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393.真夜中、何処かで見た光景


生き物たちは寝静まり、起きているとしたら人間だけだろう夜色に染まる、そんな時刻。

簡素な夜着に近い服にガウンのようなものを羽織(はお)った少女が一人と向き合うように立つ今日日、秋の訪れからも久しく、それも夜中だというのに防寒も何もないような恰好をした青年が一人。


場所はタクリードの皇宮の一角。

人気が全くといって良い外れに位置するこの場はさすがは皇都の皇宮と言ったところか、砂漠のど真ん中にある場所とは思えないほど、そこらは無造作に草木が伸びるがままになっていた。

二人の頭上には秋の夜空を星々が輝く。

周囲には風の吹き抜ける音だけが響いていた。


少女は青年を見上げていた。

青年も少し猫背気味に緩い立ち姿で少女を見下ろしていた。

然れど、そこに険悪さもなければ甘い親密さがある訳でもない。

こんな夜中の人気のない場所という状況でさえなければ、知人や友人といった二人がただ会話をしているように見えるくらいには少女も青年も自然体であった。


「あ、なんか伝えたいことがあるなら言っておくけど。」


「...?別に特記事項の追加はないけど?」


一通り、話することは終わったのか、青年が少女から(きびす)を返そうとした。

しかし、青年が途中で何かを思い出したかのように足を止めて、少女に問いかけた。

少女はその問いに首を(かし)げる。


「や、作戦の経過とかの報告内容じゃなくてさ。」


「...ああ!」


少女の返答は青年の発言の思惑とはズレたところにあったらしい。

青年は困り顔のような表情を浮かべて、肩を落としながら首を横に振って言葉を重ねた。

そこで少女はやっと青年の言葉の意図したところに気付いたようにポンと相槌を打った。


「そうねぇ......怪我はしないでとだけ言っておいて。」


随分と間を空けてから少女はそう言った。

青年はそんな少女に何か言いたげな顔をしたものの、分かった、と了承だけを口にしたのだった。


皇宮の外れの緑の中と揺れる床板の上、頭上の星空を秋のそれと夏のそれ、そして周囲に満ちる音を風と潮騒(しおさい)、そんな多少の違い。

だが、何より青年が今から行くその目的が違っていた。

しかし、向かい合う二人の姿とその理由はいつだかと全く同じであったのだった。



ーーーーー

これは少し前になる。

簡素なワンピースに近い衣装と上掛けを羽織ったルシアは夜の皇宮をアナタラクシと共に歩いていた。

行き先は皇宮の外れの方、クストディオの調べでは最も人が寄り付かない場所である。

既にほとんど目的地の傍に来ており、周囲に人気は全くなく、ルシアは颯爽と廊下をアナタラクシと並んで歩いていく。


「うん、この辺ね。アナタラクシ。」


「おー、クストディオに聞いてたけど皇宮内つっても辺鄙(へんぴ)なとこもあるんだなぁ。」


廊下をある程度まで歩き切って横手を見たルシアは隠れるようにあった古びた扉を押し開いて、昔は庭園の一つだったのだろう草木の生い茂るままに放置されている様子の開けた場所へと足を踏み出した。

そして、続いて外へと出てきたアナタラクシに振り返り、声をかける。

アナタラクシはキョロキョロと周囲を見渡しながら、その感想を溢しつつ、ルシアの正面に向き合って立ったのだった。


「そうね、でもこうも広いとそういうこともあるでしょう。ここがどういった理由で放置されているかは分からないけれど。」


ルシアはちらりと周りを見渡してからアナタラクシの呟きに答え、正面を向く。

当然、そこにはアナタラクシが居る。

アナタラクシは竜人族(りゅうじんぞく)の者たちが(まと)っている独特な衣装に身を包んでいた。

民族衣装のようなそれはイストリアのものとよく似ているが変わった刺繍の柄が施されているものだ。


露出が多い訳ではないのだが、分厚くもない生地質のその衣装はこの砂漠特有の夜の冷え込みの中では見ている方が寒く感じられるようなものだったが、当のアナタラクシは至ってけろりとしていた。

(いわ)く、その恰好で冬明けずの山に行くことも多々あるらしく、何とも恐ろしい話である。

この皇宮に入る際に外套(がいとう)で隠されていたそれは現在、そのまま(さら)されている状態であった。

聞くと、こちらの方が動きやすいから、とのことだった。


「それじゃあ、よろしくね。」


「ん、良いよー。俺が一番手っ取り早いだろうし。働きたくないけど、こっちに居てもどうせ働かされるからなー。」


自ら作戦に合流し、配置まで自分で決めた上でもアナタラクシはやはり嫌なことは嫌なのか、うへぇ、と舌を出して顔を(しか)めながら、ルシアの短い言葉に(うなず)きを返した。

