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406.悪役王子妃は悪役の獅子の心中を暴く(前編)


「...ああ、そうだ。それ以外に何がある?俺が皇帝になるにはあの優秀過ぎる兄が邪魔だった。ただ、それだけのことだ。産まれの順もその才能も人の支持すらも何一つ、あの兄には勝てん。」


「......。」


同じくして産まれた双子だというのに。

アリ・アミール皇子の瞳はありありとそう語っていた。

ルシアは自分の首に添えられている強張った手に今度は明確な意思を持って力が加えられたのを感じた。

このままずっと強い男性の握力で力を入れられてしまえば、一溜まりもないだろう。

ルシアは至近距離にあるアリ・アミール皇子の顔に視線を固定しながら、目を細めた。


「なれば......正攻法が通じんとなれば、こうすることもまた道理だろう?違うか?それとも、愚かな正義感を持って、違うと言ってみるか?」


異、と言えるのか。

言えるものなら言ってみろ、とばかりのその眼力でいつ射貫き殺されても可笑しくないような目でアリ・アミール皇子は口角を吊り上げて、言い放った。


「......に?」


「なに?」


ルシアは少しずつ息苦しくなってきた中でアリ・アミール皇子を見つめたまま、小さく呟いた。

ほとんど音とならなかったそれはすぐ傍にあったアリ・アミール皇子の耳でも拾うことが出来ずにアリ・アミール皇子は怪訝そうに眉を(ひそ)めて、ルシアを見下ろした。


ルシアはそんな形相のアリ・アミール皇子には視線こそ合わせているものの、目をくれずにこのタクリードでの旅路の間にシャーハンシャーから聞いた言葉を思い出していた。

平民、商人、旅行く者と身を(やつ)しながらも堂々と立つ彼は色こそ魔術で変えていたが、その瞳を真っ直ぐに正面へと見えぬ先を見据えるように向けて、ルシアにそう語って聞かせた。


奇しくもあの夜にアリ・アミール皇子がルシアに問いかけた言葉に対する彼の解とも言える言葉だった。

あの時はルシア自身としての答えを言えなかったのと同様にそれを口にすることは、アリ・アミール皇子に伝えることは適わなかったが。

勿論、お互いに意図してのことではなかっただろう。

ただ、二人が双子だということをその造形や表情以外で一番に感じた出来事ではあった。


ルシアよ、よく聞いておけ、シャーハンシャーはそう言ってこちらに視線を向けることなく、語り始めた。

いつになく真剣な眼差しをルシアは見上げて、そこに紅を見た気がした。


『王は、皇帝は、玉座に座る者は、夢想家であると共に現実主義者でなければならない。彼奴......アリ・アミールには足りていない。』


最良を目指す、無謀なほどの目標に臆せず進む、そんな夢想家で。

同時に時には非情に、勇敢と蛮勇の厳しい見極めを、堅実に物事を進める、そんな現実主義者でなければならないと。

彼の紅き暴君は宙を見据えて言ったのだ。

......果たして、シャーハンシャーの言ったアリ・アミール皇子に足りていないはどちらだったのか。


「...本当に?それは本当に貴方の本心?心からの言葉?――私にはそうは見えないわ。」


「な......っ!」


ルシアは滔々(とうとう)とアリ・アミール皇子の心臓を叩くように問いかけるように言葉を紡いでいった。

そして、最後だけは低くあの時のシャーハンシャーのように見据えるような視線をアリ・アミール皇子に向けて、否定を告げた。

アリ・アミール皇子は言葉を失ったように目を見開く。


「ああ、貴方が玉座に就きたいということ自体は全くの間違いとは言い切れないのかしらね。けれど、それは兄を押し退けて自分が頂点に立ちたいからという理由ではないでしょう。兄を――シャーハンシャーを玉座に就けたくなかった。皇帝にしたくなかった。違う?それとも、違うと言ってみる?」


「貴様っ!!」


わざとらしくルシアはアリ・アミール皇子が言った言葉を繰り返すように使い、挑発するように口元を弧に描かせた。

アリ・アミール皇子は怒りの沸点が振り切れたかの如く、目を吊り上げて手に力を入れた。

さすがに気道を絞められて、ルシアは片眉を(ゆが)めさせる。

それでも、毅然とした態度は崩さなかった。


自分が皇帝になりたい。

シャーハンシャーを玉座に就けたくない。

一見、同じ意味のように聞こえるが違う。

この男が、アリ・アミール皇子がなりたかったのは皇帝ではなく。


「――貴方がなりたかったのは危険を全て引き受ける影武者だった。」


「!!」


アリ・アミール皇子の唇が戦慄(わなな)くもそこからついぞ音は零れなかった。

ルシアは意識が遠退(とおの)かないように(つと)めながら、落ち着いた声音を引っ張り出す。


「『皇帝とは孤独に生きる者を言う。最も自由のない者の名称だ。』」


「それが、どうした!!」


ついにアリ・アミール皇子は大きく声を荒げた。

ぐっと力任せに首を掴まれたまま、ルシアはアリ・アミール皇子に長椅子の上へ押し付けられる。

伸し掛かられるような形になった状態でルシアは彼の赤が影に沈んだ中でゆらゆらと揺れているのを間近で見つめた。

ルシアの目元以外の顔を(おお)っていた布は押し付けられた拍子に取れて、床に落ちていた。

普段、王子を見慣れてしまってルシア自身はそれなりに整っていることを忘れている細面が、骨ばった手の回された細い首が(さら)される。


「どうした、ですって?貴方が言った言葉でしょう。あの夜に。私はずっと疑問だったの。そう評価した皇帝に何故、貴方は誰にもその地位を譲らないと言ったのか。」


その地位を欲しがったのか。

それは兄を危険に晒したくないと、あの傲岸不遜という言葉の方がしっくりくるものの、その実、自分の思うままに自由に生きる姿が一等、よく似合うあの男を縛り付けたくないと、そう思ったからではないのか。


矢面に立つのは自分だけで良い、と。

あの兄ならば、今回の旅路で見せたように地位などなくとも、自由に何処へでも羽ばたくからと。

ルシアはねぇ、そうでしょう?と滔々と語った後に目を細めて言った。

きっと首を押さえ付けられてさえ居なければ、そのまま首を(かし)げさせていたことだろう。

そんなルシアの視線の先では何一つ、反論さえも言葉に出来ずに怒りなのか、哀しみなのか、それとも(おび)えなのか、身体を震えさせるアリ・アミール皇子が居たのだった。


中編が入る可能性があることを今から言っておきますね!!


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