛げがある彼を、このまま表舞台から降ろしてしまうなんて。


「...何がその人にとっての最良かなんて誰にも分からない。けれど、それが最良でなくともこれで良いと、幸せだと納得するのは当人だけ。外野がどうこうするものではない。」


ルシアはぽつりぽつりと噛み締めるように、まるで胸を叩くように、沁み込ませるように言葉を選んで紡いでいく。

貴方のしようとしていることは貴方の為ではない。

けれど、それが本当にシャーハンシャーが望んでいることだろうか。

大きな、お世話ではないと言い切れるのか。

逡巡させるように、深く考えさせるように。

赤の揺らぎが大きくなった気がした。


「少なくとも、これだけは言える。貴方でもシャーの言葉でもないけれど。私の考えを私の言葉としてなら言えるわ。」


ルシアは自分の首に添えられているアリ・アミール皇子の手に己れの手を添えた。

触れた瞬間、大袈裟なほどに骨ばった手は跳ねた。

けれど、ルシアは気にせずにその手を強くない振り(ほど)こうと思えば、ちょっと手を引くだけで払ってしまえるほどの力で掴む。


「私は不穏分子の排除などよりも貴方を失うことの方がシャーハンシャーにとって......タクリードとって大きな損失だと思うわ。」


真っ直ぐに向けられたその言葉にアリ・アミール皇子が目を最大限に見開く瞬間をルシアは静かに見つめていたのだった。


氷結レモン(500ml)、日本酒(300ml)~半分はフレーバーに注いで~、ワイン少々

(訳:飲み合わせを何も考えていない上で飲んだ酔っ払いなので今回の出来は保障出来かねます、誤字とかあったらごめんなさい)


P.S.

数日前にコメントでアリ・アミール、実はブラコンでは?と見抜いておられる方が居て、勝手ながら一人でニマニマしてました。

コメントありがとうございます!


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