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391.これは福となるのか(前編)


ルシアの望んだのは対話であった。

(すなわ)ち、その心の奥を見透かそうと暴く行為そのもの。

だから、これもある意味、こうなるだろうと予想された結果で、光景だった。

ルシアは心を凪いだままに座して背筋を凛と伸ばし、ガシャンと大きな音を立たせて椅子を倒し立ち上がった彼と相対する。

憤怒(ふんぬ)を渦巻かせる対の赤を、忌々しげに(ゆが)双眸(そうぼう)を。

それでも目を離すことなく、ルシアは真っ直ぐに見つめ返したのであった。



ーーーーー

時刻は正午を過ぎて少し。

とある見晴らしの良い一室で下品にはならない程度に食器を動かす小さな音が二つ分。

会話は弾むほどではないが、沈黙が落ち切るよりは早く声が行き交っていた。


「まぁ。それはとてもとても素晴らしゅう御座いますね。」


(たお)やかな手で食器をテーブルへと置いて、まるで用意した台詞(せりふ)をそのまま吐き出すようににこやかな笑顔で相槌を打つ。

まるで振る話題は誰かによって用意されてきたのにその実、当人の理解は追い付いていないかのように。

けれども、相手を退屈にさせない程度には何も知らぬ素人(しろうと)だからこその面白い着眼点の疑問を口にする。


頭が良い訳ではない。

論争し渡り合えるほどの知識もない。

けれども、無知や知ったかぶりをする愚者のように不愉快でも飽くこともない。

(おおよ)そ凡人、一般的な貴族令嬢それ以外の呼び方など当て嵌まらないだろう目前の銀の少女に彼は確かに心地良さを感じていたのであった。

それら全てが計算され尽くした上で素をベースに猫を被せたものとは気付くことなく。


「――ああ、それこそ次は貴様の生まれ落ちたブルトカール()で行うのもありだろうな。」


「まぁ、ブルトカールで!」


何処か楽しげに紅茶の入ったカップに目を落としながら言った彼の一言に控えめながら、きゃらきゃらとした声をルシアは上げてみせた。

しかし、普段ならばそれすらも(かしま)しい、と眉を(ひそ)めることがある向かいの席に座る人物は特に気にしていない様子であった。

ルシアは内心で口角を吊り上げる。


「第一皇子殿下、本日はわたくしなどの申し出をお受けいただきありがとうございました。」


「良い、ちょっとした息抜きのついでだ。」


食事を終えたので改まったようにルシアは感謝の言葉を紡いだ。

それに然もないことのように彼――アリ・アミール皇子は返答を投げてきた。

ルシアは素っ気ない態度ながら許容されていることを嬉しそうに、けれど表に出さぬように、けれど隠し切れていないように微笑みを浮かべた。

まぁ、嬉しい理由を突き詰めれば、アリ・アミール皇子が思い浮かべるだろうものと全く別物になるのだが。


一息を吐いて、ルシアは少しだけ目を細めた。

表情の変化は布によって分かりづらいが、この環境下でずっと生活してきた相手がこの状態でもある程度読み取れるだろうと容易に思い至るし、何より目は口程に物を言うとも言う。

だから、隠されているといってもルシアは大っぴらに表情を演技と乖離(かいり)させることはしなかった。

その中で目を細めたのはただ単に少しだけ感慨深く思ってしまっただけなのである。


堂々とした皇子らしい態度に素っ気ない言葉の数々、表情に至るまでよくもまぁ、ここまで似せられたもんだと感嘆するくらいにはアリ・アミール皇子の演じるシャーハンシャーの真似は上手かった。

けれど、どうしたって他人から見た人物像なんていうものは食い違いが起こるもの。

その辺り、アリ・アミール皇子は非常に上手くやっていた。

それこそ、皆の思い浮かべるタクリードの第一皇子シャーハンシャーがここに居た。


しかし、しかしだ。

ルシアはシャーハンシャーに冗談に思えないような冗談を度々、かけられる仲である。

多少、それに王子の機嫌が悪くなるけれど、ルシアはシャーハンシャーのそれを本音だろうとも口に出して、それに対する周りの反応を楽しんでいるところが強いと気付いて、可否も言わずに放置するくらいには勝手知ったる仲である。


アリ・アミール皇子は完璧にシャーハンシャーを演じている。

皆の思い浮かべるシャーハンシャーを。

ただ、それに本人そのものが当て嵌まるかと言われれば?

だから、ルシアは彼を偽物と称するのである。


ルシアにアリ・アミール皇子の演じるシャーハンシャーの何処に違和感を覚えるのか、と問えば、きっとこう答えるだろう。

その完璧に演じ切っているところだ、と。

あの全てを手中で転がしているような食えない笑みを浮かべる男はわざと痂疲を見せて、窮地を楽しみ、その上で最後に全てを良いように掻っ(さら)っていくとても良い性格をしているので。

今だって急遽、設置された食事会に、チャンスとばかりにセッティングしただろうルシアのことも全て見透かして、それはもういつもの顔で口元を弧に描かせているに違いない。


「とても楽しゅう御座いました。わたくし、貴方様のことが知れてとても嬉しく思います。第一皇子殿下はとても優秀で思慮深く、()()()な方でいらっしゃいますのね。」


ルシアは今も部屋に篭って、作戦と共に何も知らないルシアたちの手で自分の何かしらの企みが勝手に遂行されていくさまに悪い笑みを浮かべては紅茶の入ったカップをゆるりと揺らしているであろうシャーハンシャーを追い出して、にこやかにアリ・アミール皇子へと声をかけた。

少々、真面目という言葉を強調したのは勿論、戦闘開始のゴングを鳴らしたつもりである。

要はアリ・アミール皇子を引き出す為の言葉の最初がそれであった。


それを選んだ理由は一つ。

ここまで完璧にシャーハンシャーを演じるなら彼は知っていると思ってのことである。

真面目、という評価がシャーハンシャーと対極ほどにあるものだと。

シャーハンシャーには凡そ似つかわしくないものであると。

そして何より、それは皆の思い浮かべるシャーハンシャーであってもまず用いられない言葉であった。

大体の人がシャーハンシャーに捧げるのは天才、(いさ)ましい、王たる者としての風格と何よりシャーハンシャーらしい、という言葉であった。


「......。」


ルシアの思惑に誘い込まれるようにアリ・アミール皇子の眉がピクリと動いた。

ルシアは確かに見た変調、感情の揺らぎに内心で口を深く弧に吊り上げる。

ぱちん、と何処かで切り替えのスイッチが本格的に入った音がした。


「第一皇子殿下...?わたくし、何か、お気に障ることでも申しましたでしょうか...。」


ルシアは大袈裟なほど眉を下げて、彼の機嫌の急変に戸惑(とまど)い、不安に思う(あわ)れな令嬢の顔を見せたのだった。


ルシアなら女優になれると思うよ、うん。

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