400.彼の皇子の変化
皇宮の第一皇子宮内のとある庭園、他所の国と比べて少々緑が少ないものの、綺麗に整えられたその中にある東屋の一つ。
寛ぐ為に造られたであろうその空間のテーブルには二人分のティーセットと甘いものから塩味の強いものまで各種取り揃えられた菓子が並んでいた。
天候は快晴、秋の少々寒さを感じる気候も日差しによって上手い具合に適温。
とても良いお茶会日和。
しかし、そんなとびっきりの天候に反して、東屋ではその菓子を上品に切り分けて口に運びながらも何処か気不味げな表情を浮かべて黙り込んだ少女が一人。
会話は二人以上居ないと意味を成さない為、必然的に東屋は静まり返り、鳴るのは小さな食器の音だけ。
それはそれはもう、黙々と菓子をカップを口に運ぶ少女の立てる音だけが響いていた。
「......。」
そろり、とあまりにも長い沈黙の空間に堪え切れなくなったように少女は問いかけるような視線を向かいに座る相手に送る。
この場に時計はない為、正確な時間は分からないが少女がこの東屋に来てから既に体感は半刻ほど経ったことを訴えていた。
「何だ、何か不満でもあるのか。」
「い、いいえ!......ただ、急にどうしてかと思いまして。」
少女のその思いの篭った視線に気付いたのか、ずっと手元の書類へと視線を落としていた青年が顔を上げる。
赤い目が少女を射貫いた。
青年はそのまま笑うでもなく、不機嫌そうでもなく、真顔のまま少女の視線に答えるように
そう言葉を発した。
少女は声音は普通ながらもそれすら抑揚がない分、怖いとでも言いたげに慌てて首を横に振って、小さく思っていたであろうことを言いづらそうに吐露した。
すると、青年は一度、黙り込んでからテーブルの空いたスペースに書類を置いて再度、少女の方へ向いた。
先程まで能面のように無表情だった顔が少しだけ口角が持ち上がり、にぃと見下すような嘲るような微笑を浮かべる。
赤色が愉快そうに嗤った気がした。
「そこらの取るに足らない娘共と変わらぬと思っていたが、昨夜の貴様は思いの外、気骨があった。傍に置いてみるのもまぁ、面白いだろうと思ってな。」
「......!」
青年は気紛れに、ただ思い至ったからというように少女からしたら理不尽極まりない理由を口にした。
少女は静かに息を呑む。
それは言われた内容故か、それとも昨夜の自分の取った行動についての反省か。
その様子を捉えてか、青年は赤い目を細める。
少女がこの皇宮に足を踏み入れてから今日で5日目。
寝付けないから部屋を抜け出してちょっとだけ散歩と称した、仲間の見送り後の帰り道に目の前でやっと初めて紅茶の入ったカップに手を伸ばして口に運んだ青年と対話して一夜が明け、本日。
朝食を終えてさぁ、本日は何をしようかと考えた矢先に入った伝令。
『第一皇子殿下より庭園にて茶会をするのでご令嬢をお呼びするようにと承ってきました。』
この5日間、一度もなかったまさかの誘い、しかも強制らしい言い回しにてんやわんやになりながら、準備を整え、庭園に出向き、現在。
少女――ルシアはこの宮の主である第一皇子、に扮した第二皇子アリ・アミールと一対一でテーブルを囲んでいたのであった。
「...わたくしなどが第一皇子殿下のご期待に沿えるようなものを持ち合わせていないと思うのですが。」
それはもう、兄そっくりの邪悪ささえ思わせる笑みを浮かべるアリ・アミール皇子に引き攣りそうになる頬を何とか微笑みに変えながら、ルシアは自嘲するように言葉を選んで口にした。
正直、これはルシアの本音の一部である。
確かにルシアは昨夜、アナタラクシを王子の元へ送り出した後の帰り道にて、このアリ・アミール皇子に見つかり、何の気紛れか、そのまま会話をすることとなった。
しかし、長くも感じたあの時間は実際にはそう長くもなく、皇帝とは、という問いかけの会話を最後にワインも飲み干してしまったからか、アリ・アミール皇子が部屋に戻ると言って消えたのでルシアも多少予定よりは遅くはあったものの、そう時間もかからずに与えられた部屋へと戻ることが出来ていた。
予定外の接触ではあったものの、アリ・アミール皇子の素を垣間見れたかのようなあの貴重な時間に、顔を見せるなと言われて覚悟していた暫く作戦の低迷をも払拭された様子もあり、成果は上々と一度、作戦会議を開いた後に翌日に向けて床に就いたのだが、まさかのアリ・アミール皇子直々の呼び出しである。
確かにルシアは昨夜の対話で少しだけ無垢で無知な令嬢から逸脱した真っ直ぐな瞳を彼に向けた自覚はあった。
しかし、会話はその範疇に納まるようにしたし、たった数言を交わしたぐらいでまさかアリ・アミール皇子の気を惹くことになろうとは思わなかったのだ。
それがどうだろう。
今、ルシアはそのアリ・アミール皇子と護衛さえも傍に置かずに完全なる一対一でティーセットや菓子の並ぶテーブルを囲んでいる。
どうして、こうなった。
ルシアは呼び出したというのに何を言うでもなく、ぞんざいにそこへ座れ、と正面を指した後は護衛たちを追い払い、ともすれば、そこからルシアの相手をする訳でもなく、ルシアの来る前から視線を落としていた書類に意識を向け続けたアリ・アミール皇子に気不味い沈黙に堪えて、半刻。
やっと会話となって、破られた静寂にほっと安堵したのも束の間、聞かされた理由にどっと疲れが押し寄せるのを全身で感じたのであった。
「それを決めるのは貴様ではなく、俺だろう。」
チャンスとはいえ、こうも急に変わった状況にギブアップを宣言する脳裏の警鐘のままに訴えた控えめな抵抗に全く気にかけることなく、赤い目は弧を描いてルシアの感情としては最も聞きたくなかった答えを紡いだのだった。
......正直に言おう。
人の困り顔を見て嗤うその顔は今まで演技よりも何よりも彼の兄であるシャーハンシャーにそっくりであった。
...厄介な双子ですね。頑張れ、ルシア。
でも、私は最も厄介な人物って敵よりシャーハンシャーだと思うの、切実に。




