401.双子の皇子
暮れる橙色の日差しが部屋に差し込む中で酷く疲れたようにルシアは長椅子に寝転がった。
あれ、なんかこれ前にも見たな。
しかも部屋が同じなので寝転がった長椅子も同じである。
「まさか、ああまで振り回されるなんて......。」
日の光が眩しいと言いたげに両手で顔を覆って、言葉にならない呻きを上げた。
貴族令嬢らしくもなければ、王子妃としても普通の年頃の少女としても凡そ、相応しくない姿であった。
「何言ってるんですか、原因作ったのはお嬢でしょ。」
自業自得だと言わんばかりの声にルシアは少しだけ両の手を浮かせて、その隙間から横合いを見やった。
声に呼応するような表情のイオンが紅茶を注ぐ姿が映る。
「あれだけ自分なら見つかっても言い訳しやすいからって皇宮の只中なのにも関わらずに一人で行って、後は皇子にさえ見つからなければ大丈夫なんて宣った挙句に見事、その皇子と出くわして目を付けられたんですからこれはもう、何の言い訳も出来なければ、俺も弁護出来ませんよ。」
「......知ってる。」
いや、ほんとに。
あの瞬間にはもう、フラグが立ってたよね。
ルシアは項垂れながらも内心でイオンの皮肉満載の言葉に深く首を縦に振った。
嫌な予感はしていた。
その上で気付かない振りを決め込みたくて、そしてあわよくば勘違いとして処理してくれ、と嘆いたものの、この世界は非情である。
見事にフラグが成立しただけだった。
「......それで?一対一でどんな会話を?お嬢のことなので大丈夫かと思いますけど、不審がられるようなことはありませんでしたよね?」
「私がそんなへまをするとでも?皇子に目を付けられた以上の失敗はしてないわ。」
まぁ、それが最大のへまなんですけどねぇ、とイオンが呟く。
ルシアはさっと視線をイオンから離し、虚空へと向けた。
いや、でもお陰で取り掛かりにはなったし、成果には繋げてるから......。
完全なる現実逃避は未だに続いていた。
さて、朝食後に呼び出され、何をするでもなく、二人だけの茶会に参加を余儀なくされたルシアであるが、実はあれで終わりではなかった。
結論から言えば、今日一日。
今日一日、先程までずっとルシアはアリ・アミール皇子の傍に侍り、振り回され続けたのである。
まずはあの茶会。
アリ・アミール皇子はすぐに手にしていた書類に視線を落としたが、ルシアとの会話を続けた。
今更、強く意識せずとも失言などするルシアでもないが、やはり言動には注意を払いつつ、アリ・アミール皇子の様子を探ったのであった。
そうして、計一刻ほどで茶会はお開きになったのだが、執務室へと向かうというアリ・アミール皇子は今回はこれまでとばかりに別れを告げようとしたルシアを見て、あろうことか、ついてこい、と命令形で決定事項かの如く、言い放った。
他国の王子妃としてならいざ知らず、今はこの国の一般的な貴族令嬢。
それも彼の妃候補として皇宮に滞在していることもあり、そんなルシアに拒否権がある訳もなく、そのままアリ・アミール皇子の横に並んで執務室へと向かったのだった。
この辺りで茶会の時点でも渋々ながら、しかし滞在しているだけの貴族令嬢の護衛騎士如きが口を挟める訳もなく、追い払われたノックスが同伴することを声に出したものの、敢え無く撃沈。
仕方がないのでルシアはノックスに部屋に居るシャーハンシャーを任せ、自分には上手いこと紅茶係として使用人という形でイオンについてもらったのだった。
そこからはほとんど茶会とそう変わりない。
執務を熟すアリ・アミール皇子の横で接客用だろうソファに腰掛け、優雅にお茶をしながら、合間に会話を交わす。
そして、一緒に昼食も取り、その後も引き続きの執務と休憩と付き合わされた。
総じて、言えるのは傍に居ろ、と言って連れ回した割にルシアに構う訳でもなく、普段と変わりないのだろう様子で一日を過ごしたアリ・アミール皇子である。
ほぼ一日一緒に居たにしては会話を少ない方だった。
「それでも少しだけあの皇子の性格...特徴が分かった気がするわ。収穫ね。」
そう今日、ルシアが共にしたアリ・アミール皇子は、彼はタクリードの第一皇子殿下を知る他の人を追い払った間はずっと余裕然とした愉快犯の口調は鳴りを潜めさせて、仏頂面の彼として過ごしていたのである。
......ほんとに何で?
