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402.開幕の準備が整ったと合図が鳴る


ルシアが皇宮に入ってから、10日。

その日は全ての決着を付ける大舞台の日。

何処ぞの誰かが計画した大掛かり過ぎる茶番がフィナーレを迎えるそんな日は燦々(さんさん)たる太陽が全てを照らす快晴であった。


「......。」


しかし、彼女は豪奢で赤や金を基調としながらも色鮮やかでいて、薄暗い一室で()()()()()、祈るように(まぶた)を下ろして、組んだ両手を己れの(ひたい)に押し当てていた。

周囲はしん、と静まり返っている。

だが、彼女には遠く方で上がっているであろう喧騒が今にも聞こえてくるようだった。

それでも彼女はただ、祈るように時を待っていた。


ここには誰も居ない。

そう、彼女以外。

彼女の護衛も一緒に来たこの部屋の持ち主もその部下もましてや渦中の只中に居るだろう彼とその側近たちも...そして、この部屋に彼女を閉じ込めた偽の持ち主も含めて誰一人。

それでも、彼女はただ待っていた。


「......!」


静寂だけの空間でずっと(かす)かな音さえ聞き漏らさないように神経を(とが)らせていただろう彼女は何かを聞き取ったかのように顔を跳ね上げた。

銀色と見紛(みまが)う灰の瞳が一直線に(かぎ)のかかっている扉へと向けられた。

彼女は立ち上がって、扉の前に立つ。


彼女が聞いたのは本当に些細な誰かの靴音(くつおと)

それは徐々に明確になっていき、その誰かがこちらへ向かっていることを彼女に報せる。

そうでなくとも、この閑散とした場所へとやって来る者の目的など、決まり切っていた。

やがて、その靴音は彼女の目前の扉の前で止まる。


「......扉から離れてて。」


「!」


(わず)かの間、帰ってきた沈黙を破るように扉越しから聞こえてきた声に彼女は素早く数歩後ろに下がった。

その瞬間、まるで彼女のその動きを見ていたかのようにタイミング良く、施錠されていた扉がバンッと大きな音を立てて、開け放たれた。

ぶつかっていたら、それなりに痛かっただろう。

蹴破られたでもなく、自動的に突風に押されたような形で勢いよく開いた扉は壁に当たって、ほんの少し跳ね返ってから動きを止めた。


彼女はそれをその場で呆然と立ち尽くしたままで目を少々見開いて、その光景を見ていた。

不自然な開き方をした扉には変わった仕掛けなどの痕跡はない。

まるで見えない力が扉を押し開けたよう。


ただ、彼女は扉越しに聞こえた声の主からこの超常現象のような光景の理由を瞬時に理解していた。

だとしても、それに馴染みがなく、声の主が使用するところを遠目にしか見たことのない彼女には見慣れない光景であり、驚くのに充分だったのであった――。



ーーーーー

ルシアの潜入から一週間。

そう、丁度一週間の時が過ぎていた。

その間、自身で立てたフラグ通りにルシアは一日のほとんどをアリ・アミール皇子と行動を共にしていたのであった。

お陰で最初の数日よりもずっと実りある成果がルシアの手にはあった。


「彼...というか、元々シャーの仕事だけれど、三日後に謁見の間での(つど)いに参加するようよ。夜会直前の顔見せといったところかしらね。」


「いや、参加の予定は俺と彼奴(あやつ)のどちらもだ。まぁ、彼奴が第一皇子として出る以上は第二皇子が不参加ということになるが。」


「...つまりは貴方の仕事を彼が(こな)すということで変わりないでしょう。」


ぐるりと一つのテーブルを囲むように立ち、座る数人の中でルシアは自分の手に入れてきた情報を開示していく。

途中でシャーハンシャーが意味のない口を挟むのに律儀にじと目を送りながら、繰り広げられているのは文字通り、情報交換会である。

ルシアがアリ・アミール皇子から解放された後、もう星や月が輝く夜の時間にそれは行われていた。

潜入した側の者は皆、集まっていた。


「それで?――その日を決行日とするか?期日も迫ってきているしな。」


「......そうね。これを逃せば、最適な舞台を用意するのは少し苦労するでしょう。」


幾つかの話をしたところで向かいで頬杖を突いたシャーハンシャーが紅い瞳を細めて、そう言った。

急に投げ込まれた本題に室内の空気が少しだけ引き締まった。

一瞬でピリリとした空間を生み出せるシャーハンシャーはやはり王者なのだろう。


作戦はとても順調に進んでいた。

所謂(いわゆる)、この作戦は人目のあるところでアリ・アミール皇子の(おこな)いを断罪するそんな何処の乙女ゲーのイベントか、というものがベースの作戦であった。

そこに内外からの混乱を与えることでより劇的で確実な状況を作り出す。

そういうものだった。

そうして、この一週間で既にルシアたちも王子たちも大部分の準備は整っていた。


だから、後は舞台を用意するだけ。

それに一番最適なのはシャーハンシャーの言うように三日後のその集いである。

しかし、ルシアは少しだけ逡巡の覗く表情を浮かべた。

それはこの順調過ぎる中で浮かべられるはずのないもの。

けれど、その理由にあたるものをルシアは口にせず、周りもそのルシアの姿に指摘しなかった。


「あー、じゃあ、今夜のうちにカリストのとこに行ってこようか。」


「ええ、お願いね。アナタラクシ。」


緊張感やら何やらと気の抜けないような空気の中で静寂が落ちるのを防ぐように気怠(けだる)そうにアナタラクシが手を軽く持ち上げて、言った。

ルシアはそれを快諾する。

徐々に全てが決まり始めていた。

もうすぐで準備は完了する。


「これで良いのよね、シャー?」


「ああ、この作戦ならば充分に目的は達するだろうよ。」


最終確認を取るようにルシアは何処か挑むような視線でシャーハンシャーに問いかけた。

だって、これは彼が主役の茶番である。

ルシアはただの協力者。

シャーハンシャーは事もなげに鷹揚な(うなず)きをルシアに返した。


「それじゃあ、各自の準備も間に合うように。」


決行は三日後、と解散の合図のようにルシアは締め(くく)る。

情報交換会は閉幕した。

代わりにいよいよ本番が始まると合図が音を立てたのだった。


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