ただ、口だけで駄々は捏ねない辺り、普段よりは幾分か覚悟の上で素直に行動するつもりはあるらしかった。

それに対してルシアは苦笑を浮かべる。


「じゃ、ついでに向こうの様子も見てくんね。」


「ええ、お願い。」


さらりと言ったアナタラクシにルシアはまた短く言葉を返したのだった。

ん、とアナタラクシは肯定を示す音を溢す。


「あ、気を付けて戻りなよ、ルシア。」


「分かってるわ。寝付けなかった令嬢が誰にも黙って夜中にこっそりと部屋を抜け出してきたという設定だけれど、極力見つからないに越したことはないもの。」


思い出したようにアナタラクシは忠告をルシアに投げた。

それへルシアは言われなくとも分かっているとでも言いたげな顔で言い返した。

そう、行きはアナタラクシと一緒だったが、帰りはルシア一人なのである。

それは今、こんな夜中にこんな辺鄙なところへ来ているのはアナタラクシの見送りの為だったからだ。


アナタラクシはこの数日間、イオンやクストディオと同じように個人で探りを入れてもらっていた。

その探る先は主に皇宮内ではなく、外。

皇都の特に皇宮周辺の調査をアナタラクシはしていたのだ。

それもこれも皇宮とその周囲を区切る高い壁を悠々と越えていくのに竜人族の膂力(りょりょく)が効率的だった、の一言に尽きる。

皇宮内でもその膂力は立ち入り禁止の上階への侵入等、大変役立っていた。


そして今回、アナタラクシに任された役目の一つが王子たちとの連絡役であった。

最も早く移動が可能で、竜の姿を取れば、飛び立つ際のみ細心の注意を払うだけで上空まで舞ってしまえば早々、気付かれることがないからである。


ということで、こうしてルシアが王子たちの元へ向かうアナタラクシの見送りに来ているのだが、他の護衛たちは部屋にて待機しているというアクィラでもなかった現状だった。

勿論、見送りなしでも構わなかったのだが、様々なことを(かんが)みた結果、最も出歩いているところを見られても言い訳してしまえるルシアが適任ということになったのである。


「分かってるなら良いけどさー......ま、気を付けなよ。特にあのアリ・アミールって奴には顔見せるなって言われてるんでしょ?」


「あー、そうね。彼だけには見つかったら大変だわ。」


ルシアの返答にアナタラクシはあっさりと引いてそれ以上、ルシアのことを心配するような言葉を紡ぐことはしなかった。

しかし、忠告の続きというように言葉は重ねた。

ルシアは少しだけアナタラクシは自分の言った分かってる、を信じているのか、気になったものの、押し問答にしかならなそうだったので考えを切り替えた。

そして、眉を下げて今度は素直にアナタラクシの忠告を受け取ったのだった。


「じゃあ、行きますかー。あ、ルシアルシア。」


「......なあに?」


ぐいと頭の後ろで手を組んで背伸びしたアナタラクシは出る準備が出来たとばかりに声に出す。

そして、また何かを思い出したようにちょいちょいとルシアに手招きをした。

既に対話するほどすぐ傍に居るのに手招きをするアナタラクシにルシアは首を傾げたものの、素直に一歩前に出た。


すると、頭の上に軽い重みが加わった。

アナタラクシの手である。

どうやら、アナタラクシは人の頭を撫でることが好きなようであった。

ルシアはそれを好きにさせているとアナタラクシは最後とばかりに手を止める。


「うーんと、今は色々あって大変かもしんないけど、悩み事?はさっさと吐き出した方が良いと思うよー。」


「!......実は人の思考も読めるんじゃない?」


皇都に入る前に二人きりで話した時と同じ顔をしていた。

ここまで来ると何も言い返せず、ルシアは拗ねるように可愛げのない言葉をアナタラクシに返したのだった。

しかし、全くダメージがないようでアナタラクシはさすがに人の読心は無理ぃ、とへらりとした笑みで笑ったのだった。


皇宮に第一皇子の妃候補の貴族の娘が滞在し始めて4日目の真夜中のこと。

一つの大きな影が皇宮の外れの方から舞い上がり、皇都の空を駆けたのだった。


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