ハサンの話では誰に対しても、使用人にも仮面を被って過ごしていたと聞いたし、実際にルシアが見た姿もそうだったのだが何故。
本当に少し、少しだけぞんざいな態度になったかと違和感を覚える程度に収めてはいたが、その辺の機微に強いルシアである。
完全にアリ・アミール皇子は一部であれど、仮面を外していたように思う。
勿論、ルシアの演じる貴族令嬢はシャーハンシャーに会ったことはないことになっているのだから、本来ならそれで別人と気付くことはないのだけれども。
だからといって、手抜きするようにも見えなければ、手抜きしない性格なんだ、と一緒に行動して感じ取ったのだが、これ如何に。
もしかして、明日以降もとか言いますか......冗談ですよね?
「なんだ、その様子では随分と仲良くなったようではないか。」
「!シャー...ねぇ、なあにあの貴方の兄弟。こちらが疲れるようなことの時ばかり貴方にそっくりなのだけれど。」
これまた同じように部屋の奥から聞こえてきた声にルシアはぴくりと身体を跳ねさせてからごろりと長椅子の上で寝返りを打ち、肘掛けに頬杖を突きながら、そちらに不貞腐れたような表情を向けた。
寝転がったままなのは、偏に起き上がる気力もなかったからである。
「ふ。それは異なことを言う...双子だからな。似ていて当たり前だろう?」
ルシアとその使用人として同行していたイオンはそう言ったシャーハンシャーを見て、目を思いっきり半眼にした。
とても、そっくりだった。
シャーハンシャーの振りをしてない方が似ているとか、ほんと何。
「...それにしても、彼奴の興味まで惹くか。どうだ、ルシア。やっぱり、俺のところに来ないか。」
「はいはい、そんな機会があったら。ねぇ、シャーからしてアリ・アミール皇子は何を考えていると......いえ、良いわ。貴方のことだから、答えないでしょうし。」
呆れ顔を浮かべるルシアに何を思ったか、シャーハンシャーは思案げに顎に手を添えながら、そう言った。
その豪胆さの垣間見える笑みといつもの冗談にルシアはあしらうように投げやりな返答を繰り出した。
そのついでに一番それを知っているだろうシャーハンシャーにアリ・アミール皇子のことを尋ねようとしたが、シャーハンシャーが笑みを深めたのを見て、途中で切り上げた。
その考えを証明するように紅い瞳の中に愉快そうに揺れる色があるのをルシアは見止めたのだった。
ほぅ、とルシアは一息を吐いた。
アリ・アミール皇子の狙いは何かを感じ取った末の私の監視か、それとも既に夜会も近い為にちょっとしたイレギュラーでも面倒を防ぐ為か。
......こんな状況であるからこそのストレス改善の為に、彼が彼であれるように素を出して寛げるようにする為か。
彼は頭の切れるし、充分に優秀な人だと思う。
ただ、やっぱりシャーハンシャーよりは感情に素直な...人間みのある人なのだろうともたった一日のことだが、ルシアは感じたのだった。
ルシアが感じたアリ・アミール皇子の機微。
それは信念のような強い意志、それと......。
コンコン、とルシアの思考を遮るように廊下側の扉からノックが響く。
それを聞いて、シャーハンシャーはひらりと手を振ってから奥の部屋へと引っ込んだ。
それを見届けてからルシアは居住まいを正し、入室の許可を出す。
入ってきたのはこの場に居ないクストディオやアナタラクシ、ハサンではなく、午前中にもアリ・アミール皇子の伝令としてきた使用人。
そうして、ルシアの元にアリ・アミール皇子からの晩餐のお誘いが伝えられたのであった。
昨日はすみませんでした。
振替分はまだ検討中です。




